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ここから場面が転換します(当初の章分けのもくろみ通りにならず)
いつの間にか1000PV越えててびっくり! ありがとうございます。
~メイベリー~
・君たちの運が良ければ、巨人の威容を垣間見るだろう。
十把人からげ、田舎から成り上がりを夢見て街に出てくる人間などは、ちっぽけな見栄で自尊心を保つ、そんな人間がこういった風に力量の差も測れず無謀な事をしがちなのである。
「おうおうおう、ねーちゃんどうしてくれんだ?」
「コイツ、ぶっころすか?」
前者のセリフは適当な因縁をつけて絡んできた三下傭兵もどきの台詞で、後者はそれに呆れながらもルツィエに対処する許可を仰ぐ頼義の発言である。
「……物騒な言葉遣いはお止めなさいな」
ルツィエも半分……いや、八割ほどのうんざりとした口調で頼義を窘めた。
場所はメイベリーで最も大きい傭兵組合。頼義たちは巨人平原を越える為の手続きをするのにそこへ訪れていた。
そこでよっぽど自分の力量に自信がないのか、それとも御しやすいように見えたのだろうか、遠方から商人の護衛などで訪れていたらしい、いかにもガラの悪い傭兵に絡まれたのだ。
因縁の内容も、併設の酒場での同席を断ったら自尊心が傷つけられたどう、こうである。
しかも性質の悪いことに今しがた赤ら顔で唾を飛ばした男の他にも同じような安物の布鎧姿の、同じよううな薄ら笑みを浮かべる男性が三人、頼義たちを囲むように位置どっている。
「ぅおんどぅれぁ! 聞ィとんのかワレぇ」
ルツィエは一際おおきな溜息をついてちらりと背後を一瞥した。
彼女の真後ろ、木製のカウンターテーブルの向こう側では受付である線の細い男性職員が苦笑いをその顔に浮かべながら事の次第を窺っている。
出来れば自分で解決してくれ。そう訴えているようにも見えた。
ルツィエはまた一つ深くため息を吐くと、赤ら顔で唾を飛ばしていた男の胸倉を掴んだ。
「オ?」
「おおー」
そのまま流れるように彼の足を払い、肩から担ぎ上げそのまま床へと叩きつけた。轢かれた蛙のような声を出して男は状況をつかめない。頼義は楽しそうに感嘆の声をあげた。
手首を掴んだまま腕を組み敷いて、ルツィエは腰に帯びた短剣を鞘のまま引き抜き男の喉もとに添えた。
「この紋章をよく見ろ――まさか初めて見るモノだとは、言わせない」
男が言いあぐねていると、ルツィエは気道を塞ぐようにさらに短剣を押しあてた。
あまりに一方的な展開に周囲で冷やかしていた仲間らしい男たちが自分の得物へと手を伸ばすが、ルツィエの冷徹なひと睨み――殺気にあてられてその手は中空を彷徨う。
「ぐっ! そ、そうだ! 出入り口にあった!」
組み伏せられた男はどこで見たのか思いだせた事に安堵し、そしてそれの意味を理解し青ざめた。
「お解りになりました? ここはコルン傭兵団の“縄張り”で、私はそこの部隊長―――いい加減にしろよ三下。死にたくなければさっさと去ね」
男はルツィエに関節を固められたまま強制的に立たされ、出入り口に向かって背中を蹴られた。
そしてダメ押しとばかりに彼女の得意魔法である“水矢”が彼の顔のすぐ横で弾けた。
「ひ、ヒィっ」
脱兎の如く、扉枠に肩をぶつけながら男は逃げ出した。その顔にはもう酔いは残ってないようだった。
「あなた方はいかがいたします?」
にこり、とルツィエは微笑んで顎でしゃくる。
先んじて逃げ出した男と同じような鳴き声を出して、頼義たちをかこんでいた者たちも外へと駆け出した。
最後の一人が捨て台詞すらも吐かずに消え失せると、辺りはシンとした静寂に包まれた。
「ハァ……」
ルツィエが大きなため息を吐くと、それを合図に建物内が喧噪を取り戻す。彼女はかぶりを振り、頼義へ向き直った。
「ごめんなさいね、ヨリチカさん。皆がみな、あんな三下……、いえ、下衆ばかりではないのだけれども」
「いや、問題ない。良い手並みだった」
頼義は世辞ではなく、心からそう賞賛した。
「この業界では女というだけでよく下に見られますから」
その表情からは割り切ったような、侘しいものが読み取れるのだ。
「さて、と。そこの受付の貴方」
彼女の冷や水じみた声に受付の男性の表情が引き締まり、背筋が伸びる。その額には脂汗が滲んでいる。
「あ、姐さん、俺は姐さんだから大丈夫だと思って」
しどろもどろに受付の男性は弁解を述べる。
「姐さん?」
ふと、頼義は疑問に思う。彼のルツィエに対する呼称は初対面の人物に対するそれ、ではないのだ。
頼義の訝し気な雰囲気に気付いたルツィエは決して他人ではないと前置きして、
「ここの傭兵組合に限らずメイベリーでは、この場所に拠点や出張所を構える傭兵団が合同出資で組合を運営しているのですわ。そのうち、ここの組合はコルン傭兵団が運営し、結果私の顔見知りが多くいる、というだけですわ」
頼義の腕を引き受付へと向かう。脂汗を流している職員を涼しい顔で一瞥し、ルツィエはカウンターへと凭れかかる。顎に指を当て、思慮をするポーズをとった。
「お名前は、確か……第八兵站部隊の」
「クラナドですッ」
今にも敬礼をしそうなくらい受付の職員は背筋を伸ばして直立している。
「ああ、そんなお名前でしたわね。隊長のシュミットにはお話を通しておきますから、鍛えなおしてらっしゃい」
ルツィエの坦々とした台詞に、クラナドは呆けた声を漏らす。
「え」
「三下相手に怯むような兵なんて、我がコルン傭兵団には居ませんのよ?」
彼の顔がみるみるうちに蒼白になる。
「そ、そんなぁ殺生なぁ! シュミット隊長のしごきはマジでヤバイんですって!」
「知ってますわ」
ルツィエは冷淡に告げる。受付カウンターの向こう側でクラナドは大きく肩を落とした。
「そんな事はさておき」
「そんなこと!?」
「巨人平原越えの手続きをお願いしますわ。登録は二名。ここまでクリップ商の馬車に相乗りで来ましたので、合同隊商の護衛が妥当かしら」
巨人平原を越える為には案内人を雇う必要がある。なぜなら平原には、人を惑わせる“呪い”がかかっているからだ。“呪い”の対象外なのはそこに住まう遊牧する巨人たちとその庇護下の生物、そして巨人王の同盟者とその他多くの魔獣共だ。
それ以外の者は例外なく開けた場所で視界が通っているのにも関わらず、迷い、平原から抜け出せずに息絶える。
平原案内人は彼の王より“加護”を受け賜った巨人王の同盟者がその任を得る。同盟者は巨人、同族である必要はなく、人間でも同盟を結ぶ事はできるのだが、巨人王の同盟者足りえるためには彼の王の試練を越え儀式を終える必要があり、自然とその人数は限られるのだ。
隊列に一人、平原案内人が居るだけでその隊列は何事もなく平原を越える事ができるので、賢い商人たちは合同で隊商を組み、平原越えを試みるのだ。
気落ちしていたクラナド職員はルツィエに提示された条件に合うような仕事を探すべく、手元にある書類の束を捲った。
「それでしたら、おっと、ちょうど五日後発の隊に空きがあるみたいですね。クリップ商もお喜びになりそうだ」
「それを抑えておいて頂戴。クリップ商には私が伝えにいきますから、この場で受領書を書いてくださいな。彼が断る事なんて無いでしょうし」
ルツィエの確信は偏にタタントラと彼女の付き合いの長さがもたらすものだった。
「分かりました――っと、そちらのお嬢さんのお名前をお聞きしても? 姐さんのお連れなんでしょう?」
「筧、頼義と言うものだ」
突然話を振られ、あらぬ方向を見ていた頼義は咄嗟に答えた。
「面白い言い回しをするお嬢さんですね……カケイ・ヨリチカっと、できましたよ」
それはクラナド職員に突発的に訊ねられたのでそうなっただけだと、頼義は胡乱げな目で睨んだ。
「コルン傭兵団より傭兵二名、隊商護衛で書きましたんで、あとはクリップ商に渡してくださいな。時に、姐さんは本日はどちらにお泊りで?」
ルツィエはクラナド職員から丸められた半紙を受け取る。
「三番通りの紅林檎館です。あそこなら通りに面していて利便もいいですし」
「では、何かありましたらそちらに伝えるようにしますね。手続きは以上に……姐さん、再訓練ですが、どうか」
クラナド職員は揉み手でルツィエに伺いを立てる。それを見た彼女は柔和に眦を下げた。
「あら。覚えていらしたのね。何も言わなければ何も無かったのに」
ルツィエはくすりと微笑んだ。クラナド職員はその微笑みを見て絶望に打ちひしがれたのだった。




