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まず、ルツィエの階級から。
傭兵に階級があるのかと頼義は不思議に思ったが、世界が異なるのだから常識が違うことなんてままある事だと納得する事にした。
――実際は、全くもってそういう事はなく、コルン傭兵団は傭兵軍団の中でも特異な形式をとっていたのであるが、それを知るのはもう少し先の事になるだろう。
「コルン傭兵団、アサミー隊……通称、斥候隊の部隊長をしていますわ」
彼女は若干誇らしげに胸を張った。
「何をする……って、斥候か」
「最近は本当に平和ですのでそれ以外の雑用の方が多いですけれど」
「平和、なのか?」
「そうですわよ。平和すぎて私達傭兵を魔のモノを狩る、“魔獣狩り”と嘲る人も増えましたね……確かに『兵』としての仕事より『狩人』としての仕事の方が多いのは事実でしょうが」
ルツィエはそれが不満であると、頬を膨らました。
「そうした現状を打開すべく、私たちの方から積極的に“営業”をかけるという事になりましたの」
その一環として最も身軽に動ける斥候隊から、役職持ちを各国に派遣するという段取りになっていると言う。
「その同行者としてヨリチカさん、貴女を指名しようかと思っていますの」
「ふむ」
「私たちが要求するのは一つ。力の誇示ですわ。我が傭兵団の力をみせつけ、その有用性を知らしめる必要があると判断されましたの。ヨリチカさん、貴女は仰いましたよね、『強者と戦いたい』と。私たちがその“場”を提供いたしますわ。私たちと共に、ヨリチカさんの“強さ”をコルン傭兵団のモノとして示していただきたいの」
頼義にしてみればそれは願ってもいない申し出であった。諸国を巡りながらも戦いの場も提供してくれる。この話を断るという選択肢は無い、だろう。
「しかし、俺でいいのか? ――いや、卑下するつもりはないのだが俺より適任とか居るんじゃぁないのか?」
頼義が素朴な疑問をぶつけると、ルツィエはずい、と彼女の手を握った。
「副団長であるヴォルを倒す力量となによりっ貴女の容貌! 外は可愛らしくともその実は屈強な遣い手である! これ以上のインパクトが望めるでしょうかっいや望めまい! ええ勿論、団の中でも候補となる人物は数名ほど居ましたが……ヨリチカさん以上に適任なんて居る筈がなくてよ!?」
鼻息荒く、ルツィエは捲し立てる。
「ヨリチカさんに協力していただけたのならば、長期の要人警護の依頼のひとつや二つ、余裕ですわっ」
「お、おう」
頼義は自分の何をもってしてルツィエの気をこれほど惹いているのかは分からないと戸惑う。ルツィエは気まずそうに咳払いをして、もと座っていた折り畳み式布張りのチェアに腰を落ち着けた。
「あとは、そうですわね。各地を巡って私たちコルン傭兵団の“新入り”がちゃんとお仕事をしているかどうか、それを確認するためでもありますわ」
足を組んで彼女は言葉を続ける。
「コルン傭兵団は積極的に人材育成をしていますの。その一つとして今回のような研修……山歩きや狩猟ですわね、傭兵としての心構えや技術を継承しているのですわ。その後、ある程度経験を積み、コルンで十分独り立ちができると判断された新入りは相方一人と“修行の旅”をする決まりがございますの」
「二人一組……? そういえば森ン中歩いてたら会ったなぁ、行商人と護衛の傭兵二人と」
頼義は明星の森で出会った年若い傭兵二人について話す。
「彼らに会ったのね。彼らこそ修行の旅を始めたばかりの二人ですわ。彼らはここ最近の新入りの中では筋がよろしかったのよ」
ルツィエは新入り少年二人の顔を思い浮かべて破顔した。
「俺が見ても中々冷静に動けていたし、躰の遣い方も悪くはなかった」
「あら、ヨリチカさんからもそう見えましたの? 彼らの評価をもう一段階上げるしかないですわね」
ルツィエは嬉しそうに焚き木の火を眺めていた。
日もとっぷりと暮れ、火を見詰める事と適当な雑談をする以外にやることがなくなった二人は就寝することにした。
念には念をと、寝ずの番にルツィエが名乗りをあげたのだが、それは頼義によってばっさりと切り捨てられ、交替で番をする事となった。
焚き木は消火され、ルツィエの足元には燃料を燃えやすく持続しやすい、魔力で練られた固形燃料を用いたランプがゆらりと薄暗く明滅している。
彼女の背後にあるテントの中では少女が一人、眠っているはずだ。ルツィエはテントの中で寝息を立てている少女について思考を巡らせる。
最初は不思議な、例えるならば妖精然とした少女だな、と思った。
人並外れた容貌とは裏腹にあり合わせの布地で仕立てたようなぶかぶかの服。きょろきょろと組合内を見渡す姿は、まるで観光に来た地方貴族令嬢のよう。いざ、何時ものようにお節介と知りながらも話しかけてみれば容姿にそぐわない蓮っ葉な言葉遣いで……正直、全く正体が掴めなかった。
その場は相方が依頼の完遂手続きをしていてすぐに離れてしまったが、彼女との再会は早かった。
事務処理をおわらすと、耳に入って来たのは副団長が新人らしき少女と手合わせをしている、という情報。副団長ヴォル・エイルードの直情的な行動に頭を抱えつつ、ルツィエは彼がやりすぎないように小走りで組合奥に設置されている訓練場へと向かったのだ。
到着すると、既に訓練場には人垣ができていた。どうしたものか、と考えていると場内が沸き立った。直後にドンッ、と大きな音が響く。
遅かったかもしれない。ヴォルには戦闘となると、やりすぎるきらいがある。何人が彼の“訓練”に付き合わされて大怪我をしたものか。ルツィエはまたか、と小さくため息を吐いて人垣を掻き分け進んだ。中心へ近づいたあたりで彼女が予想していなかった人物の声が聴こえたのだ。『次は誰だ! 誰が俺の相手となる!』
鈴の鳴るような、それでいて力強く自信に満ちた声。ルツィエの瞳は仁王立ちで傭兵に発破をかける彼女の姿を捉えて離さなかった。
彼女の背後でヴォルが手元に忍ばせていたナイフを投擲する。ルツィエは咄嗟に己の短剣を引き抜き、最も使い慣れた迎撃用の魔法を起動した。
「水矢よ!」
それからは、ナイフを投擲したヴォルを説教という名目で尋問して彼女、カケイ・ヨリチカ、あの少女は何者なのかと詰問したのだ。
返って来た答えは、『自分より遥か高みに存在する武芸者だと思われる。』といったなんとも要領を得ない答えであった。
ルツィエは静かに興奮していた。ヨリチカの存在は、自らが幼き頃に物語で何度も見聞きし、あこがれた強くも可憐なヒロイン、そのものであったからだ。
そして、物語に憧れる彼女―――ルツィエ・ミレエッタは自分が傭兵を志した切っ掛けを思いだしたのだ。
「ヨリチカさん、貴女は間違いなく英雄譚のような冒険をするでしょう。迷惑な話でしょうけど、私はソレを特等席で見ていたいの」
途轍もなく強い、この少女の隣に居れば自分も物語の登場人物になれそうな気がした。
不意に頼義が眠っていたテントのジッパーが開く音がする。
「ヨリチカさん? 交代はまだですわ」
ランタンの灯りが揺らぎ、頼義の貌を照らした。
夕焼けをそのまま映したかのような黄昏色の一つ結びの長髪に少女のあどけなさと艶女のなまめかしさをもった完成された容姿。そんな優れた、いや神に愛されているとしか思えない容姿を持つ彼女だが、言動は自由気ままな少年のよう。
「一応、聞いておこうと思ってな」
ルツィエの頭に疑問符が浮かぶ。