記憶の少女
――空から女の子が降ってきた。いやいや、どういう状況だ、これは。
「なんだこれ、え、ていうか大丈夫か!」
「大丈夫だよー、全然元気!」
ブイっと効果音付きで少女が指でVサインを作る。パニックだ。なんだこの子、どこから落ちてきた。何で無事だ。
上を見上げると建物の4階の窓が開いていた。
「マジか、まさかこの子あそこから飛び降りてきたのか?」
驚きのあまりまじまじと少女を見る。年は同じくらいだろう。スラッとした体躯に丸く大きな瞳と整った鼻、肌は健康的に日に焼けていて染めたことなどないであろう、艶やかな黒髪。
めっちゃ美少女だった。元スポーツ少年の盟だ。こういう健康的美少女はどストライクである。ただしこの子は空から落ちてくる系の美少女だが。
「盟ちゃん!会いたかったよ!」
「え、いや、それはどうも……?」
ちょっとまて、自分はこの女の子と知り合いなのか。建物の4階から飛び降りて平気な女の子の知り合いなんて当然いないが。
「どうしたの?盟ちゃんなんか元気ないねー?」
「いや、そういうことじゃなくて、だな」
まずい、これは非常にまずい。盟は中学時代の全てをサッカーに明け暮れた。清潔感が有り見た目もそんなに悪くないのでたまに女子に話しかけられることはあったが、親密になった女子はいなかった。有り体に言えば、女子慣れしていない。
更に言えば相手は自分のことを知っているのにこちらはまったく思い出せていない。名前を知ってるので人違いはあり得ない。流石に用事があると言って立ち去るのは失礼だ。
「えへへー、盟ちゃーん。」
おもむろに少女は盟の腕をその手で掴みブンブン振ってくる。
やめてくれ、こっちの腕を掴んで名前を呼んでにっこりしないでくれ。免疫がないんだ。ちくしょう完全に逃げられない。どうすればいいんだこの状況。そもそも、自分のことを盟ちゃん、なんて呼ぶ人間は家族以外で殆どいない。
そういえば、小さいころまだサッカーを始めてない時は父に連れられてこの研究所で同い年くらいの子供達と良く遊んでた。おそらく自分と同様に研究所の職員の家族であろうその子供達は自分のことを盟ちゃん、と呼んでいたような気がする。
もしかして、あの時一緒に遊んだ子か。盟が幼少時の記憶を頭の中で引っ張りだそうとしていたその時、ブゥンと音が鳴り自動ドアが開いた。
「おーい遅いぞ。めーい。来てたんならさっさと入れよ。」
「あ、親父!」
盟を呼んだ張本人である父、紀野修が自動ドアから出てきた。
「あー室長。やっほー。」
「ほいやっほー。赤梨ちゃん、ダメだよ窓から飛び降りちゃ。」
少女が盟から手を離し、父に手を振る。盟は、今まで感じていた少女の体温が消えてなんとも言えない寂しさを覚える。そんなことより。
赤梨。そうだ赤梨だ。盟は記憶の引き出しから赤梨の名前を引っ張りだした。そして出てきたのは。
いつも、研究所の職員の影に隠れる病弱でおとなしい引っ込み思案な女の子だった。
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