空から久しぶり
初投稿。社会人の為不定期更新になります。
――今週一番ツイているのはAB型の貴方。誰かのヒーローになれるかも!
「なんだよヒーローって」
夕暮れの満席のバスの中で、少年はそう心の中で悪態をついた。
隣の座席のサラリーマンのイヤホンから聞こえるラジオの音漏れが酷く、内容がつい耳に入ってしまうのだ。
少年は少しばかり目がツリぎみの気難しそうな印象の顔立ちで、長身で長い足を窮屈そうに折り畳んで座っている。
ちなみに今週ツイていると言われたAB型である。
たしかに、高校に入学し下校時にバスを利用するようになって数週間、いつもは混んでいるこの時間帯で初めて座ることができた。
朝、ネクタイが綺麗に結べた、学食の日替わりメニューがアタリだった。
しかし、だからどうしたというのだ
所詮、自分にとっての幸福とはこの程度のモノで、世間ではとるに足らないものばかりだ。
「……自分の小ささが嫌になる」
中学時代、サッカーに明け暮れた。周りの誰よりも自分は上手かった。チームの中でヒーローの様に扱われていた。その時までは世界の中心は間違いなく自分だった。
けれど、世界は広かった。大きな壁に当たり現実を知った。
そして彼はボールを蹴れなくなった。
そうして出来上がったのが卑屈な元スポーツ少年の高校生、紀野盟である。
父は研究職で責任者の立場に居り、職場は家から近場にあるが殆ど帰っては来ない。母は良く食事を届けているので浮気とかではないらしい。
母は母で庭のガーデニングに並々ならぬ情熱を注いでいて、SNSに写真をアップして反響を楽しんでいる。
一つ下の妹は部活のバトミントンに夢中で最近は休みの日に家にいるのを見たことがない。
家族は自分の世界を持っている。高校の級友も皆新しい高校生活に胸踊らせている。
自分だけが取り残されている感覚が拭えない。
自分は恵まれているほうだと思う。サッカーは辞めたが、運動神経はそれなりに自信がある。家も裕福かは分からないが少なくとも貧乏ではないはずだ。地区内でそこそこの進学校に通っているが今のところ授業にもついていけている。
だがしかし、それだけなのだ。盟は社会に干渉出来る何かを持っていなかった。以前はそれがサッカーだった。
けれど盟はもう一度サッカーに挑もうとは思わなかった。
盟は、自分の心臓が鼓動を止めてしまった様に感じていた。
どうしてもサッカーに対する情熱を取り戻せないのだ
結局、自分は臆病で、ただ拗ねているだけなんだろうか
悶々としていると、バスは自宅の最寄りの停留所で止まった。慌てて降りようと腰を浮かしたところで体が止まる
「っと、そうだった」
今日、盟は父に職場である研究所に呼び出されていた。父は人体の限界やまだ見ぬ可能性について研究をしているらしい。実は、盟は父の研究内容を良く知らなかった。小さい頃はしょっちゅう研究所に入り浸っていたが、サッカーを始めてからは足が遠退いていた。
――次はー上斗バイオテクノロジー研究所前ー、上斗バイオテクノロジー研究所前ー
バスのアナウンスが目的地の到着を知らせ、盟はバスから降りた。
「結構雰囲気変わったなぁ」
白を基調とした6階建ての奥行きのある建物が父の職場だ。奥に別棟も有り小さい頃良く探検したが一日では回りきれなかった。駐車場や実験用なのかグラウンドも併設されている。改装工事でもあったのか建物は自分の印象よりも新しくて小綺麗だ。
自動ドアを通ろうと建物に近づいたその時
「よいしょーーーー!!」
雄叫びが聞こえ、空から
「盟ちゃーん!久しぶりー!」
女の子が、降ってきた
「お、おお!?……久しぶり?」
戸惑いながら訳もわからず反射で返した盟に対し、少女は着地の体勢のまま満面の笑みを浮かべる
「今日からよろしくお願いします!!」
夕日を背にした少女の笑顔は眩しく、嬉々とした声が辺りに響く
「ほんとになんなんだよ……」
ドクン、と。
何かが始まる、そんな音が聞こえた気がした。
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