仕事
買い出しに出かけた俺だが、考えてみると、俺は1日を生きるのに精一杯で保存食なんか買ったこともない。あそこにはレンジと水道ぐらいしかなかったので、カップラーメンも意味がない。それに、渡された金もあまり多くないので、安くてそのまま食える物を探すしかない。
店で探してみると、今時便利なもので、温めなくても食べられるカレー、水だけでできるご飯、味が何種類もある乾パンなど、保存もできて美味しそうなものがいくつもある。だが、少し高い。
しょうがないので温めるご飯やカレー、貧乏の味方のもやし、あとは手頃なお菓子をいくつか買った。
買い出しのついでに家に寄って、持てるだけの画材を持っていくことにした。しかし、キャンパスは大きすぎる。とりあえずいつも使っていたメモ帳と鉛筆、削るためのナイフだけ持って行くことにした。
周りを確認してから梯子を降りる。ドアを開けて
「ただいま」をいうか悩んだが、何人か「おかえり」を言ってくれたので笑顔でただいまを言った。 食料を渡し、画材を持ってきたことを伝えたら、
「絵を描くならあっちの部屋を使いな。ロンガー2人のアトリエだ。まあ本人たちの許可は必要だけどな。」
アトリエがあるのか。ロンガーも絵を描くと知り
どこか親近感が湧いた。ロンガー達は姉妹で、姉がイオリ、妹はサラというらしい。
2人は黒板の前のソファーでそれぞれ絵本をよんでいた。ロンガーは見た目より少し幼いのか?
女、というより女の子と話すのは大学以来な気がする。大学でも数回しか話していないだろうから実質高校以来か。少し緊張しながら話しかける。
「ちょっといいか?」
2人は少し訝しんだように俺を見た。
「えーっと…どっちがイオリだ?」
「…わたしだけど」
「となると…そっちがサラか。」
「…うん。」
完全に怪しんでいるのがわかる。冷や汗が出てきた。ヘタレだな、俺は。
「えーっと、ちょっと2人のアトリエを貸して欲しいんだけど、いいか?」
ふたりは顔を見合わせたあと、相談でもするのか
少し離れたところに行った。確かに、名前も素性も知らない変な男が急に話しかけてきたら不気味だろう。第一、俺もこの部屋にいる人たちのことをよく知らない。このままじゃお互いに不利益だろう。自己紹介でもする機会でもつくらなければいけないか。 そうこうしてるうちに2人が戻ってきた。 いくらか警戒の色は消えているか?
「 アトリエ、使ってもいいよ。」
イオリが言う。
「本当か!ありがとう!」
ちょっと嬉しくなる。怪しくはないと判断されたのだろう。
「だけど」
イオリが続けた。
「私たちの道具は使わないで欲しいの。ずっと使ってきた道具だから、人に触られたくないの。」
横でサラが頷く。
「わかった。それは約束するよ。」
2人の表情が少しだけ緩んだ。
「じゃあ、早速使っていいよ。」
軽く頭を下げてアトリエに入る。 改めて考えると、紙と鉛筆だけだからアトリエではなくてもいいのだが、まあそこは親交を深めたということにしておこう。
アトリエの中は散らかっていた。紙が壁に沿う形で積み上げられていて、そこそこ広い部屋が狭くなっていた。でもなんとなく落ち着いて、絵を描くにはとてもいい場所だ。
しばらく絵を描いていたらリーダー格の男が部屋に入ってきた。
「そろそろ夕食の時間だが、お前も一緒に食うか?」
「もちろん。それにみんなに自己紹介をしたいからな。」
鉛筆と紙を置いて立ち上がる。この部屋に2人は狭い。みんなはどんな人なのか、話してみるのが楽しみだ。