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実行

アジトを出たのは四時頃だった。今から向かえばちょうどいいだろう。ポケットに手を突っ込んで歩いた。俺の心拍数は少し早くなってきている。


空港に向かう際、前の家の通りを歩いた。まだ明るいのに、真夜中の路地裏のように静かだ。その原因となった人物と、俺は今日対峙するのだ。ポケットの中の拳が少し硬くなった。


空港に着いた頃、空はまだ明るかった。駐車場を見回すと、やけに綺麗な黒い車を見つけた。横から見てみると、ボディがやけに長い。あれだな。俺は確信して歩いた。


一度空港内に入って様子を見る。ロビーには大勢の人がいるので、俺が少し不審な動きをしてもわからない。空港は厳戒態勢という訳ではないので、これを貼って逃げるのは難しくなさそうだ。 恐らく、客人には何人かボディーガードがついているだろうから、早いうちに仕掛けておこう。


人混みに逆らわずに、外へ出ていく人の流れに乗る。車の近くに来たら、ポケットにあったコインを落とす。しゃがんで拾う振りをしながら、車の下側にスピーカーをつけた。

完璧だ。そのまま俺は立ち去った。


アジトに着くと、みんなは出来る限り目立たない服装を選んでいた。

ツカサは金髪を隠すために黒い帽子を被っている。マスターはサングラスをかけていたが、それは逆に怪しいのではないだろうか。


「おう、お帰り。どうだった?」


マスクをつけたタケが聞いてくる。こいつも逆に怪しいが、気にしないことにした。


「ああ。完璧だった。絶対にバレないだろう」


自信に満ちて俺は言った。タケは何回か頷いて水を飲みに行った。時計に目をやると、もう六時半になっている。俺は告げる。


「みんな、出発だ。今日で俺たちの人生は変わる。明日の朝日を掴みに行こうぜ」

「カッコつけてるな」

「ああ」


マスターとツカサがヒソヒソと話している。ロンガーたちは普通に笑ってしまっている。どっちも聞こえなかったフリをして、俺はドアを開けた。


外はすでに暗く、人気もなかった。だが、念には念を、と言うので距離を開けて二人ずつ歩いた。

途中にある雑貨屋で、脚立を二つ用意した。首相公邸の二階に侵入するためと、その脚立を壁の内側に入れるためだ。そのため、片方は二メートルほど、もう片方は五メートルほどとなっている。


六時四十五分、俺たちは首相公邸に到着した。正門はこの壁の反対側にあるので、この壁は南方面と言うことがわかる。ここに脚立を入れる。


「じゃあタケ、壁の内側に脚立を入れてくれるか?」


マスターは、俺たちの中で一番背の高いタケを指名した。マスターがつけていたサングラスは、いつの間にか無くなっていた。


「おし、任せとけ!」


タケはそう意気込むと、脚立を壁に掛け、一気に登りきった。そして、もう一つの脚立を軽々と持ち、音がしないように優しく中に置いた。


「よし。大丈夫だろう」


マスターが頷きながら言った。タケは満足気な表情をして頷く。


「じゃあみんな、正門に回るぞ」


マスターが指揮を執る。みんなは静かについていった。

壁の角に隠れながら見ると、正門には五、六人の警備員がいた。そいつらは皆、どこか気の抜けたような表情をしている。

俺たちにとってはありがたいが、この国の警備は大丈夫なのか心配になってきた。


「おい、なんか高そうな車がきたぞ」


タケが指差しながら言う。そっちを見ると、さっきスピーカーを付けた車が来ていた。警備員が慌ただしく動き始めている。


「ヒロ、あの車にスピーカーが付いているんですね?」


サトルがボタンを用意しながら言う。


「ああ。あの車で間違いない」


サトルはボタンを用意し終わったようだ。あとは、タイミング勝負だ。サトルは警備員たちを、正門に意識が行かないタイミングを計っている。

サトルが歩行者のふりをして先に出て行く。俺たちは、走り出す準備をしておく。


しばらくすると、サトルがこっちを少し振り返った。そろそろだ。

車が門をくぐって十秒ほど経った頃、爆音が鳴り響いた。地面が揺れている。サトルはそれを気にせず走り出す。俺たちも、少し遅れて走る。正門の警備員は車の方に行ったようだ。

急いで駐車場の死角に入った。もう大丈夫だ。爆音はまだ鳴り響いている。


「ふぅー……ちょっとうるさすぎじゃねえか」


ツカサがサトルに笑いながら言っている。ロンガーたちは耳栓をいつの間にか付けていた。どこで手に入れたのかは知らない。


「そうだ、音が鳴ってる間に窓を割っちゃったら?」

少しして、イオリがこう提案した。


「そうですね。脚立は……あった」


サトルは壁沿いを素早く動いて、脚立を会議室の側に掛けた。


「窓を割る道具は、マスターが持っていましたよね」


サトルがそう言うと、マスターはそれをポケットから取り出し、脚立を登っていく。手に持っているそれは、アイスピックにしか見えない。


「アイスピックで窓って割れるのか?」

「さあ……どうだろうね?」


タケとサラが話している。全く同感だ。だが、割れることを祈るしかない。マスターは窓を何回か刺すと、割れないことに気づいて降りてきた。


「よく考えると、アイスピックじゃ窓は割れないな。氷は割れるから行けると思ったんだが」


マスターが笑いながら言う。みんなの冷たい目線に気づいていないのかもしれない。


「俺に貸してみな」


タケがアイスピックを奪い取りながら、脚立を登って行く。

タケは脚立を登り切ると、アイスピックを全力で窓に刺した。よく見えないが、少し割れたのだろうか?

その後も何回か窓を刺すと、はっきり見えるほどに穴が大きくなった。そこに手を突っ込む。少しの間、何かを探っているような動きをしたあと、


「見つけたぞ」


とタケは呟き、手を外に出した。そしてすぐに窓を開けた。


「鍵を開けた。強化ガラスだから、全部を割ってたら時間がかかる」


歓声が上がる。音はまだ止んでいないので聞こえないだろう。

タケが開けた窓から部屋に入る。それに続いて、みんなが脚立を登り、部屋に入っていく。俺は最後に部屋に入り、脚立を引き上げた。


「いやー鍵が開いて良かった。あのままだと俺が殺されてたぜ」


マスターが大笑いしている。みんなは氷のような目で見ている。ロンガーたちが窓の鍵をかけ、カーテンを閉めて隠蔽をした。手際の良さに感心する。

しばらく部屋を眺めていると、音が止んだ。耳鳴りがひどく、つい耳を塞いでしまった。客人たちが心配になったが、サトルのことなので、音量はちょうど良くしてあるのだろう、サトルを見ながら思った。カーテンが閉まっているので顔は見えないが。


「さて、これからの計画の確認をしよう」


マスターがそう言うと、静寂が訪れる。俺たちの雰囲気は、マスターによって決まっている。


「この後は、客人が帰った後に、ヒロの親父の部屋に入る。そこでヒロに好きなだけ話し合ってもらう。いいな?」


みんなが俺を見て頷く。さすがに緊張してきた。


「とりあえず、客人が帰って、ヒロの親父が一人になるのは数時間後だ。それまでゆっくりしていよう」


敵の本拠地でゆっくりできるか、と思ったが、素直に頷いておいた。

特にすることはないので、寝転んで時間が過ぎるのを待つ。他のみんなも似たように過ごしている。


少しすると、マスターが静かに話しかけてきた。


「なあ、ヒロ。お前、親父さんと何を話すかって決めてるのか?」

「特に……決めてはいないな。実際、俺と親父は久しぶりに会う親子ってだけだから。もちろん、選抜とか、その辺りのことは聞くけど」

「そうか……まあそんな感じで大丈夫だろう。ヒロ、なんだったら一人で親父の部屋に行くか?」

「え?」


マスターの顔を見るが、電気はついていないので、表情は良く見えない。


「親子で久しぶりに顔合わせるってのに、俺たちみたいな外野がいると水入らずってのはできないんじゃないかと思ってな」

「……そうかもしれない。だけど、せっかく皆ついてきてくれたのに、一番重要な話し合いを聞けないってのはどうなんだ?」

「じゃあ、ツカサと二人で行ってもらおう。ツカサは昔速記をやっていたから、会話の内容はメモできる」

「紙がないだろ」

「あ、そうか……じゃあ一人でいいんじゃないか」


この男は肝心なところで適当だ。だが、気をほぐすのには良かった。


「みんな、ちょっと集まってくれ」


マスターが急にみんなを集める。


「ヒロは、親父とサシで話し合うことを求めている。みんな、話し合いに参加できなくてもいいか?」


マスターは全員の顔色を伺う。暗いので良く見えなさそうだ。少しすると、諦めて座り方を変えて言った。


「みんなは大丈夫だそうだ。ヒロ、気がすむまで話してこい」


本当に大丈夫なのか?と心配になったが、異論があるなら口で言うだろう。俺は詫びた。


「みんな、すまない。急にわがままを言ってしまって」

「気にするなよ」


ツカサが言った。


「これは俺たちの問題でもあるけど、お前の問題だからな。お前が真剣に話し合って決めたなら、俺たちはどうなろうと大丈夫だ」


ツカサが肩を叩いてくる。ツカサの顔が、暗闇でも見えるほど近くにある。


「頑張ってこいよ」

「……ああ」


そう俺は言って笑おうとしたが、緊張でうまく笑えない。


「固くなってるぞ。リラックスだ、リラックス」


タケが肩を揉んでくれる。俺は肩を回して礼を言った。


「そろそろ時間ですよ」


サトルが立ち上がりながら言う。


「頑張って来てください。応援してますよ」


サトルの応援が、俺の決心を強くする。俺は立ち上がって、みんなの方を見た。みんなも立ち上がって、俺を見る。


「みんな、行ってくる。俺は、父さんと決着をつけるんだ。今まで世話になった。ありがとう」


俺は頭を下げる。


「待ちな」


タケがそう言って、俺の肩に手を乗せる。


「今日で最後じゃない。今日から始まるんだ。明日から、住む場所は離れるかもしれないが、俺たちの心はいつでも繋がってるぞ」


タケは手に力を入れながら続ける。


「だから、お前とお前の親父の仲が良くなったら、またみんなで馬鹿騒ぎしようぜ」

「ああ。もちろんだ。約束しよう」

「絶対だぞ!」

「ああ!」


俺は会議室のドアを開ける。廊下はすでに暗く、人はいない。

最後にもう一度みんなを見る。ドアを閉める俺に、みんな、「頑張れ!」と言ってくれる。俺はゆっくりドアを閉めた。

そして、みんなの思いを乗せて歩き出した。父さんの部屋はあと十メートルだ。

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