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準備


「久しぶりの外は気持ちいいな。そうだろ?ヒロ」


ツカサは伸びをしながらそう言った。


「俺は毎日出てるから、別に普通だよ」

「なんだよ、冷てえな。俺は外にさえ出られなかったんだぜ」


いつのまにか雨が上がった街を歩きながら、そんな話をする。雨の後なのに日差しがあり、心地よかった。


「というか、作戦会議をするんだったら急がないといけないんじゃないか?」


ツカサはそう言ったものの、かなりゆっくり歩いている。


「まあ、ツカサにとっては久しぶりの外だし、いいんじゃないか?」

「それもそうだな」


ツカサは少しも反抗せずそう言った。恐らく、始めから走る気は無かったのだろう。


ゆっくり歩いて図書館に着いた。地図はすぐ見つかったので、またゆっくりと歩いて帰る。


「なあ、ヒロって好きな人とかいるのか?」

ツカサが急に中学生みたいなことを言い出す。俺はツカサの顔を見る。


「別にいないけど……どうした?」


ツカサがゆっくり話しだす。


「俺は、数年前から付き合っている彼女がいるんだ。……もちろん最近会えてないけどな」

「そうか……」

「結婚も考えていたんだけど、相手の両親に反対されてな。『定職に就いてから言いなさい』って言われてさ……」


ツカサは遠くを見つめながら続ける。


「俺、この選抜を取り消したら、定職に就くんだ。昔からの友人が、この前出版社を立ち上げた。そこに入れてもらえるらしいんだよ」


なんだか、いわゆる死亡フラグみたいな言い方だ。ちょっと心配になったが、気にしないことにした。


「友人からの誘いは何回かあったが、フリーの物書きとしてやっていきたいと断っていた。だけど、彼女には変えられないから、入社することにしたんだ」

「それは良いじゃないか。絶対選抜を撤回させないとな」

「ああ」


アジトに着く頃には暑いほど気温が上がっていた。少し汗をかいてしまった。しかし、地下室は日差しが入らないからか、かなり涼しい。


アジトにはすでに昼食が用意してあった。さっさと平らげると、マスターが地図を広げて言った。


「これから作戦会議を始める。何か意見のある者は、手を挙げなさい」


マスターが司会、ロンガーたちが書記を務めるようだ。学生時代の学級会を思い出した。


今回俺たちが侵入するのは、首相官邸……ではなく、その側にある首相公邸だ。首相官邸が公務をする場なのに対して、首相公邸は首相が普段の生活をする場となっている。

最初にサトルが手を挙げた。


「では、サトルくん。発言したまえ」


古い教授のイメージでマスターが言った。真面目にやってほしいが、緊張しすぎて硬くなってもだめなので、このくらいがちょうどいいのだろう。……たぶん。


「はい。えー、首相公邸は、えー高い壁で囲われております。で、えー、中に入るには、えー正門を通るか、えー壁を乗り越えるしかありません」


サトルが真顔で乗ってきてしまった。自分たちの未来を賭けた作戦の会議をしているという実感がないのだろうか。


「えー……ここらでやめておきましょう」


さすが、サトルは引き際がわかる男だった。一度緩んだ雰囲気が、少し引き締まったのがわかる。


「先ほど言った通り、壁の内側に入るには正門を通るか、壁を乗り越えて行く必要があります。この壁は2メートルほどですが、厚さが1メートルあるので、破壊して入ることは困難です」

「なるほど、つまり上から乗り越えるべきか?」


タケがまともな発言をする。


「いえ、それはできません。この壁の上には有刺鉄線が張り巡らされています」


シンプルだが、強い防衛装置だ。


「となると正門からか……何か策はあるのか?」


自分の顎を触りながら、マスターが尋ねる。


「あります。正門は来客が多いので、常に開けてあることが分かっています。また、正門の警備員が来客に対応します。そのことから、来客に警備員が対応したところで、こっそりと入ります」


シンプルな侵入方法だ。警備員がいなくなる隙をつけるなら、これが一番いい侵入策だろう。


「しかし、これだけだと心許ないので、来客者の車にスピーカーをつけておきます。本日の来客は調べておきました。ここから南に一時間ほどの空港から送迎されるらしいので、そこに事前に寄ってスピーカーをつけておきましょう。」


とても準備がいい。恐らくラジオか何かで聞いたのだろう。


「それで、そのスピーカーで駐車場に入るあたりで音を大音量で流せば、注意は正門には向かないでしょう」


なるほど。車にスピーカーをつけておくのなら、犯人は来客が前にいた場所にいるはずだから、壁の内側には注意が向かなくなる。


「とりあえず私が考えたのはここまでです。あとはよろしく」


サトルがメガネを掛け直しながら座ると、自然と拍手が起こった。ふざけていながらもやるべきことはやる、できる男だ。


「えーでは、壁の内側に入ってからの侵入策がある者、手を挙げたまえ」


……マスターはとことんふざける気らしい。しかも、誰も手を挙げない。まあ作戦を考える時間がなかったので、普通そうだろう。

少し時間が経ったあと、ツカサが話しだす。


「さすがに正面玄関からは入れないだろ?となると、壁沿いを歩いて空いてる窓か何かを探すしかないんじゃないか?」


確かに、それが真っ当だろう。駐車場は、北側の正面を通って、東側にあるので、反対の西側から探すことになる。


「それはそうだが、来客中に開いている窓は恐らくないだろう」


マスターが普通に言う。


「もういっそ、ヒロが正面玄関から入ってみるのはどうだ?息子なら普通に入れてもらえるだろ」

「来客中に息子を入れる首相は居ません」

「そうだよなあ……」


マスターが下を向いて考え込む。今は十二時で、来客の車が空港を出るのが七時だから、遅くても六時にはここを出る必要がある。


「もういっそ、壁を破壊するってのはどうだ?」


タケが考えることを放棄して言う。


「破壊か……」


サトルは腕を組んで考え始める。破壊……。破壊するなら窓の方がいいんじゃないか?


「壁を破壊するんじゃなくて、窓を壊すのはどうだ?それも、一階じゃなくて二階の。来客用の応接間は一階の北東にあるから、二階の南西方面の人は少なくなるはずだ」


俺は意見を伝える。地図を見ると、二階にはトイレが北西と南東に一つずつ、西側に二つ会議室がある。恐らく入るならこの辺りだろう。

会議室から入ったと仮定すると、数十メートルほどの廊下を渡り、父さんの部屋に入る、と言うルートだ。廊下の電気が消えてからなので、十時を過ぎた頃に廊下を一気に抜けることになるだろう。となれば、侵入するのは夜が更けてからになる。


「なるほど。いい案だ」


マスターが感嘆する。側ではサトルが頷いている。


「他に案がある者はいるか?」


誰も動かない。マスターが深く頷いて言う

「では、ヒロの案で決定とする。あとは、細かいところを詰めていこう」


ロンガーたちの手によって、数枚の画用紙にまとめられた作戦を見ながら、問題点を話し合っていく。討論は一時間ほどで終わった。


「これで……完了だな」

「これなら大丈夫でしょう」


サトルがメガネを拭きながら、ソファにもたれかかる。みんなは少し疲れたみたいだ。ツカサとタケは床に寝そべっている。


「みんな、今日はこれで終わりじゃない。この後、ヒロの親父と話し合うのが目的だぞ。ほらお前ら、起きろ起きろ」


マスターがふたりを蹴りながら言う。


「この後、ヒロにスピーカーを車につけてきてもらいましょう。私たちが出るのは暗くなってからです」


サトルはメガネを拭き終わったようだ。メガネを掛け直しながら言う。


「スピーカーに音を入れてきます。数分待っていてください」


サトルはアトリエにギターを持っていった。いくつかのエフェクターも一緒に持っていったようだ。

少し経つと爆音が聞こえてきた。思わず耳を塞いだが、手と耳の隙間からこぼれて聞こえてくる。

爆音は数分間鳴り止まなかった。


「少々うるさかったですね。すみません」


サトルが戻ってきた。みんな苦笑いをしている。


「ヒロ、これがスピーカーです。これを車につけてきてください。リモコンで私が音を流します」


スピーカーは意外と小さかった。両面に磁石がついていて、車に接着できるようだ。


「ああ。任せといてくれ」


スピーカーをポケットに入れて立ち上がる。まずは俺の単独作戦だ。


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