変化
「……おーいヒロ?おーい」
ツカサの声で目がさめる。夕飯の時間だろうか。せっかくならロンガーのどちらかに起こしてもらいたかった。……なんだか最近おかしいな。
「よく寝てたな。もう朝になっちまったぞ」
……朝?時計を見る。針は七時を回ったところだった。昨日ギターが聴こえ始めたのが午後四時だったから、十五時間寝ていたことになる。
「そんなに寝てたのか……」
「マスターから聞いたが、先に刑務所を見てきたんだろ?それで疲れがたまってたんじゃねえかな」
「そうか……まあそうだよな」
たしかに昨日は三時間ほど歩いていたし、そういうものだろう。少しの違和感を、唾と一緒に飲み込んで立ち上がる。地下だから日は差し込まないが、朝日を浴びているような気持ち良さがある。きっとゆっくり寝たからだな。
部屋にはまたコーヒーの香りが漂っていた。マスターは味をしめたのだろうか、サンドイッチも置いてある。
部屋の隅に違和感があるのは、サトルがギターを持ったまま眠っているからだろう。その隣では、どこから持ってきたのか、キーボードをイオリが弾き、サラが楽譜におこしている……のだろう。
なぜか音が出ていないが。
そこには突っ込まず、朝食があるテーブルに向かう。すでにタケとマスターが食事をとっている。
「おう、おはよう」
「おはよう」
マスターが先にこちらに気づいて、あいさつを交わす。思ったが、一番年下の俺が敬語を使わなくていいだろうか。まあ、とがめられてはいないので大丈夫だろう。敬語は慣れないしな。
「お、起きたか。昨日はぐっすりだったな。いびきがこの部屋まで聞こえてきたぜ」
「マジか……悪かったな」
「冗談だよ、冗談。聞こえてくるわけねえだろ」
タケが笑いながら俺の背中を叩いてくる。
「……朝から元気だな」
少し後から来たツカサが、呆れたように言う。ツカサは朝には弱いようだ。俺はサンドイッチを一口食う。……買った記憶のないハムが挟まっていた。
「なあ、マスター。ハムなんてここにあったか?」
聞くと、よくぞ聴いてくれた、とでも言いたいような顔で言う。
「それは、昨日深夜にこっそりと買ってきたんだ」
「……え?」
俺はしばし固まる。ツカサとタケは知っていたようで、俺たちを気にせず話している。
「……大丈夫だったのか?」
「ああ。強いて言えば途中警察と会ったが、あいつら逃走者の顔さえ覚えてねえから余裕だったぜ」
「ああ……そうか」
どんな顔をすればいいかわからなかったので、とりあえず笑っておいた。
「意外と大丈夫っぽいから、これからは普通に外出することにするぞ」
俺の笑みは早くも崩れた。
「いやいやいや、さすがにまずい!一人見つかったらみんな芋づる式に捕まるかもしれないんだぞ!」
急に大声を出した俺をみんなが見る。だが、数秒の沈黙のあと、みんなはしていた行動を再開した。
「とりあえず、できるだけ外出は控えてくれ。1人でも捕まるとまずいんだ」
俺はボリュームを下げて言う。マスターはしぶしぶ、というような顔で頷いた。とりあえず一安心だろう。マスターはすぐに世間話をしだした。
……大丈夫かな、本当に。残り少ないコーヒーを飲み干すと心配が増した。当の本人は、そんなことは知らずにツカサたちと喋っている。
俺は図書館に来た。できる限り早くこの状況を解決しなければ、という焦りのような物が、今朝の一件で大きくなってきた。あの部屋にいると危機感を忘れてしまいそうだ。居心地はいいが、ずっとあのままではいられないんだ。
一番新しい政治の本を探す。ササキについて調べるためだ。あの男をどうにか説得できれば、コソコソ隠れて過ごす必要はなくなる。
少し探して、なかなかきれいな本を見つけた。表紙には今の首相官邸が描いてある。どこかで見たことがある絵だな。
……しばらく考えて、サラが見せてくれた絵とそっくりだと思い出した。まあ、あの絵の上手さなら表紙に使われてもおかしくはないな。
そう思いながら発行日を見ると、つい三ヶ月前となっている。早速テーブルに持っていく。
本を開くと、ササキの写真がいきなり載っていた。
この男がササキか……初めて見るが、なんとなく見たことがあるような……。フルネームはどこだ?……見つけた。ササキ カズヒロというらしい。ササキ カズヒロ?ああ……なるほど。
俺はこの男を知っていた。むしろ一目見てわからない方がおかしかったんだ。
本を閉じて、早足でアジトに向かう。俺のするべきことは決まったようだ。