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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

社会人二人の百合生活

雪だるま~熱いキスを添えて~

作者: ピッチョン


「――香緒里、ねぇ、香緒里」

 冷え込む朝の寝室に御園(みその)結美(ゆみ)の声が響いた。呼びかけられた永瀬香緒里は掛け布団を顔の部分まで引き上げながらごろんと寝る向きを変える。

「んー……まだいいでしょ……」

「いいからちょっと起きてよ」

「……今日仕事休み……」

「知ってるけどとりあえず一回起きて――わっ」

 布団を剥ぎ取ろうとした結美を香緒里が引き込んだ。微睡みながらそのままぎゅっと抱き締める。

「んん……ベッドが広くて寒いよぅ……結美……ゆたんぽ」

「ちょっと、私は湯たんぽじゃないんですけど」

 くっついてくる香緒里を引きはがそうと結美が手を香緒里の顔に当てた瞬間。

「つめたっ! ゆたんぽじゃない……いらない……」

 ぺい、と結美を突き放し、背を向けて布団に包まる香緒里。

 ぞんざいにベッドの端に追いやられた結美の眉がみるみる吊り上がっていく。だが香緒里はそれに気付くはずもなく、夢の世界へ旅立とうとしていた。

「あぁそういうことするんだ。あっそう、へぇ……」

 感情を押し殺して呟いた後、結美はベッドから降りて寝室を出ていった。少しして寝室に戻ってきた結美はつかつかとベッドに近づくと、寝ている香緒里の後ろ襟を引っ張り、中に手を入れて握っていたものを離した。

「――つっっびぃぃぃっ!!」

 香緒里が奇妙な悲鳴を上げて跳び起きる。寝間着の背中を掴んでぱたぱたとさせて入れられたものを外へ出すとようやく人心地をつかせた。

「はぁ……子供みたいなことして」

「どっちが」

「休みの日くらいゆっくり寝させてよ」

「それはごめんって。でも溶け出す前にと思ったから」

「溶け出す? 何が?」

「雪が」


 居間から外の景色を見るやいなや香緒里は感銘の息を漏らした。

「ほんとだ。積もってる……」

 一面の銀世界、という程の量ではない。せいぜいが5cmくらいの積雪だがそれでも普段見ている光景はその様相をがらりと変えていた。民家の屋根はどこも白い帽子を被り、青空から降り注ぐ朝日が屋根から滴り落ちる雪解け水にキラキラと反射している。

 香緒里は安堵を込めてしみじみと言った。

「今日仕事休みで良かったぁ」

「最初の感想がそれかい」

「だってこんな日に出勤なんて考えたくもないじゃん」

「まぁそれは同感だけど」

 香緒里はベランダのガラス戸を開けて、手すりに積もった雪をしゃくりと一掴みした。刺すような冷たさも気にせず、手のひらを握ると雪はぎゅっと小さくなった。シャーベット状になった氷の粒の塊をベランダに放る。

 さっき香緒里の背中に入れたのはここの雪だろう。香緒里が取ったのと同じような跡が手すりにもうひとつ付いていた。

 ふと地上の方から子供たちがはしゃぐ声が聞こえてきた。都心の交通網がどれだけ影響を受けていても大人たちが暗鬱なため息をついても、子供たちにとって積雪とは珍しくて色んな遊びが楽しめるイベントだ。香緒里が小中学生なら間違いなく外に飛び出していっただろう。

 なんとなく童心を思い返しながら香緒里は振り向いた。

「それで、わざわざ私を起こしたのはこれを見せたかったから?」

「え? 外に行かないの?」

「……外行くの?」

「だってせっかく積もったし、二人とも休みなんだから楽しまないと」

「下の子たちみたいに?」

 香緒里は指で下をさした。私達もあんな風に遊ぶのか、と。

「そこまでじゃないけどさ。たとえばちょっと雪だるま作ったりとか」

「まさか雪合戦……?」

「……絶対香緒里がムキになって本気で投げてくるからやらない」

「そんなことしないって。やるとしても恋人同士が海で水を掛け合うみたいな感じにするから」

「水掛け合うイメージで雪玉投げ合ってたらケンカにしか見えないんですけど」

「じゃあ雪を固めずにすくってそのまま投げる」

「固まってなくても痛いものは痛いし冷たいし、ていうか服着てる状態で濡れたくないでしょ」

「なら逆に水着で雪合戦ってのは」

「凍死するわ!」

「冗談冗談。じゃあ服着替えてくる」

 笑いながら香緒里が自室へと向かう背後で、結美が疲れたように白い息を吐いた。



 防寒装備に身を包み、二人はマンションの一階の入り口から外へ出た。

 すでに入り口周辺や道路は雪かきをされているようで最低限の通行は出来るようになっていた。

 駐車場の奥の方で遊んでいる子供たちを見やってから、人気のない隅の方へ移動する。

「誰も入ってない雪に自分が初めて足跡つけるのって、なんか気持ちいいよね」

 香緒里の発言に結美が苦笑する。

「それ、大学のときもおんなじこと言ってたよ」

「え、いつ?」

「大学3年のときに二人で行ったスキー旅行で」

「あぁー、あったねぇ。でもそんなこと言ってた?」

「言ってた。私はちゃんと覚えてるよ」

「記憶力いいねぇー。私なんてうっすらとしか覚えてないよ」

「……そりゃ、香緒里と初めて行った旅行だったし」

 含みを持たせた言い方は、結美にとってその旅行が特別なものだったことを示していた。当時からずっと香緒里に片想いをしていた結美からしてみれば深く記憶に残る出来事だった。

 香緒里はそんな恋人のいじらしい気持ちの片鱗を見て嬉しく思った。こんなにも自分のことを愛してくれる人がそばにいてくれたことに感謝の念といとおしさが湧いて来る。

 少し照れたのかあからさまに視線を逸らす結美の腕に香緒里は抱き着いた。

「ありがと。こんな私にずっと付いてきてくれて」

 香緒里の屈託のない笑顔に結美がじっと視線を向ける。

「お礼を言いたいのは私の方なんだけど」

「そう? じゃあ言っていいよ?」

「……ありがと」

「どういたしまして」

 香緒里は手を握ろうとしてお互いに手袋をはめていたことに気付いた。

「冬はあれだね。どうしても厚着になるから相手のぬくもりを感じづらいね。街で男女が素手で手を繋いでるのを見るときいつも寒いのによくやるなぁって思ってた。手の甲とか指先とか絶対冷えるでしょ」

「暖をとる為に繋いでるわけじゃないだろうしね。一応二人用の手袋ってのもあるよ」

「え、何それ」

「形だけ簡単に説明するけど、まず風船あるじゃない。膨らませたやつ」

「うん」

「あれに牛の角みたいに二か所手を入れられる入り口を付けてるのよ。それで左右から手を入れて、中の空間で手を繋ぐの」

「はぁー、なるほど」

 風船に手を突っ込んで二人で手を繋ぐ姿を想像し、香緒里は眉をひそめた。

「……私はいいかな。ちょっと見た目が……」

「コンセプトとしてはいいと思うけどね。手を繋ぎたい、でも寒さもなんとかしたい、っていう要望から作ったんだろうし」

「そんなものに頼らなくてもさ」

 香緒里は自分の右手の手袋と結美の左手の手袋を取った。そのまま結美の手を握ると自分のダウンジャケットのポケットに押し込んだ。

「これでいいじゃん」

「転んだときとかに危ないってことなんでしょ。まぁ、私もこれでいいけど」

 ポケットの中で握り返してきてくれる結美に香緒里の頬が思わず緩む。どんなに外が寒くても、繋がったこの部分だけは熱を失うことはない。

「で、雪だるま作るんだっけ?」

「あ――」

 結美もすっかり忘れていたようで、香緒里が聞くと口を小さく開けて声を漏らした。二人見合ったまま香緒里はポケットの中の手を動かす。

「手は……」

「このままでいいんじゃない? 私が右手、香緒里が左手」

「難しいことをおっしゃいますなぁ」

「いけるいける。じゃあほら、綺麗そうな場所の雪集めるよ。植え込みの上とかいいんじゃない?」

 結美が仕切りながら雪だるま作りを進めていく。

 最初は二人力を合わせて雪玉を作っていたが、力加減が難しく雪玉をつぶしてしまったので結局おのおのが片手で雪玉を作ることになった。二人しゃがんで片手で雪玉をころころ転がす作業は子供のころのおままごとを思い出させた。

 香緒里が思いついたままに呟く。

「雪国のおままごとってご飯とか作りやすそうだよね」

「雪だと色んな形に変えられるしね。土とか泥よりも綺麗だし」

「色味が少ないのは難点だけど、雪に手を突っ込んでそのまま食卓に叩きつければ、ほら白ご飯の完成~」

 香緒里は言葉通りに片手で小さな雪の山をぼん、と作ってみせた。

 それを見て結美が鼻で笑う。

「雑すぎ。もしかして香緒里ってままごとでも料理が下手だったりする?」

「ままごとの料理で下手とかヒドすぎない!? じゃあ結美シェフは何をお作りになるんで?」

 お題を振られた結美は緑の小さな葉っぱを雪山の上に乗せた。

「かき氷~ミントを添えて~」

「それずるいでしょ~。その○○を添えてっていかにも洒落てます感出すのが本当にずるい。あの料理名にサブタイトル付けるみたいなやつ、あれだけで料理のレベル上がった感じするんだよ」

「その判断基準はどうかと思うけど」

 そうこうしているうちに小さな雪だるまが二体完成した。胴体部はリンゴくらいの大きさしかないが、大きく作るには雪の量自体が足りないしこのくらいが丁度いい。

 腕には枝を刺し、目には石、口には葉っぱをくっつけて何とか雪だるまには見えるようになった。小さな達成感を感じていた香緒里の横で、結美が雪だるま二体をくっつけて頭の向きを変えようとしていた。

「何やってるの?」

「キスさせられないかなと思って」

 結美の発想に香緒里はくすと笑う。

「結美って結構ファンタジー系好きだよね」

「うるさい。香緒里もそっちの頭持ってよ」

「はいはーい」

 二人がそれぞれの雪だるまの頭を持ち近づけていく。普通に当てるだけでは鼻の部分に当たってしまうので角度を変えて調整をする。

 雪だるまをキスさせるという行為に対して、冷静な頭が香緒里に客観的に呼びかけてきた。

「これ結構恥ずかしいことやってない? お人形さん遊びみたいな」

「恥ずかしくない。はい、口の部分くっつけるよ。もうちょっと上に向かせて」

「このくらい?」

「うん、これで……よし、と」

 雪だるま二体が口の葉っぱを合わせた姿は少し不格好ではあるが、キスをしているようにも見えなくはない。結美は頭が落ちないように首の部分を補強してからようやく頷いて言った。

「そろそろ戻ろっか。体も冷えちゃったし」

「そうだね。……この雪だるま、明日まで残ってるかな」

「別に残ってなくてもいいよ。そんなこと言ったらうちの冷凍庫で保管することになるけど」

「冷凍庫のスペースが減るのは良くないね」

「スペースの問題じゃないから。そもそも入らないし」

 エントランスに向かって二人は歩を進めていく。駐車場ではまだ子供たちが楽しそうに遊んでいた。元気があるのは羨ましいことだ。香緒里と結美は目を合わせて微笑んだ。

 エレベーターを待っている間に香緒里は話しかける。

「今年はまた雪降ると思う?」

「どうだろうね。さすがに積もるほどはないんじゃない?」

「じゃあ雪だるまも作り納めか」

「納めるほど作った記憶はないけどね」

「おやまぁ、自分から作りに行こうって誘った割にずいぶんさっぱりしてることで」

「それはそれ、これはこれ。ちょうど香緒里が家に居たから一緒に作りたかっただけだし」

 結美の照れ隠しの言い方があまりに可愛くて、香緒里は思わずキスをした。

「――っ、こんなとこで!」

 香緒里を引き離して袖で口元を抑える結美。

「いや、ついね。ほら、雪だるまにキスさせたのって私とキスしたいメタファーだったんでしょ?」

「勝手なこと言わないでくれる!?」

 エレベーターが一階に到着した。誰も乗っておらず、そのまま二人で乗り込む。

 駆動音だけが静かに響く密室で香緒里は尋ねた。

「で、本音は?」

「…………」

 結美はちらと横目で香緒里を窺ったあと、体をぐっと伸ばしてキスをしてきた。

 面食らう香緒里をよそに、そのキスはエレベーターが上に到着するまで続いた。ドアが開くと同時に結美は体を離して繋いだままの手を引っ張った。

「いっつもキスしたいって思ってるから」

 ぶっきらぼうに言い放った恋人にダウンジャケットごと手を引かれながら香緒里はくつくつと笑う。きっと髪に隠れている耳は赤くなっていることだろう。素直なのか素直じゃないのか。だがここであんまりからかうと後が怖いのでやめておく。

「ねぇ結美、戻ったらお酒飲みたいな。熱燗とかあったかいやつ」

「朝ごはんもまだなのにもう飲むの?」

「朝ごはん終わってからでいいよ。あったかいお酒飲んで体あったかくして今日は一日二人でごろごろしてようよ」

「……ん」

 背中越しに頷く結美に、香緒里は更に続ける。

「熱燗に合うおつまみは何がいいかな。やっぱり魚介系? この前買った塩辛の残りってまだあったっけ?」

「1パックだけあったと思うけど。なかったら私がありあわせで作るだけだし」

「さっすが結美。あ――」

 香緒里はふと思いついたことを投げてみる。

「『熱燗~シェフおまかせのおつまみを添えて~』っていうのどう?」

「……30点」

 香緒里が不満そうに声をあげ、結美がそれに突っ込みを入れる。

 この光景だけはどんなに寒くても雪が積もっていても変わらない。それが日常であり二人の絆の証でもある。

 香緒里の頭の中にさきほど作った雪だるまの姿が浮かんできた。

 あの雪だるまたちは溶けてなくなるか崩れて壊れるまでずっとキスをし続けるのだろうか。

(雪だるまに負けないように、私達も今日はたくさんキスしましょうかね)

 なんて思いながら、家に入った香緒里は玄関のドアを閉めた。



            終

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[良い点] ツンデレがかわよすぎる…
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