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6話

寧々の母は彼女を包み込んだ。もちろんそれは生きた人間ではない。それは寧々の本当の母なのか、憑りついた悪霊なのか。或いは別の超常現象なのだろうか。

「ひひっ! 死ねっ!」


 私から出て来たお母さんは私の体を操った。右手を突き出し、グイっと引っ張ると、黒いオーラ(お母さん)が私の腕の動きと連動し、ガッシリと先輩達を掴む。

 巨大なその腕は、先輩達三人を掴んでいると言うのに、重さを全然感じなかった。湧き出る力が私の気分を更に高揚させていく。


「「うわっ!」」


 空間毎掴まれたかのように、三人は家の中に引きずり込まれる。玄関の扉はバタンと勝手に閉まり、ガチャリと鍵が掛かった。


「……今度こそ、殺してあげますよぉ、せんぱぁい? きひひひひっ」


 もちろんお母さんと、私の二人で。コイツらを殺したら、お母さん褒めてくれるから。いっぱいいっぱい褒めてくれるから!

 ――きひひひッ!


「くっ! やるしかねぇぞ、咲良!」


 田中先輩が叫ぶ。長身で体格が良いけど、お母さんと一つになっている私の方が一回りほど大きい。そんな小さな体で何をしようと無駄。お母さんには敵わない。

 お母さんは私の全身を優しく包み込む。お母さんの腕に抱かれたような感覚で私はつい目を細めてウットリしてしまう。


「ふぅ。言われなくてもやるわ。祓詞、昭八、いつも通りお願いね」


 檜山先輩はそう言うと、おもむろに先輩方の肩にカプッと噛みつく。吸血でもしているのだろうか?伸びた犬歯が食い込んで赤みを帯びているように見受けられる。


「っ!」


「っしゃあ!」


「何をしてるんですぅ? くひひっ。血でも吸ったんですかぁ? きひひひひひっ!」


 え?うん、そうだね、待ってる必要なんて無いね。


 お母さんは私の右手を横に払った。私の手に連動するように、私が纏った黒いオーラ(お母さん)の大きな手も薙ぎ払われる。

 ズガッ!と薙ぎ払われた手は、まるで空間を削り取るかのよう。普通の人間なら、これで終わるだろう。

 確実に三人まとめて直撃する。家の中はお母さんの力が効いているから、傷はついていない。でも、家の一部では無い先輩方は……


「ひひひっ。潰れたかなぁ? くひひひっ」


「……それぐらいの攻撃なんて、効きゃあしねぇよ!」


 田中先輩がお母さんの手を押さえている。たった一人で。よく見れば、神山先輩と田中先輩の目が赤い。

 ――やっぱり、人間じゃあ無いじゃないですかぁ。ひひっ。皆、皆化け物だったんだ!

 そう考えると何故か自然と口角が歪み、隙間の空いた口からボタボタと涎が零れ出る。


「神山さん、ごめんよ。さっきキチンと説明していれば、こんな事にはならなかったかもしれない。オカルト部の部長として、情けない限りだよ」


 神山先輩は一歩前に出る。私を倒すという強い意思が、その赤く光る眼を通して伝わってくる。

 

「無駄ぁ! きひひっ。何をどうしても、先輩達は皆死ぬんです! 私とお母さんでぇ! 殺してあげますよぉ!」


「これからする事は痛いと思う。恨んでくれて良い。でも……」


「祓詞。お喋りはそこまでにしなさい。来るわよ」


 神山先輩目掛けてお母さんの左腕が振り下ろされる。

 私の意識の外の攻撃だ。振り下ろされたその時まで、私は体が動いた事に気付かなかった。同調が進んだ……いや、私がどんどんお母さんそのものになっていっているようだ。


「くふふっ。今度はどうかなぁ? ひひっ」


 死んでないと思う。でも良い。これで二人は抑えた。田中先輩も神山先輩も、黒く巨大な腕を受け止めてて動けない。

 そんな事はどうでも良くなってくる。お母さん……そう、自分がどんどんお母さんになっていく感覚がたまらなく気持ち良いのだ。


「ひひひっ! 先輩……檜山せんぱぁい! まずはアナタからですよぉ!」


 お母さんの腹部からヌルッと上半身だけ抜け出た私。包丁を握りしめて檜山先輩に向かっていく。伸びたオーラに支えられ、高い位置から檜山先輩の柔らかそうな腹部に狙いを定める。

 抜け出てはいるが、お母さんと一つになっていく感覚は増していくばかりだ。きっとこれは私の魂がお母さんと一つになっていっているからだろう。


「昭八」


「わーかってらぁ!」


 田中先輩はお母さんの腕を掴んで力任せに引きずる。そして私のお腹を思いっきり蹴り上げた。

 

「ぐぼっ!」


 もの凄い衝撃を受けて吹っ飛ぶ。今の私は、お母さんの力のお陰で車に轢かれてもビクともしないと言うのに、とんでもない馬鹿力だ。

 私は蹴り飛ばされてお母さんにぶつかり、もろとも後退した。その時に田中先輩と神山先輩からお母さんの手が離れる。


「げぼっ! げぇっ……ひひっ。何ですかぁ? それぇ?」


 真ん中に檜山先輩、左右に田中先輩、神山先輩。薄暗い室内に光る、三人の赤い眼光。

 私は口から血反吐を吐きながらも笑った。痛みなど最早全く無い。あるのは高揚感だけだ。


「くひひっ。ふふふっ。化け物。やっぱり化け物だぁ。皆化け物だったんだぁ! 私以外は皆! ひゃはははははっ!」


「……」


「きひひひっ! 化け物は退治しないと! ねぇ!? お母さん!」


 両腕を駄々っ子のようにグルグルと回す。お母さんの腕も連動してグルグルグルグル。


「うぉ!?」


 田中先輩が前に出て、一人で両腕を受け止める。何時まで持つだろうか。ギシギシと先輩の体が悲鳴を上げている感触が伝わってくる。


「昭八、そのまま耐えて。祓詞」


 檜山先輩の声が聞こえたかと思うと、神山先輩がスゥっと私に近づいてくる。


「くひひっ! 腕だけじゃないですよ!?」


 右足で空を蹴ると、お母さんの巨大な足は神山先輩を蹴り上げる。

 蹴り上げられた先輩は天井に打ち付けられ、ドサリと地に落ちた。


「がはっ!」


「ひひっ!」


 あぁ、お母さん。褒めて、もっと褒めて……!


「ご苦労様、祓詞」

  

 檜山先輩の声が直ぐ傍で聞こえる。ハッとしてそちらに意識を向けると、私の纏うお母さんに、グサリと太い釘みたいな物が突き刺さる。

 50cm以上はあるおおきな釘に一瞬驚きはしたが、お母さんにはそんなもの効きはしない。


「きひひっ! 無駄ですよぉ? そんなの、痛くも痒くも無いです!」


「あぁ、安心して? 痛いのは、貴女じゃないわ」


 檜山先輩がそう言うと、私とお母さんに何か気持ちの悪い力が注がれるのが分かった。

 どくん、と一瞬視界が揺らぐ。これ、何?お母さん?


 あ、あぁ……お母さん?お母さん?大丈夫!?痛いの?苦しいの?待ってて、今止めさせるから!

 お母さんが苦しんでいる。お母さんが痛いと叫んでいる。私は自分の意思で強く拳を握り締めた。


「止めろぉぉぉお!」


 叫びながら檜山先輩に向かってパンチ。お母さんの腕が先輩の顔面に直撃した。


「甘いぜ」


 かに見えたが、田中先輩にがっしりと止められる。


「くそ! どけよ! どけぇ!」


 どくん、とまた視界が揺らぐ。それと同時に、私を覆うお母さんがぶわっと大きくなり始める。

 私を支配していた高揚感は瞬時に失われ、残ったのは恐怖だけだった。視界が狭まっていき、全てが闇に飲まれていく。自分が消えてしまいそうな、底知れぬ恐怖だ。

 

 ……え?今何て?お母さん?え?え?ウソ、でしょ?ご、ごめんなさいお母さん!今から、これからちゃんとやる!殺すから!ちゃんとコイツら殺すし、勉強もする!部活も入るし、大学だってちゃんと……あぁ……あぁ……助けて、誰……か…………

 私の……全てが……飲み……込まれ…………


「いやぁぁぁぁぁぁあああああ!」


助けて……おかあ……さ…………

「これ、大丈夫なの?」


「大丈夫だと思うよ。僕達が負ければ分からないけどさ」


「祓詞、縁起でもねぇ事を言うなよ。負けねぇさ、俺達はよ」


「そうね。ここで負けたら話終わっちゃうもんね」


「そういう事を言うなよ……」

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