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5話

魂というモノが本当にあって、輪廻転生して生まれ変わりもあるとする。同じ魂を持つ者は、同じような行動をとってしまうのか。性格も似るのか、思考も似るのか、興味深いと思います。

※深い意味はありません。

 息も絶え絶えに家に着くと、私は震える手で玄関の鍵を開けた。檜山先輩の声が耳から離れない。


 『このままだと死ぬ』


 山彦やまびこのように何度も響くその声が私を苛立たせる。

 ――シヌ?死ぬ?誰が?私が?

 無意識の内に親指の爪をガジガジと噛んでいて、細かく千切れた爪がザラザラと口の中に残っていて気持ち悪い。


「……ただ、いま」


 落ち着かぬ心持ちで、誰もいない(・・・・・)自宅の中に入っていく。私の家は父が建てた一軒家だ。私が小学三年生の頃だから、もう六年くらい経つのか。

 ピリピリと首筋に静電気のような違和感を感じる。それはオカルト部の部室に入った時に感じた違和感と似ており、それもまた気持ち悪い。


 あ、お母さん。ただいま。うん、ちょっと嫌な事あって……え?うん、大丈夫だよ。ちゃんと部活……入るからさ。夜は勉強だってするよ。うん、うん。分かった。それじゃあ、今日はハンバーグにするね?大丈夫だよ。朝に下準備は終わりにしてるから、後は焼くだけ。

 え?ふふ。大丈夫。私は強いから。お母さんを失望させるような事ももうしない。うん、うん。もちろん。お母さんの言う通りだね。変な事言う人なんて……


「殺しちゃえば……良いんだよね? お母さん」




 リビングに響くジュウジュウという気持ちの良いリズムに、食欲をそそる香ばしさが目一杯に広がっていて気分が良い。

 フライパンの上で焼けていくハンバーグ。私とお母さんの大好物だ。方針が決まってしまえば、先ほどの苛立ちが嘘のように気分が軽かった。


「……うん、美味しそうに出来た。これで夕飯の準備は終わり」


 呟いて背伸びをする。背中がバキバキと鳴るのが気持ち良い。そうしている内にまた香ってくるハンバーグの匂いでまた笑顔になる。

 焼けたハンバーグを一枚の皿に盛り付けた後、私は包丁を一本手に取る。リビングの灯りが刀身に反射し、怪しくギラリと光っていた。

 ――変な事を言って私を、私達を困らせる人なんて生きている必要無いんだ。


 そうだよね?お母さん。


「……いひ。ひひひ」


 鋭く研がれた包丁の腹に、私と重なってお母さんの顔が映る。無表情なお母さんは私に対して目で訴える。その表情は動かず、ただ黙って包丁に反射する目で私を見つめ続ける。

 言葉を発しはしないけど、お母さんはいつも私の事を心配して助けてくれる。お母さんの言う事を聞いていれば間違いない。言う事を聞かない悪い子をお仕置きするのは当たり前だ。


 あ、お母さん♪うん。明日にね、やっちゃうよ。え?本当?えへへ。嬉しいな♪お母さんに褒められるなんて、何時ぶりだろうね。え?良いの?そんな、ご褒美だなんて、私嬉しすぎて可笑しくなっちゃうよ。

 そうだ!明日はお寿司でも取ろう?きっと明日は最高の一日になるね!えへへ。今から楽しみになっちゃった。


 ピンポーン


 お母さんとやり取りをしていると、インターホンが押されたようだ。誰だろうか。もう夕方六時も過ぎているというのに。 

 リビングにあるインターホンモニターを覗き見ると、私の口角は裂けんばかりに釣り上がっていた。


「きひっ」


 お母さんお母さん!凄いね!え?私が良い子にしてるから、神様からのプレゼント?うふふ。私が良い子だなんて……

 あぁ、こんな事なら今日お寿司にすれば良かったかなぁ……えへへ。分かってる。ちゃあんと殺すから。そうしたら褒めてくれるよね?お母さん。

 

 玄関に行き、興奮して荒れた呼吸を整える。平常を装わなければ……気付かれたら折角のチャンスが台無しだ。

 私は深呼吸をして心臓の高鳴りを落ち着かせる。頬をグニグニとマッサージして笑顔を作る……バッチリだ。


「……はーい。今、開けますね」


 ガチャリと開いた扉。夕日も沈んだ空の下。白い肌に、赤黒い瞳、肩甲骨辺りまで伸ばした白い髪。まるで彼女だけ別の空間にいるかのように、くっきりと浮かび上がって現実感が無い。

 街灯と室外灯の光だけだというのに、そのくっきりと浮ぶ姿はやはり何処か異様に感じられる。

 背筋に寒気が走るのを我慢し、私はワザとらしく驚いた表情を作る。


「あれぇ? 檜山先輩じゃないですか。どうしたんですか?」


 驚いた風の声色を装う。後ろ手には包丁を隠し、笑顔を作り頭を少しだけ傾ける。サラリと流れた髪が汗臭い。

 ――あぁ、先にお風呂でも入れば良かったかな。


「……寧々ちゃん。まだ間に合うか、微妙なところね」


「間に合う? 何の事ですぅ?」


「よく聞いてね、寧々ちゃん。貴女、悪いモノに憑りつかれているかもしれないわ」


 意味不明の発言が、また私を苛つかせる。でも、顔には出さない。まだ、まだ早い。

 ――悪いモノ?何を言っているの?まさか、お母さんの事を……?

 そうだとしたら、やっぱり見逃せない。私は思わず包丁を持つ手に力を込める。直ぐにでも刺したい衝動に駆られるが……我慢、我慢だ。


「えーと、とりあえず上がってくたさい。お茶を出しますね。あ、そうだ、良かったら晩御飯食べていきませんか? 今日はハンバーグなんですっ」


 今度は私が檜山先輩の手を掴む。左手には包丁を隠し持っているから、右手で強く。逃がすまいと強く握り絞めた。

 氷のように冷たい手を引いて室内へ入ってもらうと、私は直ぐに玄関の鍵を閉めた。


「なぜ鍵を閉めるの?」


 ――そんなの決まっているじゃあない。

 私の口が、にちゃあっと気味の悪い音を立てて開いた。もう隠す必要は無い。


「先輩を逃がさない為ですよぉ!」


 そう言いながら、先輩の背中に向かって勢いよく包丁を突き立てる。

 ズブリと包丁が刺さる感触が、肉を掻き分けて骨に当たる感触が、確かに……確かに私の手に感じられる。

 ――あぁ!これが、これが!


「……」


 先輩は声も出さず、静かに前に倒れていった。私はすかさず飛びつき、先輩に馬乗りになる。


「きひ。くひひひ……!」


 倒れた先輩に包丁を何度も何度も振り下ろす。何処に当たろうがお構いなし。先輩に当たってくれれば良いのだから。

 グサグサと言うよりは、グチャグチャという音を立てて包丁が突き刺さる。飛び散る赤い液体が私の顔にも体にも壁にも床にも、天井にさえ飛び散り、辺りを赤い空間へと染め上げていく。


「ひゃはは! ひひひひひっ! 先輩が悪いんですよぉ!? 意味分かんない事言うからぁ! ひゃあっはっはっは!」


 夢中で包丁を突き立てる。倒れているそれは、最早何か分からないくらい、赤い塊へと変貌していった。


「くひっ。ひひひ。やった、やったよお母さん♪ 私、偉い? うふふふふっ」


 私はこれまで感じた事の無いくらいに気分が高揚しているのを感じた。気持ちが良い。とても清々しい気分だ。こんなに晴れ晴れとした気持ちを感じる事が出来るなんて!


「……気は済んだかしら?」


 私の後ろから、静かな声が聞こえた。

 バカな。この声は……檜山先輩?


「せんぱぁい?」


 グルンと首だけを動かし、振り向く。いつの間にか玄関の扉が開いており、そこには檜山先輩と、神山先輩、田中先輩が立っている。

 檜山先輩は先ほどまでと同じ恰好だ。違うとすれば、どこも汚れてはおらず、寒気がするほど美しいままだという事くらい。


「あれぇ? おかしいなぁ、檜山先輩はここにいるのに……?」


 グルンと首を戻し、下を、包丁の先を見る。確かに赤い何かが横たわっている。

 檜山先輩がパチンと指を鳴らすと、横たわった何かがボン、という音と共に無数のコウモリに変わり、扉から外に飛び立っていく。


「コウモリィ? くひっ。檜山せんぱぁい。本当に吸血鬼みたいですねぇ?」


 ゆっくりと立ち上がり、ゆらりと振り向く。

 ――これは夢か何かなのかな。世の中には不思議な事もあるんだね。

 対峙する三人を見た時、私の体がピクりと一瞬だけ揺れ動く。

 

 うん、そうだね、お母さん。うん。分かった。うふふ。大丈夫だよ。一人も逃がしはしないから……え?お母さんも?うん、もちろん!一緒にこいつらを……


「あああああああああああっ!」


 私が叫ぶと、私の体から一気に飛び出してくる。え?何がって?決まってるじゃない。


 お母さん。だよ。


 あっという間にお母さんは私の全身を覆い、私はお母さんと一つになった。全てを飲み込むような黒いオーラ。これこそがお母さん。

 うん、うん。そうだねお母さん。こんな邪魔な奴ら、さっさと潰してやろうね!


「きひ、きひひひっ!」


 そう、お母さんと私をどうこうしよう何て奴らは、皆殺してやる。お母さんと一緒に。

「バトル展開だな。これ、青春物語じゃなかったか?」


「良いのよ。こういう事が現実で起きないなんて、貴方は言い切れるの?」


「世の中にはまだまだ不思議な事がいっぱいあるんだよ?」


「そうよ。自分の目で見えるモノだけが全てだとは思わない事ね」


「それはまぁ、そうだけどよぉ……」

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