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4話

オカシイのは周りか、自分か。

 暗幕カーテンが閉められた部室に入ると、薄暗い室内にある、いかにもと言った丸テーブルに二名腰かけているのが目に入った。

 室内に入った途端に、静電気だろうか?首筋にパチリとした違和感を感じた。


「お? 咲良、その子か? お前が言ってた奴って」


 向かって右側に座ったガタイの良い男子生徒が大きめの声で言った。座っていても私より大きいのではないだろうか。ちなみに私は163cm。檜山先輩は155くらいだと思われる。

 ――何だか怖そう……イケメンだけど、オラオラ系って言うの?私は苦手だなぁ……


「昭八、うるさいわ。黙って」


 檜山先輩は昭八と呼んだ男子生徒に容赦なく言い放つ。静かな口調で放たれた言葉を受け、昭八と呼ばれた男子生徒は目を見開いた。


「んだとぉ? ったくテメェはいつもいつもよぉ! ただ聞いただけじゃねぇか!」


 椅子を倒して立ち上がる昭八。大きな声で私は思わずビクッと体を強張らせる。正直言って怖い。今すぐ逃げ出したくなった。


「全く、お前達は毎日毎日……ごめんよ、驚かせちゃって。取り敢えず座りなよ。えぇっと……」


 丸テーブルの奥側に座る優男がニコやかに私に笑い掛ける。それに反応してか、昭八は舌打ちをしながらドカッと座り直していた。


「あ、えと、宮原寧々と申します! 一年C組です! 見学させてください!」


 頭を下げた後に気付いたけど、別に見学に来た訳じゃない。連れて来られただけだった。


「宮原さんかぁ、歓迎するよっ。僕は部長の神山祓詞(かみやまふつじ)。二年C組だよ。見学だなんて嬉しいな。このまま入ってくれると廃部の危機から脱する事が……ゲフンゲフン」


 ――珍しい名前。サラッサラの黒髪が綺麗。女装させたら似合いそうだなぁ。それにしても、廃部の危機なのか……

 そう考えていると、昭八が親指で自身を指して口を開く。


「俺は――」


「あの煩いのは田中昭八(たなかしょうはち)よ。煩いのと、無駄に大きな体以外、何の取り柄もない男よ」


「咲良っ! テメェ!」


 再び椅子を倒して立ち上がる。その様子を見て檜山先輩が僅かに笑っているような気がした。

 ――檜山先輩、楽しそうだな。この様子をみた限りじゃあ、やっぱり人殺しになんて……


「取り敢えず、皆座ってくれ……」


 神山先輩が頭を抱えている。きっと日常的な光景なのだろう。


「……はい。寧々ちゃん」


 丸テーブルに着いた私に、檜山先輩はお茶を出してくれる。立ち上る湯気から察するに、これはアールグレイだろう。私の好きな紅茶だ。


「ありがとうございます。頂きますっ」


 他の二人にもお茶を出すと、檜山先輩は入り口から見て左側に腰かけた。


「えっと、檜山先輩、私……」


 もてなして貰っておいて悪いとは思ったけど、オカルト部にだけは入るつもりは無かったから、私はどうしたモノかと困っていた。

 個人的に檜山先輩は興味があるけど、さすがに由美に悪い。あの尋常じゃない様子を見て、オカルト部に入って檜山先輩と仲良くしています、なんて由美が知ったら、それは酷い裏切りだ。


「寧々ちゃん。単刀直入に言うわ。心して聞いてね?」


 檜山先輩がそう言うと、室内の空気が張りつめたように感じられる。どうしたものかと考えていた私も、その空気に飲まれて思わず背筋を正した。


「な、なんでしょう……?」


 檜山先輩だけではなく、二人の男子生徒も真剣な表情で私を見ている。

 注目される緊張のあまり、私はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「……貴女、何か良くないモノに憑かれてるわ。このままだと近い内に……」


「ち、近い内に……?」


「死ぬわ」


 静まり返る室内。壁に取り付けられた、大きめの時計がチッチッチと時を刻む音だけが室内に響く。

 冷たく、淡々と告げられた言葉が宙を舞い、ゆっくりと私の耳に吸い込まれる。


「え、え……え?」


 ――死ぬ?誰が?私が?

 吹き出す汗、歪む視界。狭い部室内だと言うのに、先輩たちが酷く遠くに感じられる。

 異常なくらいに乾く喉を潤す為に、私は紅茶の入ったカップを手に取った。


「貴女のそれ、ただの怪我じゃないわ。人ならざるモノに付けられた怪我よ。心当たりは無いかしら?」


 彼女が何を言っているのか、理解出来なかった。人ならざるモノ?そんなのこの世に居る訳が無いのだから。

 ――お母さんから受けた傷だもん。悪いのは私……お母さん?まさかお母さんが?


「汗、凄いわよ? 大丈夫?」


 檜山先輩から言われると、汗が気になる。持ち上げたカップがカタカタ揺れてどうしたら良いか、自分の体なのに動かし方が分からなくなった。


「……あ、ひ、ひや……」


 喉がカラカラで声が出ない。手にしたカップを傾けるという工程が思いつかない。完全に動揺している私。


「……お茶を飲むと良いわ。気も落ち着くわよ」


 檜山先輩に促され、ようやく何がしたかったか思い出した私は、アールグレイを一口飲む。華やかな香りがすぅっと広がる。確かに、落ち着いてきた気がする。


「……ふぅ」


「落ち着いたかしら? それで、何か心当たりはあるの?」


 再び同じ質問を投げてくる檜山先輩の瞳に、カーテンから漏れた僅かな明かりが反射し、不気味に美しくキラリと赤く光る。


「な、何言ってるんですか、檜山先輩! これは階段から落ちた怪我ですよ? 誰かに押された訳でもありませんし、自爆ですよ? 自爆」


 あはは、と笑って誤魔化す。体が動くようになって、少し思考も回復したようだ。

 チラリと檜山先輩を見ると、まったく変わらず真剣にこちらを見ている。他の二人も同様に微動だにせず私の反応を伺っているようだ。

 あんなに綺麗だと思った先輩の透き通る白い肌と白い髪が、薄暗い部屋に浮かび上がって今はただ不気味に思えた。


 吸血鬼。


 そう、吸血鬼だ。今の檜山先輩はどう見てもそうとしか思えない。初対面の時に感じた悪寒を、私は再び感じた。


「……違ぇな。見たところ、階段から落ちた怪我じゃない」


 微動だにしなかった田中先輩が静かに口を開いた。


「え?」


「階段から落ちたんだったら、そんな切り傷は付かないんだぜ?」


 田中先輩はそう言って立ち上がり、私の左手首の包帯を取り始める。


「ちょ、ちょっと……止めてくださいっ!」


 私は田中先輩の手を振り払う。その拍子に包帯が取れ、宙を舞った。


「あ、あぁ!」


 私は慌てて立ち上がり、包帯を取ろうとする。あらわになった左手には、肘関節部から手首にかけて、真っ直ぐに線が入っている。まだ新しめの傷は、透明の液体がうっすらと滲んでいる。


「……どうして? どうして分かったんですか?」


 包帯が丸テーブルに落ちる。私はその場に立ち尽くし、田中先輩の回答を待つ。

 脳内麻薬の分泌が凄まじく、自分でも驚くほどに冷静になっていた。


「なんて事は無いぜ? よく見れば、うすーく血が滲んでたからよぉ」


 ――そんな……薄くって、どれだけ巻き直したと思ってるの?ここに来る前にトイレで巻き直してるのよ?

 さっと檜山先輩を見る。檜山先輩が吸血鬼なら、きっとこの二人も……そう考えれば血に敏感なのも頷ける。

 我ながら馬鹿げた発想ではあるが、この時はこれしかないと思った。部室内の私以外の生き物が途端に酷く不気味に思え、脳内麻薬の分泌を上回り、恐怖となった。


「ま、座りなよ、宮原さん。大丈夫、悪いようにはしないから」


 低い声で言った神山先輩が怖い。田中先輩も、檜山先輩も……

 皆がただただ怖くて私はその場にいられなくなった。


「ひ、ひぃっ!」


「あ、寧々ちゃん」


 恐怖心がピークに達し、私は部室から飛び出す。転げ落ちるように文化棟の階段を降り、一目散で駅を目指して走る。運動は得意じゃないから大して速くないし、すぐに息があがっちゃうけど、構わず走り続けた。


 ――怖い、怖い、怖い。 何なの?あの人達……


「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」


 全速力で走り続けるが、駅と学校の中間地点で私は力尽き、電信柱にもたれ掛かる。通行人が訝しがって私を見るけど、気にしている余裕は無かった。


「はぁっ! はぁっ! 人、ならざる、モノ? そんなの、先輩達の、方よ……!」


 後ろを振り返っても、追ってくる様子も無い。少しだけオレンジ色に染まった風景が私の心をほんの少し落ち着ける。


「ふぅ……」


 私は息が整うと、駅に向かって歩きだした。この時私は思いもしなかった。この少し後に、私の全てが、私の現実が……壊れてしまうなんて。

「やっと出番だぜッ!」


「少しだけどね」


「良かったわね、昭八。ほら、お手」


「いつまで動物ネタ引っ張んだよ!」

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