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2話

いつもの日常と言った様子ですが、これはあくまでも寧々の目線です。

 吸血鬼のような檜山先輩に出会った、次の日の昼休み。教室の片隅で、私と由美はいつものように昼食を摂っている。ちなみにだが、由美は隣のクラスだ。昼休みの度にこうして私の教室に来ている。

 その理由は何なのか、由美は聞いても答えてくれないけど、きっと私を気遣ってくれているのだろう。私はクラスに……馴染めていないのだから。

 馴染めていない理由はハッキリと分からない。でも、皆何故か私の近くに寄りたがらないのだ。一応言っておくが、体臭が酷いとかそういう訳ではさなさそうだ。


「でさ、決まったの? 文化部」


 パンを食べながら由美は私に問いかける。明るい性格でお調子者の由美は、クラスでも人気があるはずだ。私が独り占めして申し訳ない気持ちになってくる。

 由美のクラスの体育の授業何かを教室から見ていると、由美の周囲は常に人がいる。囲まれて笑う由美は、私に向ける笑顔のままだった。それが何とも胸を締め付ける。


「うぅん。それが、なかなか良いのが見つからなくてさ……」


 ガックリと肩を落として見せる。由美を独り占めしている後ろめたさは感じているけど、この環境に甘えている事もまた事実だ。

 ――うぅ。部活も決まらないし、このままで良いのかなぁ、私……

 甘えたいけど、それじゃあ由美に申し訳が無いし、私の為にもならないだろう。自分優先かよ、と思われるかもしれないが、私が自立すれば由美の負担も減るはずだ。


「じゃあさ、やっぱりバイトしようよ♪ 実は昨日、面接行ったんさ♪」


「へぇ、どこなの? バイト先」


「駅前のケーキ屋だよ。人手足りないらしくてさ、即採用だって。明日から行く事になったのだ」


 えっへん。というジェスチャー。心なしか鼻が天狗のように伸びて見える。もちろん実際に伸びている訳ではない。

 ――ケーキ屋かぁ。良いなぁ。

 レジ打ちやケーキをお勧めしている自分を想像する。確か駅前のケーキ屋は赤チェックの可愛いエプロン姿で、店内のレイアウトもお洒落だった気がする。


「でさでさ、まだ募集してるから、やらない?」


 昨日も一緒にやろうって言ってたな、由美。まぁ、断る理由は無いんだけど、やはりお母さんの顔がチラついてしまう。


「やってみたいけど、バイトするんだったらお母さんに聞いてみないと……」


 困った顔でこの場は濁そうと思った。そう、お母さんの許可が無いと、バイトなんて出来ないのだ。それに、学外でまで由美のお世話になるような気がして、やはり気が引けてしまった。


「……そっか。うん、それじゃあ聞いてみてよね?」


 一瞬、由美の顔が曇る。あんまり私がお母さんお母さん言うからかな?


「うん、ごめんね」


「うぅん。良いの良いの。でも、私は寧々と一緒にバイト出来たら楽しいなって思うにゃあ♪」


 猫っぽいポーズでおどける由美を見て、私は由美と友達で良かったと思った。由美もきっと、私の事を大切に想ってくれているんだよね。だからこそ、私はこれ以上、由美に迷惑を掛けてはダメだと思うのだ。


「うん、ありがとね」




 時は進んで放課後。由美と一緒に帰路に着く。私達は電車通だ。と言っても、由美は一駅分だけだから、自転車でも来られる距離。私に合わせてくれているのだ。

 教室でお喋りしてから学校を出たから、少しだけオレンジ色に染まった帰り道がノスタルジックでとても美しい。私はこの時間が好きだった。


「……あれ?」


 駅前の商店街を歩いていると、視界に白髪の女性を捉える。同じ高校の制服。あれは……檜山先輩?


「あ、寧々。あの人知ってる?」


 私が檜山先輩の方を見ていたら、由美が小さな声で私に耳打ちする。こういう聞き方って事は、由美は檜山先輩を知ってるのだろうか?

 その言葉の意味を探りながら私は返答する。


「知り合いって程じゃないけど、昨日文化部部室棟の前でちょっとだけ話したよ」


 由美は目を丸くした。そんなに驚く事だろうか?確かに見た目はちょっと不気味な感じがするけど……


「へ~……まぁ良いや、見つからないようにアッチから行こ!」


「何でよ? 見つからないようにって?」


「良いから良いから!」


 私の手を引っ張る由美を見て、ちょっとだけ胸が痛んだ。その表情が何処か辛そうに見えたからだ。


「ちょ、ちょっと由美……!」


「あら、貴女……確か、寧々ちゃんだったわよね?」


 そうこうしていると、檜山先輩の方から話し掛けてくる。決して大きな声ではないのに、不思議なくらいにハッキリと耳に入ってくる。


「あ、檜山先輩、こんにちは」


 私は先輩の方を向き、ペコリと頭を下げる。


「ちっ……こんにちは~」


 由美も挨拶をしたけど、変なくらい余所余所しい。それに、明らかに舌打ちしたよね、今。


「あら、お友達と一緒なのね……ふぅん。貴女には興味無いわ。村山由美さん?」


 檜山先輩は由美を確認すると、冷たく言い放つ。人形のように冷たい目に、私の背中が寒くなる。

 ――知り合いなのかな。由美の苗字まで知ってるし……


「あざーす。こっちも興味ねーっす」


 由美はわざとらしく不機嫌な様子で応えた。不穏な空気に、私はどうして良いか分からなくなった。


「え、と……」


 何と言葉を出せば良いかも分からず、私はただ固まる事しか出来ない。


「……邪魔しちゃ悪いわね。それじゃあね、寧々ちゃん」


「あ、はい! さようなら、檜山先輩」


 昨日と同じ、綺麗過ぎる微笑みを見せると、檜山先輩は駅と反対方向に歩いていった。


「……ねぇ、寧々」


「な、なに?」


 檜山先輩が見えなくなるのを待ってから出た由美の声は低かった。機嫌が悪い時の彼女の声だ。


「あいつが何か、分かる?」


 あいつ……いつもの由美なら、いくら嫌いな先輩でも、あいつ呼ばわりはしないと思う。


「え? 檜山咲良先輩、だよ。二年C組だって言ってたけど……」

 

 由美の質問の意図が分からず、咄嗟に自分の持っている情報を話す。しかし、由美は私の答えなど何でも良かったのか、見えなくなった檜山先輩の背中を睨み付けるかのような形相で口を開く。


「あいつさ、人殺しだよ」


 暗く冷たい声が由美から発せられる。

 ――ヒトゴロシ?人殺し?


「え? どういう、事?」


 困惑する私。由美は知り合いみたいだけど、ただの知り合いではなさそうだ。


「あいつはさ、私の小学校の先輩なんだけどさ。六年の時に、自分の担任を殺してんだよ」


「え?」


「その担任ってのがさ、私の近所の兄ちゃんだったんだ。小さい頃から遊んでもらっててさ、私にとっては、本当の兄みたいに思ってたのに……」


 早口でそう言う由美の目は涙ぐんでいた。最後の方は涙声で聞き取り難かったが、構わず由美は続ていく。


「……何かさ、兄ちゃんがあいつを襲ったって事になって、あいつは被害者扱い。でも私は信じてない。兄ちゃんそんな変質者な訳が無いもん」


 由美の頬に大粒の涙が一筋。何と言っているか聞き取り難いが、意味は理解できる。

 しかし、小学生が担任殺し……そんな事件があっただろうか?


「ほら、由美。涙拭いて」


 私はハンカチを取りだし、由美の涙を拭った。今はまず由美の事だけ考えよう。こんな状態の由美は見た事が無い。物凄く心配だ。


「ありがと……ごめんね、泣くつもりは無かったんだけど、久しぶりに思い出したら、何だか悔しくなっちゃって」


「うぅん。大丈夫だよ。さぁ、今日は帰ろ?」


 私は努めて優しく言った。早く帰った方が良いだろう。


「うん……ごめんね」


「ふふ。いつもと立場が逆だね。行こう」


 私は由美の手を握り、駅まで向かっていった。





 お母さん……うん、うん。え?違うよ?そんな事……そんなつもりは無いよ?

 え?あぁ、檜山先輩?不思議な人だよ。ちょっと怖い感じだけど、私にも優しくしてくれるし……うん、由美も優しいから好きなんだぁ。一緒にバイトも誘ってくれて……


 え?あぁ!ち、違うよお母さん!お母さんが一番、お母さんが一番に決まってるじゃない!

 痛っ!痛い!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさいお母さん!好き!お母さんが一番好き!私にはお母さんだけだよ!バイトなんてしない!しないから!

 お母さんの言う通りにします!内申書の為に部活もします!勉強も!家事も!!


 ……何するの?ウソ、ウソだよね?ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……

 私、ずっとずっと一緒にいるから、だから私から離れないで、お母さん……

「まーだ俺の出番は無いのかよッ!」


「煩いわ昭八、黙って」


「ちっ」


「舌打ち何かしちゃダメだよ。もう少し、もう少しだから」


「どーどー」


「俺は動物じゃねぇ!」

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