2話
妖怪の解釈は独自のものを含みます。
「あれ? 今日は田中先輩、いないんですか?」
時は進み放課後。オカルト部の部室。丸テーブルには、部長と檜山先輩。部室に入り挨拶を済ませると、私は先輩方にそう問い掛けた。
バイトをしていると聞いた気がするが、部活後にやっているらしく、部活には基本的に毎回参加している。
「昭八、今日は確かバスケ部の練習試合に参加してるわ」
檜山先輩がお茶を淹れながら淡々と話す。頭を少し動かすだけでサラサラと流れる白髪が美し過ぎる。これは同性でもウットリしてしまっても仕方が無いと思う。
「バスケ部? 田中先輩、部活の掛け持ちしてるんですか?」
確かに田中先輩、運動神経良さそうだし、不思議ではない。運動部はこの時期、高校総体の地区予選に向けて練習試合等を組む事が多いようだが……
「助っ人よ」
「へぇ、助っ人ですか。本当にあるんですね、そういうの。漫画とかの中だけだと思ってました」
――助っ人をするなんて、余程頼られてるようね。凄い凄い。
「ま、あんな奴の事は放っておいて、ランチ情報、何か無いかしら?」
「ランチ情報ですか? えーと……」
――何かあったかな……あ、そう言えば、市内に出来た新しいカフェはどうかな?
「新しく、M町に出来たカフェは知っています? ランチメニュー、結構色々あるみたいですよ」
「え?」
お茶を啜る檜山先輩が顔を上げる。驚いたような、拍子抜けしたような表情だが……聞こえなかったのだろうか?
「はははっ! 宮原さん、そっちのランチじゃないんだ。ほら、咲良の、ね?」
――あ……
「ごめんね、寧々ちゃん。私の話し方が悪かったわ」
「い、いえ! 私ったら、勘違いを……」
ちょっと恥ずかしい。檜山先輩の表情は相変わらず無表情であったが、何処か済まなさそうに感じられる。
――うぅ。勘違いしちゃった。えと、檜山先輩ようのオカルト情報は……
「あ、そうだ! T市の廃ボーリング場の話って知ってますか?」
昼に聞いた話をすると、先輩達は目配せをした。この反応から察するに、知っているようだ。
「……その話、実は僕達も仕入れていてね。ただ、メールの話は知らなかった」
「話から察するに、九十九神の一種だと思うわ」
「九十九神? って、何ですか?」
神様の一種?だとしたら、とんでもない相手なんじゃないだろうか?
「九十九神っていうのはね、簡単に言えば、古い道具が妖怪化したモノの事よ」
「へぇ……」
「今回のケースで言えば、恐らくボーリングのピンね」
――ん?でも、メールは『倒される』だったはず。ピンだったら、『倒れる』んじゃない?
「何でピンなんですか? ピンは倒される側ですよね?」
「あぁ、それはね、他の目撃例もあったからだよ。複数の白い影が揺らめいていたらしい。複数の白い影で、ボーリング場って言ったら、ピンだろ?」
――確かにそうかもしれないけど、ピンが妖怪化したって言っても、何か怖くないなぁ。
「九十九神になると、意思を持つと言われているし、力だってそれなりに持っているはず。長年倒されてきたから、倒したくなったんじゃないかしら?」
部長達の説明に納得するが、他の目撃者がいるのなら、結構有名な話なのかもしれない。
「まぁ、真意はここで決める事では無いわ。相手を想定し過ぎると、いざという時に対応が出来なくなるわ」
冷静な檜山先輩。先輩はいつも落ち着いているなぁ。私も見習いたい。
「あれ、という事は、行くんですね? ボーリング場」
ワクワクしてきた。私のオカルト部としての、初めて活動らしい活動。
「他にめぼしい情報が今はないからね。早速今日、と言いたいけれど、昭八がいないから、明日にしましょう」
「明日ですねっ! 楽しみです!」
私は安易に考えていた。それが、まさかあんなに怖い思いをする事になるとは……
時は進み、次の日の夕方六時。私達オカルト部は、T市の廃ボーリング場にいた。
「な、何だか……雰囲気ありますねぇ」
T市の外れにあるここの場所は、国道沿いにあるにも関わらず、酷く寂れている。あちこちに穴が空き、ボロボロの外観は、私の不安を煽るには充分だった。
「よーし!中に入ろうぜ!」
田中先輩は拳をバシバシと突き合わせ、気合い充分といったところ。
「待ちなさいよ。まだ少し明るいわ。入るなら暗くなってから。それまでは……そうね、腹拵えでもしていなさい」
檜山先輩はリュックからクッキー缶を取り出した。
蓋を開けると美味しそうなクッキーが。
「わぁ! 美味しそうなクッキー!」
ただ見ただけを言った。もう少し語彙力がほしい。
「咲良の手作りクッキーだね。美味しいんだよ、これ」
「手作りなんですか!? 凄い、店で売ってるのと見た目変わらないじゃないですか!」
普通に店売りのクッキーだと思ってた。手作りすると、どうしても手作り感が出るのだけれど、それが無い。
私も多少は料理には自信があったが、クッキーを見ただけで檜山先輩には敵わないと思った。それ程の完成度の高さだ。
「お世辞でも、嬉しいわ。寧々ちゃん。さぁ、どうぞ」
差し出されたクッキー缶から、一枚摘まんで口に入れる。
「ん! 美味し~!」
本当に美味しい。甘過ぎないし、ほんのり香るナッツが良い。
「ふふ。喜んでくれたなら、私も嬉しいわ」
私は二枚、三枚とクッキーを食べる。美味しい美味しい。
「……宮原よぅ。喰っちまったなぁ、そのクッキー」
まるで悪魔のように、田中先輩が笑う。
「え……?」
「そのクッキーにはな、吸血鬼の血が混じってるんだ……吸血鬼の血を体内に入れちまうと、吸血鬼になっちまうんだぜ?」
ごくりとクッキーを飲み込む。部長を見ると、部長もニタりと笑う。
――う、嘘……でしょ?
「はぁ。馬鹿な事言ってるんじゃないわよ。そんな訳無いでしょ。寧々ちゃん、前に言ったけど、眷族にする力は私には無いの」
ため息を吐いて話す檜山先輩は、相変わらず無表情だ。
「び、びっくりしました~……」
冷や汗をかいた。ゲラゲラ笑う田中先輩と、片手を顔の前にやり、済まなそうに謝る素振りを見せる部長。からかわれたらしい。
「それに、わざわざクッキーに血を混ぜるくらいなら、直接噛んでやるわよ」
檜山先輩は私を見て口元を僅かに歪める。ゾクりと背筋に寒気が走る。
「あ、あははは……」
血を吸われるでも、眷族になるでもないと言われても、吸血鬼に噛まれるというのは普通に怖い。というか、檜山先輩が冗談を言う事が怖い。
「あれ? でも……」
私の一件の時、田中先輩と部長、檜山先輩に噛まれてパワーアップしてたような?
「うろ覚えですけど、檜山先輩、部長達を噛んでませんでした?」
柔和な部長も、噛まれたら狂暴になっていたような気がする。
「あぁ、私に噛まれると、半眷族化するの。直ぐに元に戻るし、命令も出来ない。ただ強くなるだけよ」
便利な能力だなぁ。
「祓詞のようなモヤシでも、プロレスラーくらいの強さにはなれるんだぜ」
部長の肩を組み、頬をツンツンしている。苦笑いする部長。
「でも、おかしなルールがあってね。何故だか知らないけど、祓詞と昭八にしか効かないのよ」
何だろ?便利な能力だと思ったけど、先輩達限定の能力かぁ。
「きっと先輩達が仲良しだからですね!」
素直にそう思った。先輩達は幼なじみらしいし、家も近所らしいから。
「バッ、おまっ。別に俺達仲良くなんてねーよ!」
と田中先輩。暗くなってきてよく見えないけど、きっと赤くなって照れているのだろう。背を向けてしまう。
「あはははっ。僕も昭八も、咲良の事情を知ってしまっているからね。幼なじみのよしみで協力は惜しまないよ」
部長は爽やかに笑っている。こういう事を言う人が、漫画とかでは悪人だったりする。いやいや私ったら、何て事を考えているんだろう。
「二人には感謝してるわ。さて、そろそろ良い時間かしらね。昭八、今何時かしら?」
檜山先輩も照れたのかな?少し強引に話を進めた気がする。
「あぁ……今は七時だな。暗さからして、丁度良いんじゃねぇか?」
「そうね。それじゃ、入りましょうか」
歩き出す先輩達に、私は遅れないようについていった。
ぎぎい……
金属部分が錆びてしまっているようで、立て付けの悪くなった入り口。元々は施錠してあったようだが、壊されてから結構時間が経っているようだ。
まぁ、窓ガラスとか割れてるし、鍵なんて意味無いのだけれど。
「……そういえば、何で夜に来るんです?」
恐怖と不安に苛まれた私の口から出た言葉は、そんな言葉だった。
――しまったな。余計怖くなりそうな答えが返って来たらどうしよう。
「オカルト部だからよ」
「え?」
「オカルト部だからよ。明るい内に行っても雰囲気出ないでしょ?」
え?そんな理由?
「昼だと目撃者が多かったりするからな」
おぉ、田中先輩が初めてまともな事を。
「それに、陽の光が苦手で、出てこない奴らもいるからね。やはり、幽霊やら妖怪の類いだし、ね?」
部長さんの話が一番しっくりくる。
「まぁ、その限りでは無いのだけどね。単に咲良が夜の方が活動的っていうのもあるから」
檜山先輩、確かに朝に会うと眠そうにしてる。低血圧なのだろう。
「さて、入ったのは良いけどよ、どーすんだ?」
田中先輩はレーンを背に言った。確かに。入ってみたは良いけど、何かが出てくる様子は無い。
ボーリング場の中は荒れており、レーンも受け付けも何もかもがボロボロだった。酒のビン、カンは無造作に散らばり、ボーリング玉も、転がっていたり、割られたりしている。
「……やはり、妙ね」
檜山先輩は口元に手を当てて考えているようだ。何が妙なのか?私にはこの廃墟にいる事が新鮮で、言い換えれば全てが妙だった。
「そうだね、ピンが一本も無い」
部長に言われてみれば、廃墟の中にはボーリングのピンが一本たりとも見当たらない。
「って事ぁ、祓詞の見立て通り、物化けかよ」
「物化け?」
九十九神の事だろうか?
「九十九神の事よ」
当たってた。なら、やはりボーリングのピンの九十九神って事だろうか?
「そう言えば、ボーリングのピンの九十九神だったとして、それからも血を吸えるんですか?」
物のお化けなら、元より血なんて無いはずだけど。
「私が吸うのは血じゃないわよ。何て言うのかしら……霊素? 妖力? そう言った類いよ」
何となくしか分からない。しかし、そういう事なら、例え血の通っていなさそうな奴でも大丈夫って事になる……のだろうか?よくよく考えてみれば、お化けの類に血なんぞ通っているはずも無い。
ゴトッ。
「ん? 今何か、音しませんでした?」
ゴト、ゴトッ。
「するわね。昭八、祓詞」
檜山先輩の呼び掛けで、先輩達が集まる。
「寧々ちゃん、私の後ろに居てね。九十九神程度に、苦戦はしないと思うけど、前に出たら危ないから」
「は、はいっ」
いよいよか。心臓が早く動く。場内の空気がピィンと張り詰める。私の緊張がピークに達した頃、それを待っていたかのように、場内が大きく揺れたのだった。
「食事の時間ね」
「暴れる時間だぜ!」
「悪霊退治の時間だよ」
「……皆さんそれぞれ違いますね」
「やる事は同じだから良いのよ」
「そういうこった。暴れて倒して咲良が喰う!」
「それじゃ何だか僕達が悪い奴みたいだね……」




