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第一章 魔王の誕生

      第一章 魔王の誕生


「…っは!」


 颯太が目を覚ますといつもの光景が広がっていた。


 キチンと整えられた勉強机、壁には好きなアニメのタペストリー、安いモニターにはQS4が繋がっており、カーテンから射す僅かな光が目に痛い。


「間違いない、俺の部屋だ」


 ベッドの上で目が覚めた颯太は先程の事を思い出す。


 キューピッドに言われた自分が死んだという通告、美女に迫られ生き返ることを選択した事。


 全て夢だったのだろうか?


 颯太は部屋のカレンダーと時計を見ると今日は木曜日で、時刻は7時12分だった。


「ヤバい、遅刻する!」


 颯太はベッドから飛び出すと素早く制服に着替え、机の上に並べてあった教科書の内、木曜日にある授業の分を確保して鞄に急いで詰める。


「何かあったかな…」


 冷蔵庫を開けて軽く見渡すが、何もない事を確認すると勢いよく玄関を飛び出した。


「行ってきまーす!」


 誰もいないのについ言ってしまう言葉に颯太は我ながら寂しいことをしているなと思う。


 しかし、颯太は気付いていなかった。


 小さな声だが、微かに…


「いってらっしゃ~い」


 という女性の声があったことに。




「はぁ、忘れ物はないかな…ん?」


 いつもより一本遅いバスに乗って遅刻せずに済んで一安心した颯太だったが、バスの窓から見える光景に颯太はつい言葉を漏らした。


「ウソ…だろ…」


 慌てていていつもと変わらない光景だとばかり思っていたが世界に異変が起きていた。


「ピチュチュチュ」    「ギャォォォォ」


        「ズズズ、ズズズ」

 

  「シャー」    「キェェェェ」


 空にリュウグウノツカイのような生き物がウネウネと泳いでいたり、目が幾つもあり手が6つもある謎の生き物が電信柱を上ったり下りたりしている。


 意味があるかどうかも気になるが何よりもそんな生物達が平然とそこらにいるのが一番驚いた。


「うぉ!」


 バスの中にも()()()はいた。


 小さい頃読んだ絵本に出てきそうな小人のような生物がバスの通路をうろチョロしている。


「あの、大丈夫ですか?」


 近くにいたサラリーマン風の男に声をかけられる。


「あ、すいません」


 颯太はそう返すと、その男の鞄にも()()が付いているのに気付いた。


「ねぇ、コッチダヨ! ねぇ、コッチダヨ!」


 バッタのような姿をした()()は前肢をイジイジしながらそう言う。


(一体、何が起きてるっていうんだよ…)


 幸い()()()に敵意はないのかこちらに何らかのアプローチを掛けてくるものの襲ってきたりはしてこなかった。


 また、自分以外の人にはそれが見えていないようだ。


「あんなもん、登校途中にあったら普通帰りたくなるぞ」


 バスから降りた颯太は目の前の一軒家のその後ろに立っている一つ目の巨人を見ながらそう独りごちた。


「よっ、颯太。どした? 元気ねぇじゃん」


 後ろから背中を軽く叩かれ、一人の少年が姿を現す。


「おはよ、太一。なんか変な夢見てさ」


 少年の名前は新和木 太一(あらわき たいち)颯太からすればただのクラスメイトだが何かと構ってくれる良い奴だ。


「ハハッ、なんだそりゃ。この時間にお前がいるから遅刻かと思ったぜ。あんまり夜遅くまで起きてんじゃねぇぞ。じゃ、俺、日直だから」


 それだけ言うと太一は学校に向かって走っていった。相変わらず嵐のような奴だ。


「日直なんだからお前こそ遅刻だぞ。なんて言えないな」


 それから程なくして、校門に辿り着く。


 遅刻まで10分前だから間に合ったといえば間に合ったがいつもの自分からしたら明らかに遅い。


「お、颯太。今日は遅いな、まあ遅刻じゃないからいいんだがな」


 おら、さっさと学校入れー! とゆっくり談笑しながら歩いている女子に向かってそう声をかけるのは進路指導の松崎 昇(まつざき のぼる)先生。


「まっちゃん先生マジうざーい」


 と笑う女生徒達だが松崎先生の言うことには従って小走りになって校門を抜ける。


 ナメられてはいるが生徒達との仲が良く他の先生からの信頼もあるちゃんとした先生だと思う。


「早川君、おはよう」


「あぁ、おはよう」


 下駄箱で挨拶してきたのはクラスメイトの篠崎 瑠衣(しのざきるい)


 クラスではあまり目立たず人見知りするタイプなので声をかけられる人は限られている。


 黒縁のメガネとショートな黒髪が印象的だが太一が言うにはそれは素人の着眼点で本当に見るべき所は隠れている巨乳だ! とのこと。


(俺とは図書委員で一緒になったため必然と会話していく内に声をかけられるようになった)


「早川君、今日は図書室の受付、あるから昼休み忘れないでね」 


 木曜日に図書委員の仕事で受付があることなんてとっくに分かっているが毎度毎度忠告してくれる優しいコだなと颯太は思う。


「覚えてるよ」


 返事をしながら下駄箱から靴を取り出すと…


 パサッ と1枚の手紙が落ちてきた。


「あっ…」


 篠崎は軽く声を出す、おそらく他人のラブレターを受け取る瞬間を見てしまって動揺したのだろう。


(篠崎には刺激が強すぎたな…)


 颯太は手紙を拾うとすぐに鞄に入れた。


 大方、何かの頼み事だろうと颯太は思うが、


「そ、その、早川君。私行くね」


 篠崎は走って行ってしまった。


「ふむ、多感な時期なんだろうな」


 


 颯太がクラスに入ると、


「…っ!」


 目が合った篠崎にプイッと横を向かれた。


「よう、颯太。彼女と喧嘩か~」


 嫌らしく煽り立ててくるのは本当は篠崎が好きな熊沢 圭一(くまさわ けいいち)


「バカ、そんなんじゃねぇよ。こちとら変な夢見てダルいんだよ」


 抱き着く熊沢に軽くジャブを入れて追い払う。


「熊沢、颯太のやつ本当に今日はダルそうだからあんま構うんじゃねぇぞ~」


 太一の援護も入る。


「なんだよツレねぇな。まあいいや」


 熊沢は席に着くのと同時に、


「席に着け~、ホームルーム始めるぞ」


 担任の谷口 透(たにぐち とおる)先生が来た。


 進路指導の松崎とは違い基本やる気がないのである種の生徒からは人気があるが他の先生方や真面目な生徒からはあまり信頼されていない。


「上田…上野…上原…上松」


 毎度ながらこのクラスには"う"から始まる生徒が多いなとどうでもいいことを思いながら先程の手紙を開く。


 早川颯太様へ


 突然の手紙驚かれたと思います。

 

 ただ、どうしても伝えたいことがありこの手紙を下駄箱に入れさせてもらいました。


 つきましては今日の放課後、旧校舎裏の広間まで来てはいただけないでしょうか。


 お待ちしております。


                 Yより


 手紙にはそう書かれていた。


 疑う余地がなく正真正銘のラブレターだろう。


「参ったな、こんな()()()が見えなきゃ普通に行くんだが」


 先程から見える謎の生き物達は当然クラスにもいた。


 きっと旧校舎裏にもたくさんいるだろう。


 というか、


「旧校舎裏って本当に人通りの少ないところだろ。ガチ、だよな」


 どこの物好きかは知らないが人から好かれる所なんてあったのだろうか? 


「おい、早川! いるんなら返事ぐらいしろ。欠席って書いちまうぞ」


 アハハハ、とクラス中から笑い声が響く。


「すみません、いますいます!」


 颯太はソッと手紙を机の中にしまった。




「やっぱ今日のお前、なんか変じゃね?」


 休み時間に俺の席に集まった太一にそう言われる。


「そうか?」


「彼女となんかあったんじゃねぇのか?」


 熊沢からいらない横槍が入る。


「いや、この件に篠崎は関係ないと見た! 最も今日の篠崎が颯太を避けるからなんかあったのかは確かだがな」


 本当に鋭いやつだ。


「なんだと!」


 太一は俺を心配しながらも熊沢で遊ぶ。


「安心しろよ熊沢、お前の恋は応援してるから。っていうかそこまで言うならお前が図書委員入れば良かったろ?」


 颯太の一言を聞いた熊沢は…


「うるせぇ、その時はまだ彼女に恋をしてなかったんだよ。あの巨乳を見るまではな」


「相変わらず乳に正直な男だ。だがそこが気に入った!」


 太一は熱く語る。


「っていうかそれって太一が言ってるだけだろ? 本当に巨乳なのか?」


 颯太が太一に聞くと、


「ん? 彼女の服の膨らみのアンダーとトップの差から最低でもEは堅い」


「E! ハァハァ」


 熊沢が気持ち悪く喘ぐ。


「ま、どうでもいいが。こいつが気になっているんだ」


 颯太は話を戻しながら今朝、下駄箱から出てきた手紙を出す。


「なんだこれ? ラブレターか?」


 太一は興味を持ったように手紙をじっくり眺める。


 どうやら熊沢は本当に篠崎以外に興味はないらしく去っていった。


「どうやらラブレターのようだが、そもそもYなんて女子っていたか?」


 颯太が太一に聞くと、


「同年代にはいないが三年生にはいた気がするな。だが変だな今は九月で三年生にとってはそこそこ忙しい時期のハズだが…」


「ま、考えたところで埒が明かないわな」


(やっぱり太一に相談したのは良かったな)


「行くのか?」


「まあ、行くだけ行ってみるよ。結果は今日の夜にでもLUINで報告する」


 太一との話が終わり、昼休みまでの授業が終わった。


 昼飯はいつも自分で弁当を作ってきていたが今日は慌てていたので途中で寄ったコンビニ弁当だ。


 図書委員のある木曜日はいつも図書室で昼飯を食べる。


 弁当を持って図書室に行くと、中には篠崎が既に昼飯を食べていた。


「篠崎、隣いいか?」


 颯太が篠崎に聞くと、返事はなかったがコクりと頷いてくれた。


 そして、コンビニ弁当を広げると、


「早川君、珍しくコンビニ弁当なんだ…」


 篠崎が声をかけてきた。


「そうなんだ、珍しく寝坊してな。作ってる暇がなくて…」


「早川君、それじゃ足りないよね? 良かったら食べる?」


 篠崎は自分の弁当を広げる。


「いいのか?」


 確かに俺は結構食べる方な為、弁当はいつも二個用意するが…。


「いいよ、どうせ残しちゃうし」


「それじゃ、遠慮なく」


 篠崎の弁当から玉子焼きを貰い、弁当のご飯と一緒に頬張る。


「どう、かな?」


 篠崎は不安気に聞いてくる。


「旨いよ、特に醤油が濃いのが俺好み」


「そ、そうなんだ」


 篠崎は照れ臭そうに顔を俯ける。


(なんか、いい雰囲気だが…。熊沢に見られたら殺されそうだな)


 おっぱい病で一見最低男な熊沢だが、意外に一途な所があり、木曜日以外でも本を借りに来て本好きな篠崎の為に話を合わそうと色々頑張っているらしい。最もその努力は全くといっていいほど実ってないみたいだが。


 颯太は素早く飯を済ませると図書室の受付を始めた。


 ちなみに篠崎は受付が苦手なため受付は俺がして、篠崎は本の整理を担当している。


「…ねぇ」


 本を借りる人が来ず、暇をしているときだった。


「どうした?」


 颯太は篠崎の事だから何か助けてほしいことがあるのかと思って少し心配しながら返答すると、


「今朝…の、ラブレターどう…するの?」


 篠崎から意外な方向性の質問が来た。


「そうだな~。俺自身が恋愛したことがないからな。行くには行くけど、答えなんて会ってみないと答えようがなくないか…?」


 颯太は言葉を選びながら答える。


「そう、行くんだ…」


 篠崎はあからさまに落ち込んだ。


(…? 今、なんか変だったな。()()()といわれれば答えられないけど、今、確かに違和感を感じた)


「なんだ? 行かない方がいいか?」


 先程の疑問を断ち切り篠崎には聞いてみた。


「うぅん、いいの。早川君が決めたなら、それで…」


 それっきり篠崎は喋らなくなった。


(そういえばもう1つ疑問がある…それは…)


 キーン コーン カーン コーン、昼休みが終わったチャイムが鳴る。


(ま、篠崎に聞いてもしょうがないか)


 颯太は篠崎と共に教室に戻ることにした。





 それから何事もなく、五時間目、六時間目と過ぎていき、終礼の時間がやって来た。


「よーし、お前ら! 終礼の時間だ。さっさと席に着け!」


 異様にテンションが高い谷口が六時間目の先生と入れ替わりで入ってくる。


 これもいつもの光景で、谷口は誰よりも(おそらく生徒も含めて)早く帰りたいのでどのクラスよりも終礼が早い。


(他の先生は怒らないのだろうか? まあ、二学期までこれなんだから今更って感じだけど)


 体育祭も終わった現在、行事も特にないので終礼もすぐに終わった。


「じゃあな、颯太。ラブレターの件、期待して待ってるぜ」


 太一はそれだけ言い残すと帰宅部の男連中を誘いさっさと帰っていった。


(あれだけ気にしてた篠崎ももう帰ったみたいだな)


「ん? どうした早川。お前も用事がないなら早く帰れ。社会人になったら好きに休めなくなるんだからな」


 本当にどの口が言うのか…。


「はーい」


 颯太は教室から出た。





「さて、リリス…。お前の魔王の器。どれ程のものなのかお手並み拝見といこうか…」


 一人になった教室の中で谷口は心底愉快そうにそう呟いた。





「以外と暗いもんだな…」


 旧校舎裏までやってきた颯太は最初にそう思った。


 まだ17時前のハズだが、手入れのしていない木々に覆われ辺りには闇が広がっている。


 勿論、そこにも()()はいたがこちらにどうこうするといったことはなさそうだ。


 そして、約束の場所には一人の女子がいた。


「げっ…」


 約束の場所にいた女子は颯太の苦手なタイプだ。髪はロングで金髪、制服は胸元まではだけており、露出した肌は綺麗な小麦色に染まっていて スカートはミニスカといっても相違ない。

 

 俗に言うギャルというやつだった。


(まあ、話だけでも聞こう。実はいい子かもしれないし)


「君が差出人のYちゃん?」


 颯太は恐る恐る聞いてみると、


「あ、ごめん。ちょっち、待ってねぇー」


 ギャル系女子は、鞄から携帯を取り出すとどこかに電話を掛け始めた。


「あ、たかし? 例の奴来たよ。あんたが朝言ってたなんだっけ? 何とかってヤツ。え? 本人なのかだって? 写真だとこいつだけどな、ちょっち聞いてみるわ」


 ギャル系女子はこっちを見ると、


「ごめん、あんたが早川颯太であってる?」


「え、あぁ。早川颯太は俺ですけど」


 あまりに自然な流れについ答えてしまった。


「あ、たかしー? やっぱりこいつっぽいよ。あんたまた苛めるつもりでしょ。やめときなよーいつか刺されるよ。そんじゃねー」


 ギャル系女子は電話を切り、こちらに一言。


「今からあんたに会いたいヤツが来るからさ。そいつ来るまで待っててくんない? 頼むよー」


 正直、面倒くさいことこの上ないがこの子に絡まれるのも面倒だな。


「わかった」


「お、話分かるじゃん。もし無事だったら一緒にご飯行こうねー。じゃねー」


 ギャル系女子が去り、一人になる。


(嫌な予感しかしないが…。っていうか"たかし"って誰だよ)


 待つこと5分、一人の男が現れた。服装を見るにうちの学校の生徒じゃ無さそうだ。先程のギャルがいうにはたかしらしいが…。


「君が早川颯太君かい?」


「そういうあんたはとりあえずたかしでいいのか?」


 既に臨戦状態で言葉を交わす。


(剣道の時の癖だけど、こういう気配のヤツは必ずどこかで仕掛けてくる。とりあえずは話す意思があるみたいだが、はてさて)


「ふむ、意外に好戦的なのかな? 聞いた話じゃ帰宅部とあったんだが」


「回りくどいのが苦手なだけだ。用件だけ聞こうか」


 たかしはそれを聞き、少し悩みやがて一つの言葉を吐いた。


「死んでくれ!」


 分かりやすくシンプルだがそう来るか!


 たかしは左腕を後ろに回し力を溜める仕草を取ると、こちらに何かを投げてきた。


 ブゥン、石かと思ったそれらは緑色の光をした矢じりのようなもので避けたは良いものの、矢じりが当たった地面は軽く抉れる。


「なんだ、今の」


 抉れた地面からはプスプスと煙が上る。


「へぇ、ただの悪魔かと思ったけど多少は出来るみたいだね」


 たかしは次の矢じり? をこちらに構えると槍投げの要領で()()()を飛ばそうとしてきたので颯太は勢いよく後ろにあった旧校舎の窓ガラスに飛び込んだ。


 ガッシャーン、と派手な音を立て一緒に旧校舎内に入る無数のガラスに肌を切るが、颯太は立ち上がるとその場を急いで離れる。


 そして、先程まで颯太がいたところを例の緑色の矢じりが貫いた。


「あっぶねぇ。でも、そんなに早くはない。最悪見てからでも避けれる!」


 颯太はそう言うと、近くの教室に隠れた。


 広い旧校舎裏の庭よりも、遮蔽物のある旧校舎内の方がまだ戦えると思ったからだ。


「おいどうした? 威勢がいいのは口だけか?」


 たかしが分かりやすく煽ってくるが無視する。


「残念だよ」


 たかしはそう言うと颯太がいる方とは別の方向に向かって緑色の矢じりを飛ばした。


 脅して飛び出すのを期待したようだが無駄だ、そして! 


 颯太は矢じりを飛ばしたばかりのたかしにタックルをおみまいし、倒れたところでマウントを取る。


 しかし!


「颯太、君」


 そこにいたのは篠崎だった。


「な!」


「チェックメイトだ」


 後ろからたかしの声が聞こえる。


 ザシュッ、緑の矢じりが左肩を貫通してあまりの痛さに颯太は篠崎を離して吹っ飛ぶ。


「く、くそ」


(そうか、自分は動かずに声だけ出して篠崎を囮にしたのか…)


 歩いてくるたかしの前に、篠崎が割って入る。


「何の真似だ?」


 たかしが聞く。


「早川君からは魔王の欠片を取るだけのはず! 怪我までさせていいなんて言ってない!」


 あの篠崎が珍しく激昂していた。


「うるせぇな、魔王の欠片は取り込んでしまった以上は取り外せねぇんだよ! だからこうして殺すしか方法が…」


 たかしの言葉が言い終わる前にたかしは旧校舎外まで吹っ飛ばされた。


 それもあの篠崎によって。


「篠…崎…?」


 篠崎から六枚の対になった羽が生えていた。


「ごめんね、巻き込んじゃって」


 そう言った篠崎に頬を軽く撫でられると、たかしにやられた傷が瞬時に塞がった。


「篠崎てめぇ! 勇者である俺様に向かって!」


 たかしが吠える。


「あなたの行いを見ていた私が断言します。あなたは決して勇者なんかじゃありません!」


「ほざけ!」


 篠崎は飛び出していくと、外で激しい音が鳴り始めた。


 戦闘が始まったのだ。


(一体、何が?)


 先程まで制服だけだったたかしは西洋剣に鎧、盾と兜を着け、篠崎と相対していた。


 一方、篠崎も背中に六枚の対になった羽に、頭には円の電球みたいな(たぶん、天使の輪)ものが付いていて、手には十字の光でできたような剣を握っている。


 二人は激しくぶつかっているが、篠崎の方が押されていた。


 単に戦闘慣れしていないのか、それとも勇者と呼ばれているたかしがそんなに強いのかはよく分からないがこのままでは篠崎も俺もやられてしまうだろう。


(何か、できないか!)


 そんな時だ、自分の右手が紫色の閃光を宿した始めたのは…。


「な、なんだよこれ!」


 パチッ、パチッと火花を散らしながら徐々に大きくなっていく()()()自分の意思で動かしていることに気付いた。


 そして、旧校舎に向けて 飛べ! と強く意識する。


 すると閃光は勢いよく右手から離れ旧校舎にぶつかり、旧校舎の壁を破壊した。


 幸い、篠崎とたかしはお互いに夢中になっており、それに気が付いていないようだ。


(これならイケる! でも今のはどうやって…、いや分かる)


 颯太は強く意識し、もう一度その手に紫色の閃光を宿した。


(できた! そして、これを更に大きく、あいつを、たかしを撃ち抜くだけの力を!)


 想いと共に閃光は大きく変化していた。閃光の大きさは先程よりも大きく、また篠崎の十字の剣のような形を成す。


 イメージは奴を撃ち抜き、篠崎を傷付けないように!


 そう意識すると、閃光の色にも変化が現れた。


 先程まで紫だった閃光は、一旦青くなり、最終的には白くなった。


(分かる、こいつはたかしを撃ち抜き。篠崎を助けてくれる!)


 肩の辺りまで包まれた閃光を颯太はゆっくりとたかしの方向に向ける。


「はぁぁぁぁ!」


「せやぁぁぁ!」


 篠崎とたかしが激しく動き回っているせいで狙いが定まらない。


(ダメだ、このままだと外れてしまう。外れてしまったら次、同じモノが出せるとは限らない。どうする!)


 このままだと篠崎がやられてしまう。


「一か八かやってみるか?」


 焦って放とうとしたときだ。


「…?」


 ある法則性に気付いた。


 たかしは何故か篠崎から見て左から毎回攻めようとしているのだ。


 たかしの攻撃の癖なのか、あるいは篠崎の誘導によるものなのかは分からない。


 だがおそらく、篠崎は気付いていたのだ。先程放った颯太の閃光に、そして、今作っている閃光にも気付いていたのだろう。


 先程から押されている篠崎の狙いはこれだ!


「いっけぇぇぇぇぇ!」


 颯太は放った。


 肩まで包んだその閃光を、何度もたかしが現れているポイントに向かって! 


「…!」


 たかしもそれに気付いた。しかし、遅い!


 旧校舎の壁を容易く破壊した()()よりも巨大な閃光がたかしを貫いた。


「ぐわぁぁぁぁぁぁ」


 閃光は弾け、たかしを中心として数万の稲妻が迸る。


 そして、破壊が終わるとたかしは重力に従って落ちてきた。


 篠崎も戦いは終わったと確信したのだろう、ゆっくりと降りてくる。


「………見られちゃったね」


 篠崎は照れ臭そうに羽を隠すとそう言う。


「色々聞きたいことはあるけど、とりあえず終ったんだよな」


 颯太はたかしの方をチラリと見るがピクリとも動かない、もしかしたら死んでるかもしれないが正当防衛だろう。


「うん。あ、大丈夫だよ。彼は死んでないよ、仮にも勇者だから」


 俺の心配を察したのだろう。篠崎はそれだけ言うと後始末を始める。


(なるほどな、昼間の違和感はこれか…)


 昼休みに篠崎が行くかどうかを重要視したのは()()だ。


 そして、もう一つの疑問…


 篠崎の机や図書室に()()()()がいなかったのは、


「篠崎。お前は、天使…なのか?」


 ゲームをよくやる俺にはそうとしか思えなかった。そして、ゲームの知識からいくと、今日見えていた()()()()は魔物。


 たかしが言うには自分が勇者らしい。


 そして、俺は…


「あぁ、そうだ。こいつはクソッタレな天使だ!」


 たかしの方を見るとヤツは立っていた。そして、篠崎の首根っこを掴んで剣先を向けている。


「くっ…」


 篠崎は苦しそうに暴れるが勇者とやらの力はスゴいのだろう。片手で掴んでいるというのにビクともしない。


「はぁはぁ、早川ぁ。こいつを殺ったら次はお前だ」


 たかしが篠崎をその剣で刺そうとする。


「やめろ!」


 颯太はたかしの方に向かって走るがたかしが篠崎を刺す方が早い。


「死ねぇぇぇ」


 ガキン、とても篠崎の柔肌を貫いたとは思えない音が響く。


「なっ!」


 たかしと篠崎の間に割って入った者がいた。


 篠崎と同じ制服に、金髪のツインテール。鋭く黒い双眸そして、篠崎に比べややスレンダーな印象を受ける少女がそこにはいた。両腕には青銅に金の装飾が入った手甲のようなものを着けており、それが篠崎をたかしの剣から守ってくれたみたいだ。


 そして、その顔には颯太も見覚えがあった。


「に、韮沢高校の、生徒会副会長」


 たかしは怯えながらそう口にする。


 そうだ、我が校の生徒会副会長。名前を杉波愛菜華(すぎなみまなか)


 基本厳しい感じのする我が校の生徒会でただ一人ぽやんとした人だったがある噂もあった。


 裏を統べるもの…。


 生徒会ですら対応できない問題が発生したときに動き、いつもその問題を裏で解決してきたという生徒会の切り札。


「我が校の生徒に暴力を振るう不届き者がいると聞いてきたのですがどうやら貴方のようですね」


 韮沢高校の制服を着た篠崎に剣を向けた部外者のたかし。


 杉波副会長が判断するには簡単すぎた。


「はっ、丁度いい。ここで七大魔将を殺れば俺の勇者としての肩書きにも箔が付くってもんだ」


 たかしは篠崎を蹴飛ばすと、改めて杉波副会長の方に剣を構える。


 杉波は飛ばされた篠崎を目の端で追い、颯太がが篠崎を受け止めるのを確認するとたかしの方に意識を戻す。


「食らえっ!」


 たかしが仕掛ける。


 剣に炎が宿り、いかにも勇者のような技で攻めるが、


「がっかりです」


 杉波がボソッと呟くと次の瞬間、杉波の拳によりたかしが宙に浮いた。


「がはっ!」


 たかしは体がくの字に曲がり、血反吐を吐いて、バタバタと足を動かしやがて動かなくなった。


 あまりの一瞬の出来事に何が起きたのか分からなかったが、右から斬りかかったたかしの斬撃よりも早く動き下からたかしの土手っ腹に拳を叩き込んだみたいだ。


 何よりも怖いのは吹っ飛ばないギリギリの威力で殴ったためたかしの腹には例の手甲がめり込んでいる。


 杉波はゆっくりとたかしを下ろすと、こちらに向き直った。


「怪我はありませんか?」


 今の行動からその優しさが逆に怖い。


「えっと、俺は大丈夫です」


 颯太は視線を篠崎にやると、


「私も大丈夫、愛菜華お姉ちゃん」


(ん? 愛菜華お姉ちゃん?)


「そうですか、瑠衣が無事ならいいです。それで貴方は…」


 杉波は俺の方を見ると何か思うところがあったようだが…。


「いや、いいです。どうせこれから分かることでしょうし、それよりもお迎えが着たみたいですよ」


「お迎え?」


 本校から旧校舎への道から一人の女性がやって来る。


「あっ!」


 昨日の変な夢で見た女性だったが格好は夢で見たよりは露出が少なかった。


「やっほー、まなかちゃんおひさー。それにルイルイも」


 杉波副会長は呆れながらも、


「全く、魔王様を選んだからにはしっかりしたらどうなんですか?この子が可哀想です」


 俺の面倒を見ていなかったことに杉波副会長は謎の女性を非難していた。


「ごめんて、でもまなかちゃんいるし大丈夫かなーって」


 何やら楽しそうに話している。


「あの!」


 篠崎が謎の女性に声を掛ける。


「んー? どしたん?」


「颯太君に魔王の欠片が宿っているのは本当なんですか?」


 俺もそれは気になっていた。名前の限りじゃ良い印象はないがたかしの話じゃ取り外せないとかなんとか。


「本当だよ! 颯太君がどうしてもって言うからね」


「え? 俺?」

 

「そんな…」


 よく分からなかったが篠崎からするとそれは良くないことらしい。


「貴方の事ですから無理に迫ったんじゃないですか?」


 杉波副会長が質問する。


「まあ、無理にってわけじゃないけどー。でも魔王の欠片渡さなかったら記憶消えて天使入りしてたんだよー? ルイルイ的には今の方がいいんじゃない?」


「そ、それは…」


 謎の女性の返しに篠崎は良い淀む。


 いやそんなことよりも!


「あのすいません。俺、話についていけないんですけど」


 謎の女性はそれを聞くと、


「アッハハ、そうだよね。今日はお開きにして帰ろっか」


「は?」


 お開きにするのは分かる。でもなんで謎の女性と一緒に帰ることになるんだ?


「そうですね、瑠衣は私が送ります。貴方は…その男の厄介になっているのですか」


「そうだよー。昨日からね」


「はぁ!?」


 何故か篠崎に冷たい目で見られるが俺のせいじゃないハズだ。


「愛菜華お姉ちゃん行こっ」


「瑠衣?」


 杉波副会長は篠崎に連れていかれ、俺は謎の女性と二人っきりにされてしまった。


「それじゃ、一緒に帰りながら話そっか」


 そして、俺達は旧校舎を後にした。




「さて、どこから話そうか」


 謎の女性はワクワクしながら歩いていく。


「………」


 颯太は何も口にしないものの女性の後を追いかける。

 

 というのも、女性曰く、颯太の家に住むことにしているらしいからだ。


 女性はいきなり足を止めると、


「もう、さっきからダンマリ決め込んで。ルイルイとは楽しげに話してたじゃん」


 プンスカと怒る。


「あぁ、悪い。さっきの事が頭で整理できなくて。あと、お姉さんの名前が分からないから声をかけにくいんだけど」


 それを聞き、女性は"なぁんだ"と言うと、


「私の名前はリリス。リリア・リリス。気軽にリリスって呼んでね」


「それじゃあリリス。色々話してくれないか? ここ最近の俺の周りで起きている異変について。質問があったらその都度する」


 リリスは颯太の質問を受け、"うー"と唸ると説明し始めた。


「そうね、まず颯太君。君は2019年9月12日に無差別殺人に偶然巻き込まれ、死んだの。これは覚えてる?」


 颯太には全く覚えがなかったが夢…ではなくたぶん天国にいた時の記憶から他殺だったということは覚えている。


「いや、覚えていないけど。でもまあ、死んだのはなんとなく理解できた。続けて」


「颯太君が死んだのと同時刻、私は天界の宝物庫で魔王の欠片を強奪…」


「待った、その魔王の欠片って物は何?」


 自分がたかしに襲われた原因だったハズだが…。


「簡単に説明すると、大昔にいた魔王の遺品。それを持ったものは魔王の資格を手に入れるという話だったの。私はとある理由からそれがどうしても欲しかったの」


「リリスが欲しかったのになんで今は俺の中にあるの?」


 そこだ。


 そんなに大事なもの、どうして死んだ俺に預ける必要があったのか?


「私も手に入れるまで知らなかったのだけれど魔王の欠片は魂にしか使えないの」


 なるほど、盗んだはいいが自分なのか誰かになのかは分からないが使うつもりだった魔王の欠片は使えなかったからそこに居合わせた俺に使ったということか!


 そして、俺は確かに生き返りたいと言ってしまった。


「その顔を見る限り納得はしてくれたようね」


「色々と釈然としないけどな。俺がたかしとかいう勇者? に狙われたのはリリスが天界から盗んだ魔王の欠片を所持していたからか」


 リリスはコクりと頷くと勇者などについて話し出した。


「勇者は基本、天使の使いだから天使の命令に沿って動くの。今回は魔王の欠片を回収するよう言われたんでしょうね」 


「魔王の欠片は魂からしか回収できない。だからあいつは俺を殺して奪おうとしたって訳か」


「そ、結構ヤバかったんだけど、まなかちゃんもいたし、ルイルイもいたから良かった」


 全く、自分が必要だった魔王の欠片なんだからちゃんと管理しとけよと颯太は思う。


「そういや、杉波副会長って一体何者なんだ?」


 颯太が質問すると、


「天使がいるんだから悪魔もいるのは分かるよね。というか私も悪魔なんだけど」


 うん、リリスが悪魔なのは察しがついてる。


「私は超上級悪魔ってやつなんだけどまなかちゃんはさらに上の存在で七大魔将という7人いる魔王直属の幹部たちの1人」


 ほえ~、そりゃあすげぇ。


 魔王の次に強い存在ならたかしを一発KOしたのにも納得がいく。


「ちなみにルイルイは熾天使、通称セラフと呼ばれる7人いる神直属の幹部の1人」


「へぇ、そんなスゴいのがあの学校に二人もねぇ」


 ん? 待てよ。


「だったら篠崎って敵になるのか? でもそのわりには割とフレンドリーだった気がするんだが…」


「まあ、別に天使と悪魔だからいがみ合ってるって訳じゃないからね。仲がいいパターンっていうのもあるの。私やまなかちゃんは代替わりもしてるし…」


「だい…がわり?」


 よく分からない単語はすぐに聞く。


「悪魔が次の世代に力を渡して隠居することね」


「あぁ、なるほど」


 遺産相続みたいなものか…。


「つまりあれだ。戦っていたのは親の代で自分達には関係ないから仲良くしましょうねみたいな感じか」


「そんな単純でもないけど大まかにいうとそんな感じね」


 何となく今日の出来事について分かってきたけどまだ疑問はある。


「でも天使と悪魔がゲームとかと違って戦争してないにしても魔王の欠片を盗んだリリスって天界からしたら極悪人なんじゃないの?」


 だとしたら今後も俺を含めて狙われるんだろうな…。


「そうね、事情はともあれ盗んだことには代わりはないからたかしのような奴がまた送り込まれてもおかしくはないわね」


「マジか、嫌だな」


「悩んでも仕方ないわ。まずは一旦家に入って今後の事について考えましょ」


 いつの間にか家の前まで歩いてきたらしい。リリスはどこからか鍵を取り出し、家の鍵を開ける。


「いつの間に…」




「たっだいまー」


「はぁ、ただいまー」


 元気のいいリリスの後に颯太のやる気の無い挨拶が誰もいないマンションの一室に響く。


 他の人の挨拶があることが颯太は少し嬉しかったが今日一日の異変の原因が目の前の女性にあると思うとやるせない気持ちでいっぱいだった。


「リリスは着替えないよな? 俺はちょっと着替えてくるよ」


 颯太がそう言うとリリスは、

「そうね、私も着替えようかしら…」


 言うが早いかリリスは露出の少ない服を脱ぎ捨てる。


「お、おい、何してるんだ!」


 颯太の問いにリリスは?と首を少し傾け本当に分かってないかのように振る舞う。


「何って、着替えてるだけじゃない」


「そうじゃない、俺の家にはリリスの部屋はなくても洗面所ぐらいあるんだからそこで着替えてくれよ」


(青少年の教育に悪いって)


 リリスは魔法で自分の身を包むと天国で出会ったときの艶やかな衣装へと変身した。


「やっぱりこれが一番落ち着くわね! 尻尾や角も隠さなくていいし」


「…」


 颯太はリリスの行動に唖然としたが、リリスの格好を見てちょっとした冷静さを取り戻した。


(時々思うんだが女の子の恥じらいってどこからなんだろうか? 篠崎などはおそらく下着類が見られるだけでも恥ずかしがるだろうがリリスにはそれがまるでない…。乳首が隠れていればOKなんだろうか?)


 乳の内、80%位はみ出ているそれは服としての機能を果たしているのか疑問だ。


「着替えないの?」


 その言葉にハッとし、颯太は一旦自室に戻った。


 制服を脱ぎ、鞄を机にかけると太一にLUINをする約束をしていたことを思い出し、何を話せばいいのか悩みながらLUINを起動する。


颯太「ラブレターのYさんギャルだったんだけどやっぱりからかわれただけだった」


 数秒後に既読が付いたかと思うと、


太一「そうか、それは災難だったな。まあ、気を落とさないようにな」


 それだけ返ってきた。


(本当は、篠崎が天使だったり杉波副会長が悪魔だったりするんだけどどうせ信じてもらえないだろうなぁ)


 俺が太一の立場でもそんな与太話を信じるとは思えない。


 颯太はLUINを閉じると、リビングに出た。


「あ、お着替え終わったぁ?」


 人をダメにする椅子。通称ビーズクッションに先程のいやらしい格好をしたリリスが座りながら聞いてくる。


「終わった。それで、今後の事だけど…」


「そうね、まずはよくやったわと誉めてあげようかしら?」


「はぁ?」


 見に覚えの無い称賛に颯太はつい、そう反応してしまった。


「先程の勇者との戦闘の事よ。ぶっちゃっけ死んだと思った」


「篠崎と杉波副会長がいなかったらダメだったと思うけど」


 颯太は思う。もしあのまま篠崎が敵側にいたり杉波副会長がもう少し遅かったら事は上手い具合に運ばなかっただろう。 


「ま、日頃の行いもあるでしょうね! 特にルイルイに関しては…」


 篠崎、か。単なるクラスメイトで図書委員だけの繋がりだと思ったのにこんなに深く関わることになるとは…。


「あの学校にはまだ人外はいるのか?」


 颯太は気になったのでリリスに聞いてみる。


「いるいる。というか至るところに居たでしょ?」


 確かに小さいヤツも含めるといっぱいいるがまさか生徒や教師の中にも魔物や勇者あるいは天使がいるのかと思うとゾッとした。


「ま、嫌なことは考えても仕方ないな。とりあえず当分のリリスの目的について知りたい。魔王の欠片を俺から回収する気はないんだろ?」 


「当たり前よ~。それどころか魔王としての素質は充分持ってそうだし颯太君さえ良ければぜひ魔王になって欲しいかな」


「魔王としての素質って言われても俺は両親とも普通の人間だし、今日戦ったたかしは勿論、篠崎や杉波副会長、リリスよりも明らかに弱いぞ。そんなヤツが魔王になってもしょうがないんじゃないのか?」


 これは事実だ。


 魔王になるという事が重すぎて俺自身戸惑っているのもあるけど、今日の戦闘を味わってとてもじゃないが勝てる相手ではないと思った。


「まあ、相手が悪かったわね。いきなり勇者だし、あのたかしって勇者は上級レベルの悪魔でも倒せる実力もありそうだし」


 遠回しにリリスほどじゃないということは分かっても常にリリスが近くにいるわけではない。


 勿論、今日みたいに杉波副会長が守ってくれる時もあるかもしれないがあの人だって本当に味方かは分からないのだ。


「でもあなたは魔力を放出しただけで一時的とはいえたかしを止めた。これが何を意味するか分かる?」


たしかに、手から出た閃光はたかしを貫いたが結局は篠崎を盾に取られたしそんなに大したことはないんじゃないか?


 とりあえず考えていることとは別に颯太は首を横に振る。


「この世の中にはね、魔力以外にも魔術や魔法というものが存在しているの」


「それって種類があるってこと?」


「そういうこと。あなたの放った()()は魔術や魔法よりも弱く、単純な技なの」


 自分の放った閃光は魔力。


 にわかには信じがたいことだが魔王の欠片を宿しているこの身からすれば容易いことなのだろうか?


「でもあなたは魔力というものを知らないのに使ってしかも最弱であるはずの魔力放出だけで勇者を止めたの。それがどれだけ凄いことかってこと」


 リリスはやや興奮した様子で語る。


「言いたいことは分かった。俺自身はよく分かっていないけど今日の戦闘では魔王としての素質が見れた。だから魔王になってほしいそういうことだな?」


「ま、分かってなくてもこれから教えていくわ。手取り足取り」


 リリスは意味深な舌舐めずりをする。


「あ、あぁ。ところで魔王になるって一口に言っても何をすればいいんだ? 魔物達を従えるとか?」


 リリスは脚を組み直しながら、


「まずは力をつけることね。まなかちゃんは大丈夫だと思うけど他の七大魔将はあなたの事を魔王とすぐには認めてくれないかもしれないし」


 そう答える。


「力か…」


 颯太は呟くと、自分の手を見た。


 前までと変わらない見た目だが、今日たしかに一人の男を魔力で貫いた。剣道をやっていて竹刀や木刀を持ったことはあるがそれ以上の武器を持つことが今後あるのだろうか?


 そう思うと、颯太の中にワクワクするものがあった。


 ゲームのように鍛え、いないと思っていた空想の生物たちと戦う。


「悪くないな」


「決まりね。明日からの事だけどまたいつも通り学校に通えばいいわ」


「いいのか?」


「話の折り合いが着くまではまなかちゃんもあなたの事は韮沢高校の生徒と思ってくれるだろうしルイルイがいる限りすぐには別の天使が来ることもないでしょう」


「最後に力をつけるのはどうするんだ? リリスが修行してくれるのか?」


 颯太はリリスに問うと、


「私はあなたに魔力から魔法の事は教えれるけど私の本職はサポートだからそれ以上のこととなるとまなかちゃんに聞くのがいいでしょうね」


 杉波副会長か…。


 別に苦手意識があるわけではないが今までに面識があったわけではない。


 こっちはあっちのことを知っていてもあっちはこっちの事を歯牙にもかけていないだろう。


 ま、考えても始まらないか。


 颯太は気持ちを切り替えて台所に移動する。


「リリス、ご飯にするけど何か食えないものとかある?」


「あら、家庭的ね。何を作る気なの?」


 リリスは颯太が料理することに興味を持ったのか近付いてくる。


「あぁ、青椒肉絲(チンジャオロース)…!」


 今まで真面目な話をしていて気が付かなかったがリリスは青年男性にとっては刺激の強い衣装をしているんだった。


 さらに言うなら、リリスはスタイルがいい。


 引き締まるところは引き締まり、出るところは出ている。そして、今着ている悪魔風の衣装はそれらを彩るかの如く大胆であり繊細にリリスの秘所を隠している。


「リリス、頼むからもう少し露出の少ない服を着てくれないか? あるいは幻覚を見せる魔法でもいい」


 颯太は本気でそう言う。


 しかし、リリスは微笑を浮かべると颯太の話を聞き流し、調理器具を洗っている颯太の横に来るとぴとっとくっついてくる。


「くっ…」


 くっついた肌と肌から若干伝わってくる彼女の体温に颯太は一瞬何をしようとしているのか忘れてしまう。


「リリス、料理してて危ないから下がっててほしいんだけど」


「え~、ダメ? お肉や野菜も出してないのに?」


 リリスは上目遣いで聞いてくる。


「ダメだ」


 颯太は決死の覚悟で言う。それこそ今日のたかしとの戦い以上に気持ちを込めて。


「ちぇ~」


 そう言うとリリスはそっと離れてリビングでバラエティーを見だした。


(昨日今日出会った異性とはいえ、いきなり抱きしめそうになるのは気を付けないとな…)


 おそらくリリスはサキュバスという悪魔だろうなと颯太は思いながら料理に意識を没頭した。




「はい、おまたせ」


 颯太はリビングに青椒肉絲、サ◯ウのごはん、ワカメとえのきの味噌汁を並べていく。


「わーい、いただきます!」


 リリスは目の前に並べられた料理を嬉しそうに皿に移すとゆっくり味わいながら食べ始めた。


「特別美味しい訳じゃないと思うけど…。そんなに美味しいの?」


 颯太は恐る恐る聞いてみる。


「勿論美味しいのもあるけど、それよりもまともな食事は本当に久しぶりでね~。魔界の食べ物とは全然違うねやっぱり」


「魔界の食べ物ってそんなに美味しくないのか?」


 興味を持った颯太はリリスに問うと、

「食べれたものじゃないわよ。魚や肉は筋肉繊維が硬くて食い千切れないし植物達は猛毒を作るの。だから悪魔や魔物は基本的に自分の魔力を回して生活するの。一応、颯太君も魔王になったのだからそれぐらいできるのよ?」


「へぇ」


 リリスの言葉に自分がどんどん人間離れしていっていることにだんだん驚かなくなってきた。


(逆に、他に魔力で何か出来たりするのだろうか?

)

 リリスは俺の顔を見て察したのだろう。他の例についても語りだす。


「他にはそうね。悪魔にも寝るという概念があるの」


 睡眠欲ってことか? 悪魔ってそういうの関係なさそうだけど…。


「でも寝る時間で無駄な時間を作りたくないって悪魔もいるわけ。そこで寝なきゃいけない時間をこれまた魔力で代用することもできるわ」

 

「魔力って何をして貯蓄というか、回復するんだ?」


 リリスはお椀に入っているお味噌汁を飲み干すと色っぽく吐息を漏らすと話を再開する。


「基本は時間経過ね。空気中にある魔力を呼吸と同じ要領で吸うことによって徐々に回復する方法と、魔力の塊。まあ、魔力の込もった飲み物や結晶を体内に入れることで魔力を一気に回復する方法があるわ。あとは魔物固有のものかしらね」


 ということは今日使った分の魔力は回復しているのか。


 命を削ったりしているわけではないと知り颯太は安心した。


 食器を片付けた颯太は先にシャワーから上がったリリスの後にシャワーを浴びる。


「風呂場には入ってこないのか」


 今日のリリスの行動を見るに性的なものが多く、シャワーなんて絶好のチャンスなのに襲ってこないのを見るとイタズラ感覚でやっていることなのだろうか?


「熊沢じゃないけど、このペースでリリスにイタズラなんてされ続けたらとてもじゃないけど貞操を守れるかどうか…」


 シャワーを終え、タオルで体を拭きながら思う。


(いつもは寝る前にゲームをしたりするけどとてもじゃないがそんな気分にはならないな)


 ゲームのような事がこの身に起きている颯太にとっては無理もない話だった。


「はぁ」


 疲れた颯太は倒れるように自室のベッドに倒れこむ。


 今日はこのまま眠ってしまおう。そう思った颯太だったが寝返りを打ったときだった。


「そ・う・た・君」


「えぇ」


 そこにはリリスがいたのだ。


「うふふ、疲れているんでしょう? 癒してあげるわよ」


「いや、間に合ってるから」


 冗談じゃない。リリスに体を任せたが最後何をされるかなんて分かったもんじゃない。


 生命に危機を覚えた颯太は体を動かそうとするが、


「あ、あれ?」


 体が鈍ったかのように遅く動く。


「ほらぁ、体も癒しを求めているじゃない。動いちゃダメ」


 リリスにうつ伏せに寝かされたかと思うと、リリスの華奢な手が股間の方に伸びてきた。


 俺の貞操よ、すまない。俺はここまでだ。


 そう思った颯太だったが、リリスは股関節回りを重点的にマッサージすると、次は腰や肩をマッサージしはじめる。


(やべぇ、気持ちいい)


 性的なことではなく心地よい気持ちよさが体を包み、疲れが体から抜けていく。


「どう? 気持ちいいでしょ?」


「あぁ、気持ちいい」


 リリスの言葉に素直に応えてしまう。


「筋肉だけじゃなく、魔力の流れまで調えているから明日にはまた元気になれるわ」


 その言葉を聞き、ウトウトし始めた颯太は微睡みの中に沈んでいった。




「それで? 魔王の欠片はどこに行ったか分かったのか?」


 男は怒気を含んだ声で目の前のピエロのようなカラフルで眩しい男に聞く。


「分かったよん。ま、こいつを見てくれよ」


 ピエロ風の男は胸ポケットから楕円形のゴムボールのようなものを空中に向かって投げると、ボン、と音を立てて地図へと姿を変えた。 


「ふぅむ、地上の事は分からん」


「ま、君は天界の守護者だからね。縁のない地上のことなんて分からないだろうね」


 ピエロ風の男は袖から長いステッキを取り出すと、1つの島国をピシッとステッキの先端で指す。


「ここにいるのか?」


「あぁ、間違いない」


 それを聞いた男は額に筋を立てると、周囲の空間が少しずつ歪んでいく。


「はい、ストォップ」


 ピエロ風の男は男の前に立ちクラッカーを爆発させると、男から出ていた圧は吹き飛んでしまった。


「むうぅ」


「君、宝物庫に悪魔が入った件で動けないんだろ?」


 男はそれを聞き、悔しそうに地団駄を踏む。


「まあ、地上の事について詳しくない君を他の熾天使(セラフ)が送るとは思えないがね」


「ではお前は何をしにきた?」


 ピエロ風の男はそれを聞き、ニヤリとその可愛らしいピエロ顔を悪魔の顔に変え、

「君の代わりに僕が行くよ」


「気まぐれなお前がか?」 


「あぁ、僕らが直接地上に降りることは少ないし滅多にない機会だと思ってね。ま、観光ついでにチャラっと取ってきてあげるよ魔王の欠片を…」


 そう言うとピエロ風の男の後ろに扉が現れ、ピエロ風の男はバック歩きをしながらその扉に入っていく。


「相変わらず変な野郎だ」


 男は扉が無くなっていくのを見てそう呟いた。

やっと1話の踏ん切りがついたので投稿します!

よろしくお願いします

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