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へそ曲がりな俺と勝ち組お嬢様  作者: 砥左 じろう
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弱者の生い立ち

俺、小野一は仕事終わりの帰り道、梅雨が明け徐々に夜でも薄着で外出できそうな季節の中、道端に転がる無防備なおっさんたちを尻目に我が家へと向かっていた。

彼らにもいくつか種類があって、一つは本当のホームレス。もう一つはただの酔っぱらったサラリーマン。あとは奥さんと喧嘩でもして家を追い出され、意気消沈した旦那さんって感じの人。

こんな光景の中を横切って帰る俺はさぞ異質な存在のはずだ。

そんなことを振り返りながら自分の生い立ちに関して考えていた。

俺はきっと、生まれてくる家庭を間違えてきたんだな……。


共働きの両親の間に生まれた俺には3歳下の妹がいる。今の俺にとって唯一家族と呼べる可愛い存在だ。

両親はどこに行ったかって?俺が保育園の頃に離婚したらしい。因みに父親は現在再婚して家庭を持っていると叔母さんから聞いた。

最後に母親の顔を見たのは俺が5歳の誕生日を迎えた翌日だった。それ以降顔も見ていないし、現在も生存しているのかさえわからない。

前世でどんな悪事を働いたらこんなハードモードな人生を送らされることになるのやら……。


両親の離婚後、俺たち兄妹を不憫に思った叔母で独身だった綾子さんが保護者代わりとなってくれているが、俺が大学生になったのを機に以前はやりたかったが我慢していた出張をこなしたりするようになっているため、家を留守にしていることも多い。


綾子さんが俺たち家族の暮らしを長きにわたり守ってきてくれたわけだが、このままだとシングルマザー同然の暮らしを強いてしまうことになる。

そういう状況は避けたかったので、学費と食費に関しては俺が何とかしている。

現在はそれ以外の部分で頼らせてもらっている。

妹の学費は俺が働いて稼いでいる。じゃあ俺自身の学費はどうしてるんだって?

それは問題ないんだな。なぜなら特待生だから。

それでも我が家のお財布事情は厳しすぎる。

妹も大学に通わせたいが、あいにく俺ほど勉強はできないため塾に通う必要性がでてくるはずだ。それにほぼ間違いなく特待生にはなれないと思うので、莫大な入学金、学費等が必要になるだろう。

先々のことを考えると胃が痛くなりそうだ。早く家に帰ろう。


マンションの前に着いた。このマンションは立地がいいので割とお高めだ。

俺みたいな分際でこんなところに住めるなんて綾子さん様様だよな……。

中学受験に合格した俺へのご褒美だと行ってここに引っ越して来たのだ。

ホントの理由は俺の中学が前の住所だと遠くて、通学費にかなりかかってしまうから徒歩5分のここに越して来たのだ。

綾子さんにはどんな形で礼を尽くせばこれまでの恩を返したことになるのやら……。

「ただいまー」

「おかえり、遅かったね。なんかあった?」

「なんもねえよ。それより飯食べた?」

「うん。佳穂の家でご馳走になったよ」

「またか‼これで今月だけで5度目だろ?ちゃんとお礼言ってるんだろうな?」

「言ってるから大丈夫だよ」

妹の美嘉はここ最近お友達の佳穂ちゃんの家に入り浸りな状況だ。今度菓子折りでも持たせないと無礼な子だとか思われそうだ。

「ハァ。綾子さんから連絡あった?」

「なかったよ。仕事忙しいんじゃない?」

「そうかもな。俺風呂入ってくるから遅くならないうちに寝ろよ」

「はーい。おやすみ」


プハー。やっぱ浴槽でゆっくりするのは気分が良いね。

にしても今働いてる仕事あんまり気に入ってないんだよな。賄い付きだから我慢してるけどさ、もっと条件のいい職を見つけないと俺たちの暮らしは厳しくなってしまう。

綾子さんだっていつまで元気で働いていられるかわかんないし、一日でも早く自立しないとな。


あっ、いい匂い。リビングからいい匂いがして来る。

その香りに誘われ、ベッドを抜け出して眠い目を擦り部屋を出た。

「おはよ。朝から何作ってんだよ?」

「よ。昨日、佳穂から教わったロコモコだよ」

おそらく、おはようと言ったつもりなんだろうけど、フライパンの音と重なって『よ』しか聞こえなかった。

「随分と本格的だな。本物のシェフみたいだぞ」

「でしょー。このエプロンも佳穂のと色違いで買ったんだ」

これが本当に俺の妹なんだろうか?社交性ゼロの俺とは偉い違いだな。


「できたよー」

「ありがと。どれどれ」

パクり。う、美味い……。美味とはまさしくこのことだ。マジですごいな!

「ど、どうかな?」

心配そうな顔で見つめてくる美嘉に笑顔でグッジョブサインを向けた。

「良かった~。初めて作ったから自信なかったんだよね」

「ホントに美味いよ。朝からこんな美味にありつけてお兄ちゃん幸せだぞ~」

エネルギーが漲ってくるのがわかる。今日はより一層頑張れそうだな。


「んじゃ俺今から学校行って来るから美嘉も遅れずに行けよ」

「はーい。いってらっしゃい」

と飛び切りの笑顔で手を振って見送ってくれた。

幸せかよ。このあと起こるであろう憂鬱になりそうなこととか一切合切の不安を一掃させてくれる、そんな笑顔を見せてくれる俺の妹は天使と呼ぶに相応しい。


俺の通学時間はほぼ30分だ。大学なんて就職に役立つから入学しただけで講義内容にも他の生徒にも関心はない。俺にとってはただの踏み台にすぎない。

そんな考えだからだろうか、俺には友達がいない。高校の頃の同級生も何人かいるらしいが、みんなすでにそれぞれのコミュニティを形成してしまっているらしく俺の割り込む余地はない。

これが華の大学生の実態だ。と言うより俺の実態だ。

退屈だった授業を終えバイト先に向かうため校門を出ると、目の前にリムジンが止まっていた。一応寄せてはあるけど邪魔だろコレ。

そもそもこんなの乗って通学してる生徒がうちの大学にいるはずがな……くもないか。

1人心当たりのある奴がいた。そいつの名は小泉麗子。日本屈指の大企業小泉カンパニーの令嬢らしい。あいつならこのリムジンを利用して通学していてもなんら不思議はないか……。

なぜ友達でもない俺が彼女のことを知っているかって?それは彼女が有名人で学内のどこにいても頻繁に話題にのぼる人物だからだ。

嫌でも耳に入ってくるため覚えてしまっている。


バイト先の前に置いてあった看板を見たら衝撃の内容が書かれていた……。

まさかの閉店だった!

ハァー……。

思わず愕然としてその場で項垂れてしまった。

この先どうなってしまうんだ俺。近くのコンビニで買ったコーヒーを公園のベンチに座って飲みながら考えていた。

取り敢えず早急に新しい仕事を見つけないとまずいよな。

夕暮れに染まりつつある空を見て覚悟を決めた俺は立ち上がり、そのまま公園を後にした。

帰り道、いつもの通りで客引きをしていたであろう黒ずくめのお兄さんに話しかけられ咄嗟に身構えてしまった。

「君、ホストクラブの仕事に興味ない?」

前々からそうじゃないかなとは思っていたけど、やっぱりホストだったんだな。

「ないです」

キッパリとそう告げたつもりだったが相手はしつこかった。

「そんなこと言わずに中を見てから決断してほしいな」

「いやだからそもそもホストって職業自体に興味がないからお断りしているだけです」

「でもうちの給料いいよ。以前から君はそこのお店で働いてたよね?お金に困っているんでしょ?」

「だから何度も……」

っと突然後ろから手を引かれた。何だ‼連行されるのか?その割には小さい手な気が……。

振り向くとそこにいたのは小泉麗子だった。

「何でお前がいるんだ⁇」

「いいから黙って車に乗りなさい」

と言われ強引に後部座席に押し込まれた。

客引きをしていたホストは呆気に取られた表情でこちらを見ていた。


身の危険を感じ続けている俺はとりあえず小泉にこう質問した。

「どういうつもりだ?」

「別に。ただあなたが困っているようだったから助けてあげただけよ」

「そうかよ。ありがとな。けど今この状況についてはどう考えてんだよ?これ連行だろ?」

「ハァ。助けてあげたっていうのに失礼な人ね」

やれやれといった感じで手を振っていると、なんだこの美人は?夢か?夢なのか?と思ってしまうぐらいの美人な運転手がこちらを覗き込んできて行き先を尋ねてきた。

「あの~、どちらまで行かれますか?」

顔だけじゃなくて声まで綺麗なのか。完璧だなこの人。

「えっ、じゃあ駅前のレインボーバックスの向かいにあるマンションの前までお願いします」

「わかりました」

初対面だけどすっげー美人で親切だから住所教えちまった。隣に苦手な奴いるけど……。

けどまぁ、こいつも悪意があって連行したわけではないのだろう。

俺がホストクラブで働こうとしてることがよっぽど気に入らなかったんだろうな。まあ乗り気じゃなかったし断ってたんだけどさ。

とか思ってたら突然話し掛けられた。

「ねぇ、あなたウチの会社で働いてみない?あんなホストクラブなんかより遥かにいい条件を提示するからどう?」

結局あんたも勧誘か。ってか俺がホストで働いてると勘違いしてないか?

「嫌だね。そもそも何で俺を雇いたいの?」

「だってお金に困ってるんでしょ?」

とか言ってるうちに家の前に着いたぞ。

「ここです。ありがとうございます。助かりました」

「いえ」

そう言って軽く会釈をしてくれた。何て出来た人なんだ。それに比べて……。

「ほら、さっさと答えなさいよ」

「黙ってくれるか?ここ俺の家なの」

「えっ‼嘘⁇そんな……だってあなた貧しいんじゃ?」

「あのなぁ、ホストはただの仕事。俺は金持ちの女から大金巻き上げてこういういいマンションで暮らして、たまーにママ活したりするのが大好きなの。そんだけだから。お前の会社なんて興味ないしじゃあな」

そう言い切ってマンションに向かって行った。

「あら~。一じゃないの。こんな時間まで働いてたの?」

と聞き慣れた声がエントランスの前から聞こえてきた。

「お疲れさまです。綾子さん。いっ、いやそうじゃなくて。ところで今日帰ってくるなんて聞いてなかったんですが……」

タイミング悪すぎんだろ。朝にロコモコ食えたのが今日のピークだったんだな。

「予定より1日早まったのよ。見ちゃったぞー。さっきあんたを送ってくれたあの女性誰なの?」

「ただの大学の友達ですよ」

実際友達でも何でもない単なる垢の他人だ。

「あんたにねぇ~?」

「本当ですって。それより早く家に帰りましょう」


あら、これアイツのスマホじゃ?

ん?スマホが光った。ってメッセージ?アイツに友達なんていたの?いや、これは……『お兄ちゃんお仕事お疲れ様。帰り遅いけど何かあった?心配だから連絡ちょうだい。』と書かれたメッセージがスクリーンに映し出された。

へぇ~。妹さんがいたのね。それで特待生なのにあんなに熱心に働いているわけだ。

何がホストが楽しい。ママ活が趣味よ。もし本当にそうなら、こんな笑顔で写ってるカップルみたいな写真を待ち受けになんてするわけないじゃない……。

ってカップル?いやもしかしてこの娘が妹さん?しかもかなり可愛い。

まっ、ロック解除できないし他人のスマホを覗く趣味もないから何もせず明日にでも返しちゃいましょ。

「悪かったわね。沙織。彼を送り届けてくれてありがとう」

「いえ。それより彼を御社で雇うのは難しい気が……」

「ええ。今のままならね。でも何とかして彼をゲットして見せるわ」

「頑張りましょうね」


「ねえ、なんで返信してくれなかったの?」

「なんか送ってたの?今確認して見……」

あれ?ない。ないぞ……俺のスマホが……。やばい。冷汗が止まらない。

まさかあの時、車の中に……最悪だ。

「どうしたの?もしかして失くしたの?」

「そうみたい」

やっちまったなぁ。ほぼ間違いなくアイツにスマホを見られたな。これは俺の不注意が原因なので見られてても文句は言えないか。

「どうするの?心当たりはあるの?」

「大丈夫だ。明日には戻ってくるだろうから安心しろ」

「うん。ご飯できるまでもう少しかかるから先にお風呂入っちゃって」

「ありがとな。お先~」



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