last night
この話の前に本来はもう一つエピソードがあったのですが、止むに止まれぬ事情により削除しました。忍をわかってくれる人がいた、という話です。この回はお見せできませんが、忍は救われます。ご安心ください。その回で出した新情報として、人の心と心が共鳴しあった時にお互いの精神世界が混ざり合う「リンク」というのがあります。心に留めておいていただけると幸いです。
何人かの色を見つけ、夜が更けた。寝具コーナーで寝ることにする。先のダイブで意識を取り戻した人たちもいたが、スペースに困ることはなかった。床に入ってから、30分ほど経った頃だったろうか。足音がする。また、シンか。彼は警戒する。
「動くな」
ライトを点ける。そこにいたのは、奥で寝たはずの椎良だった。
「‥‥眠れない」
「そうか」
「どうしてくれるの」
「俺が何をしたっていうんだよ。羊でも数えれば」
「そんなの、とっくに試した。1500を越したところで嫌になって辞めた」
「じゃあ、どうする」
「‥‥眠れない」
「寝なきゃいいんじゃないか」
「眠れない、けど寝たい」
「んじゃ、寝たらいいだろ」
「子守唄歌ってよ」
「なんで?」
「寝れないから」
「‥‥わかったよ」
ねんねんころりよ、おころりよ。彼は歌ってやることにした。
「くるしゅうない、くるしゅうない」
彼女は彼の布団に倒れ込む。
「今日キャラおかしくないか。変なモンでも食ったか」
「いえ、ただ何か不安になって」
「不安って」
「全てが終わったら、私はどうなるんだろう」
「遠くに行くんだろ」
「そうじゃなくて、目的が消えちゃうんじゃないかって。私は、誰かを救うことでしか存在できない」
「あれか、なんちゃらパラドックスってやつか」
「まさか、メサイアコンプレックスのこと?」
「だからそう言ってるだろ。俺、博識」
「嘘でしょ」
「それはいいとして。多分、目的がなくなるなんてことはない。これが起きているのがこの国だけだとしても、1億はいることになる。世界中なら、70億人。誰もが色を取り戻しても、世界を再建する過程で苦しむ人は多くいる」
「でも、それでいいのかなって。救うだけで、いいのかな」
「いいんじゃねぇか」
「時々、思う。私達のしてきたことは、本当に正しいのかなって」
「正しいだろ。世界を元に戻そうとしてるんだ、英雄に決まってる」
「よく、言われるんだ。偽善者って」
「なら、見捨てればいい」
「それはしたくないし、きっとできない」
「じゃあ、こうしよう。苦しむ人のいない世界を作って、そこでゆっくりと余生を過ごす」
「それは、良いわね」
彼女はそれっきり黙って、そのまま眠ってしまった。あまりに無警戒な彼女のそばに座り込み、彼は眠る。そして、朝が来た。デパートを出て、二人は歩きながら言葉を交わす。
「寝ている間に何かされないか、気が気じゃなくて眠れなかったわ」
「嘘つけ、絶対寝てたぞ。シンが来てたら、殺されてたかもしれなかった」
「そうじゃなくて、誉、あなたが」
「何もしねぇよ」
「案外、臆病なのね」
「そんなんじゃない。ただ、そういうのは好かないってだけだ」
「よかったの?最初で最後のチャンスだったかもしれないのに」
「いいんだよ、お互いのための選択だ。俺は童貞であることを選び取った。童貞も守れない奴に何が守れる」
「え?私はあなたが裏切る可能性の話をしていたんだけど、何を勘違いしたの?」
「白々しいぞ」
「真面目な話、疑問なのよね。本当のあなたは、私の味方になるか敵になるか」
「さあな。ただ、今の俺はお前の味方だ」
「そうね。今だけが本当、それくらいで良いのかも」
「今更なんだが、どこに向かってるんだ?」
「向かうべき場所。全てが始まった場所」
「そこに行って、どうするんだ」
「シンはきっとあそこにいる。あの子を止めなきゃ、終わらない」
「どこにあるんだ?」
「あそこ」
そこには、一軒の家があった。
「冗談だろ」
「冗談じゃない」
「なら、何がある」
「シンがいる」
「何故わかる?」
「勘。あの子はきっとここに来る」
「そうか、じゃ間違いない。行こう」
また、歩き出す。




