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「精神世界に触れる奴って、他にいるか」
「私の知る限り、一人だけ」
「そいつは、シンって名前か?」
「‥‥会ったの?」
「まあ」
「何か、言ってた?」
「‥‥いや、特には」
「そう、それなら良かった」
「シンって、何者なんだ?」
「前の男」
「え、それは本当か」
「冗談に決まってるじゃない。姉弟ってだけ」
「なんだ」
「ホッとした?」
「そんなんじゃない」
「あいつも、エスパーなのか?」
「むしろ、シンだけが超能力者と言った方が正しいと思う」
「確かに、会話を常に先読みしてきた。未来でも見えてんのか?」
「私としてることは同じ。ただ、共感する力が強すぎるだけ」
「超能力姉弟、か」
「なんか、懐かしい響きね」
「有名だったの?」
「シイラとシンと言えば、大体は通じたんだけど」
「ほら俺、記憶喪失だから」
「そう、だったわね」
「あの人、って誰なんだろうな」
「あなたに分からないなら、誰にも分からない」
「早く、救わないと」
「そうね、急ぎましょう」
「走るか」
「走っても、大して変わらないと思うけど」
「何故だ?速く移動した方が速いだろ」
「結局疲れて止まるのが落ちでしょう」
「どっちが速いか、競走といこうか」
「やらない」
「よーい、ドン!」
「やらないってば。‥‥待って、どこ行くの」
忍は、疎外感を覚えていた。それもそのはず、二人とは目指す場所が違うのだから。彼等は救うため、忍は居場所を探すため。こんな荒れ果てた世界に居場所などそうそうなく、少なくとも当分は目的の違いも意味を持たない。彼はまだ、そう考えていた。ふと、立ち止まる。
静かな道を、一人の男が歩いてくるのが見えた。自らの力で、色を取り戻したのだろうか。かつて彼女がそうしたように。彼は声をかける。
「何をしている?」
「見回りを。あなたも、生き延びたんですね」
「ああ」
「来てください」
シャッターを開けた奥にある、長い階段を下りてゆく。そこには、街があった。畑や牧場があり、家があり、人が行き来している。
「シェルターを改造して作ったんです。回復した人たちみんなで」
復興は進んでいる。少なくともここには、彼等の力が必要ないほどに。
「ここに、まだ回復していない人はいるか」
「いえ、運び込もうとはしたのですが」
触れるとダイブしてしまうために、運び込めなかったのだった。
「なら、ここに長居する必要はないか」
「そうね、行きましょう」
「‥‥あの」
口を開いたのは忍だった。
「僕を、この街に住まわせてください」
「いいですよ。こんな時代なんだ、来る者を拒むようなことはしません」
「ありがとうございます」
「一応、他の人たちにも聞いておきます」
トントン拍子に話が進み、置いていかれた彼等は当惑する。
「驚いたな」
「でも、これで良かったのかもしれない」
「そうだな。‥‥そういえば、あいつの親はどうしてるんだろうな」
「さあ。少なくとも、あの近くにはいないようだったけど」
「あの年頃なら、親の所に行こうとするものなんじゃないかと思った」
「違うんじゃない?あの子がそうしなかったんだから」
「親がいないとか、あるいは、親とうまくいってなかったとか」
「そうかもね。それならなおのこと、居場所が見つかって良かった」
「ああ」
立ち去ろうとするが引き止められた。
「せっかくだから、寄っていってくださいよ。僕らの街に」
少しなら面白いかもしれないと、彼は寄ることにした。開かれたシャッターの奥、階段を降りてゆく。そこには、街があった。畑や牧場があり、家があり、人が行き来している。
「夢を見るのは、それまでだ」
指を鳴らす音がする。そこには白髪の少年、シンがいた。道行く人々が一斉に倒れる。
「あんた、まさか」
「色を消した。街ができたなら、そこに共有幻想は生まれる」
「何を」
「来なよ、こいつの中で待ってるからさ」
そう言って少年は住民の一人に触れる。消えた。ダイブしたのだろう。彼女は動揺したまま追いかける。
「ダイブ・イントゥ・インナーワールド!」
彼女が叫ぶと、景色が光に包まれる。世界が変わる。彼女と彼の服も変わる。そこは色のない世界。
「こんなこと、何故」
「何故も何も、壊したいから壊しただけだよ。僕は、この世界が嫌いなんだ」
「そんなの」
「姉ちゃんは、何も分かってない。この世界に守る価値なんかないよ」
「なんで」
「姉ちゃんなら、分かってくれると思ったのにな」
「わからないよ」
「わからなくてもいい、それより自分の身を守んなきゃ」
振り向くと、巨大な何かがあった。というより有機的に蠢くそれは、いたと言うのが正しいのかもしれない。形はカマキリに似て、黒色に鈍く光る表面は金属のようでもありゴキブリのようでもあった。身体中のいたるところが鋭く尖って、外敵を寄せつけない形をしている。
「あれは」
「心だよ。ただちょっとばかり、恐怖と警戒心を刺激したけどね」
「そんなこと」
「できるよ。見知らぬ他人の侵入を許すほど、心が不安定になっているんだ」
それが、彼に襲いかかる。逃げようとするも、伸びた触手に絡めとられた。シンは笑って言う。
「姉ちゃん、あれ使いなよ」
「あれって」
「とぼけても無駄だよ」
彼女は走り出す。表皮は尖っていて触れられない。ステッキで殴りつける。が、ものともしない。
「ここで死んだら、俺はどうなるんだ」
「精神が死ぬ。具体的に言えば、一生抜け殻のまま」
「‥‥嘘だろ?」
「本当よ」
彼女はステッキを持ち替える。
「‥‥これだけは使いたくなかった」
引き鉄を引く。ペイント弾のようなものが発射される。それに命中した。表皮が剥げ落ち、中から人が現れる。彼が解放される。一連の出来事を眺めていたシンは、手を叩いて笑っていた。
「あーあ、使っちゃった」
二人は元の世界に戻る。彼女があの銃を使いたがらなかったこと、シンがあの銃を使わせようとしたことが、彼の中に引っかかっていた。
「何なんだ、あのペイント弾みたいなの」
「銀の弾丸、といったところかしら」
「じゃあなんで、使いたがらなかったんだ?」
「切り札は、とっておくものでしょう」
納得してしまえればよかったのだろう。事実、そのとき彼は半分以上納得していたのだから。夜までかけて住民たちにダイブして回り、色を見つけ出した。一日では終わりそうになかったので、街に泊まることとなった。これまでは無人の街で寝泊まりしていたために、久しぶりにまともな世界に戻って来たと彼女は感じていた。
夜は更け、誰もが夢の中にいた午前3時。彼はシンと対峙していた。正確に言えば、彼はシンと対峙する夢を見ていた。
「まだ、気づかないのかい?」
「何にだ」
「姉ちゃんは、嘘をついている」
「俺には、お前が嘘をついているように見えるが」
「僕が信じられないって?酷いな、老婆心からの忠告なのに」
「信じてほしいなら、根拠を提示しろ」
「考えてもみてよ。君の目的は、なんだっけ」
「あの人を、救うこと」
「あの人って誰?」
「それは、思い出せない」
「思い出せない?違うね、そんな人はいないんだ」
「じゃあなぜ俺は、いない人を救いに行こうとしている」
「それは、植えつけられた感情だ。いや、塗りつけられたと言うのが正しいかな」
「誰がそんなことするんだ」
「姉ちゃんだよ」
「何のために、そんなこと」
「君の心は、壊れかけていた。思い出したくない過去の傷を抉られて。だから、壊れてしまう前に塗り潰した」
「それじゃ、俺のこの思いは俺のものじゃないって言うのか」
「ようやく、わかってくれたね。姉ちゃんの思いが色移りしたに過ぎない、君なんてどこにもいないんだ」
「俺が、いない?何を言っている、俺はここにいるぞ」
「それも錯覚だよ。例えば今見てる世界が夢だったとして、それを信じられる?」
「この世界は、夢じゃない」
「残念、夢なんだな。僕も、君も」
「嘘だ」
「そう思うなら、確かめてみればいい」
「何を?」
「同じことをされた人が、この街にいるだろう」
目を覚ます。漠然とした不安が、心の片隅に残っていた。不安を取り払うため、彼がすることは一つだけ。
「失礼します」
「おや、あなたは昨日の。その節はどうも」
「調子は、どうですか」
「体はこの通り、おかしい所はありません」
「体は、ですか。では、心の方は」
「心というより、記憶がないんです。自分の名前とかは覚えているんですが、昨日あれが起きる以前のことが思い出せなくて。ただ覚えているのは、救わねばならない人がいること」
頭の中で声がする。
「だから、言ったでしょ」
体から力が抜ける。信じていたことが、全て否定されたようで。扉が開く。扉の向こうには彼女がいた。
「こんな所にいたのね。行きましょう」
「‥‥ああ」
何人かの心にダイブし、その色を見つけた。が、彼はどうにも身が入らない。あらかた終えたところで、彼女が問う。
「何か、あったの?」
「大丈夫。ただ」
「ただ?」
一瞬の沈黙の後、彼は口を開く。
「俺は、この街に残るよ」
「え?」
「目的が消えてしまったんだ。いや、はじめから目的なんてなかった。だから、これ以上進むことに意味はない」
「でも、ある人を救いたいって」
「それは、ただの錯覚だよ。あの妙な弾のせいだ」
「‥‥知って、しまったのね」
「わかってるよ。仕方のないことだったんだろ」
「‥‥ええ。でも」
「まだ、気持ちの整理がつかないんだ。今までの自分が、全部自分じゃなかった」
「そう」
彼女は立ち上がる。
「短い間だったけど、楽しかった。さよなら」
彼女が退室して少しすると、扉の方から声がした。シンだ。
「やっと、姉ちゃんから離れてくれたか」
「お前」
「そんなこと言われても、君を笑いに来ただけだよ」
「もう用事は」
「用事はない、確かにそうだね。ただ、姉ちゃんは多分悲しんでるよ」
扉が閉まる。追いかけてみたが、見つけることはできなかった。ふらふらと街を歩く。
「なんで、いるんですか」
声をかけられる。振り向くと、忍がいた。
「ああ」
「行かなくていいんですか」
「もう、いいんだ」
「誰かを救うとか言ってたじゃないですか」
「あれは嘘で、錯覚だった」
「錯覚じゃありません。現にボクは、あなた方に助けられた」
「それは、彼女の力だ」
「それもあります。でも、椎良さんだけなら、こうはいかなかったと思いますよ」
「俺は、何もしてない」
「そばにいたじゃないですか。ボクなんかじゃ、とても入っていけないぐらい近くに」
「それが、何だ」
「あの人は、きっと孤独です。たった一人で、世界を救おうとしてるんだ」
「そうか。‥‥ありがとう、やっとわかったよ」
もはや彼に迷いはなかった。彼女が、椎良が世界を救うなら、彼女を救えないまでも、せめて助けになろう。それが旅の目的だ。彼は半日ほど走って、ようやく彼女に追いついた。息も絶え絶えに名前を呼ぶ。
「‥‥椎良」
「おかえり」
また、歩き出す。
向こう2話ぐらい本筋にあまり関係ない話が続くので読み飛ばして大丈夫です。




