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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

all over the world

敵わぬ夢を追い続けた俺はもう敗者にすらなりきれないその辺の紙切れと似たような価値の存在だよな

作者: 九JACK

 あれは、小学生の頃だろうか。

 誰も彼もが携帯電話を持つのが普通になって、日本独自で進化した二つ折り形態まで行った携帯電話を姉が買い与えられたのは。うん、姉が中学生になってからだったから、俺はまだ小学生だったはずだ。

 毎朝毎朝懲りもせず、坂の上から落ちる日々。自転車屋のおっちゃんに自転車の直し方を教えられ始めた頃のことだった。

 流行りものに弱い姉が、テレビのCMなんかを見て、「あれ買って! あれ欲しい」と親に駄々をこねた結果、姉の手に二つ折りケータイなるものが渡ることとなった。「まあ、みんな持ってるものね」と母さんが困り顔で笑っていたのをよく覚えている。

 俺は小さい頃から、駄々はこねない方だった。転んで、怪我がひどいときは泣いたりしたけれど、物をねだるということはなかったはずだ。駄々っ子な姉を見て育ったからかもしれない。親は姉の駄々にいつも困らされていた。あんな姉にはなるまいと幼心に決意したのだ。

 それに、俺はこれでもか、と言わんばかりに毎日こけた。絆創膏で済む傷から、病院で診てもらうほどまで。だから、迷惑をかけているという意識はあった。そのため、欲しいものとかは言えずにいた。駄々をこねると親を困らせるのだ。俺はこれ以上親に迷惑をかけるわけにはいかないと思って、自分の欲求に蓋をした。

 姉にケータイを買うときに、母さんが「美好は何かいらないの?」と問いかけてきたが、俺は首を横に振った。姉が横で「いい子ちゃんぶって」と俺を蔑んでいた。

 姉からすると、下の子の俺は気に食わなかったようだ。まあ、兄弟っていうのは、往々にして、下の子の方に目をかけるものだから。俺は何が欲しいとか言わなくても、買い与えられていた。姉は駄々をこねないと何も手に入らないから、目をかけられる俺が妬ましかったんだろうと思う。

 でもさ、俺が何か欲しいか聞かれるときって、姉が駄々をこねたときなんだよな。要はついでって感じ。そのことに姉は気づいていないんだろうな、哀れだな、と思った。

 姉はケータイで好き放題やっていた。ネットサーフィンもしていたし、友達と電話しまくっていたし、下手くそな写真も撮っていた。姉の撮る写真は手振れ補正がかかっていても尚手振れするという不器用きわまりない代物だった。

 それなら、絵画展に出したリンの絵の方が随分とましだと思う。

 そんな上達しない姉のカメラ技術なんて目にもならないような写真を俺は見た。

 それは、リンが賞を獲った絵画展でのことだ。少ないながらも写真部門というのがあって、姉が躍起になって写真を撮るものだから、なんとなく写真に興味の湧いていた俺はそこを覗いた。

 最優秀賞に選ばれていたのは、白い菊の写真。丸みを帯びたフォルムにフリルのような縁がついたクリスタルピンクの花瓶に一輪挿しの白い菊。ただそれだけの写真なのだけれど、なんでだろう。目が離せなくなった。

 その花は写真という切り取られた時間の中で生きているようだった。今にも花びらが零れ落ちそう。朝露でもついていたなら、それが弾けそう。太陽の下に置かれたなら、それを喜び咲き誇っているのかもしれない。……そんな生き生きとした菊の花だった。

 それまで、菊という花は見たことがあってもこんなにまじまじと見ることはなかったように思う。

 その写真を見たリンは「絵みたい。気持ち悪い」って言っていて、少し傷ついたが。

 気持ち悪くなんかない。生々しくはあるが、美しいと俺は思った。芸術方面に覚えのあるリンに同意してもらえなかったのは少し残念だ。

 これを撮った人はさぞかし写真が好きなのだろうな、と思った。よく考えると、小学生部門でそれだったのだから、恐ろしい才能だ。

 けれど、あの写真を忘れられないでいる。

 それから、小学校を卒業して、ようやく俺は俺のやりたいことを見つけた。

「父さん、母さん、俺も携帯電話欲しい」

 自分でねだるのは初めてで、少しどきどきした。突っぱねられたら、ちょっと落ち込むかもしれない、と思いつつ口にした願望は存外あっさり叶えられた。考えてみれば当たり前だ。姉貴だって、中学生になって携帯電話を買い与えられた。俺にもそうでなかったら、不平等だと親は考えたのかもしれない。

 俺は買い与えられたケータイで何をしたかというと、それはもうただただ写真を撮りまくるという行為だった。特に花の写真が多かったと思う。やっぱり、あの菊の写真の影響が大きかったのだろう。あれは衝撃的で、俺の心を動かすには充分なものだった。

 リンが気に食わなさそうに「何、写真なんか撮って」と言ってきたが気にならなかった。

 写真を撮り始めて確実にわかったことが一つある。それは、俺の写真の腕が姉貴よりは上であるということ。手振れ補正なんてかけなくても手振れはしなかった。姉貴は技術が進歩したからだ、とか言うけれど、未だに手振れ写真を撮っている。哀れなものだ。

 やがて時は過ぎ、世界はスマートフォンという新たな携帯電話へと形の変貌を遂げ、二つ折りケータイは旧時代の遺物と化した。

 姉貴も性能のいいスマホやらiPhoneやらを買ってもらって、手振れのない写真を撮ってどや顔することがあるが、ちっとも面白くない。下手くそだったのがちょっとましになっただけだ。

 俺は写真の最高として、小学生のときのあれを知ってしまっている。だから、姉貴を素直に褒めてやることなんてできない。

 俺は意固地に旧時代の遺物(ガラケー)にすがり続けた。

 機種変するか? と親が聞いてきたけれど、姉貴が「それで私より写真が上手いって偉ぶるつもり?」と喧嘩を売ってきたので、男として売られた喧嘩は遠慮なく買収した、というわけだ。

 俺はガラケーでも、綺麗に撮れるからいいもんね、って、ガキ臭い意地っ張りだった。

 でも、そう、俺が求めていたゴールは、姉貴が冷やかしたようなことじゃないんだ。

 俺は、小学生の頃に見た、あの白い菊の写真に心を惹かれていたから。あの写真と、無意識に張り合おうとしていたんだ。

 でも、到底無理な話だった。どんどんと歳を積み重ねていく俺たちがだんだん「世界最年少記録」に近づいて遠ざかってするみたいに、あの写真を撮った人物の当時の年齢は越えてしまっているから、「俺はあいつより優秀です」なんて、口が裂けても言えない。

 結局、俺が写真を撮る意味とは何なのか、と悩んだ時期もあったが、あるとき悟った。

 俺は写真を撮るのが好きなだけだ、と。そうやって上手くなりたいとかじゃなく、超然としていれば、俺は俺として写真を撮る意味を得る。

 でも、心のどこかで、やっぱり目の敵にしているんだ。あの美しく生々しい白い菊の写真を。

 憧れを絶てないまま高校生になって、

 俺は出会った。半澤通に。

 彼は俺と同い年で、写真がとても好き……いや、写真をきっと愛している人間だった。

 もしかしたら、あの白い菊の写真で賞を獲ったのもとーるかもしれないが……確かめるつもりはなかった。

 知ったら知るだけ、惨めになるだけだから、と。

 俺は好奇心に蓋をした。


 あいつといる日々はただただ楽しかった。一年もしないうちに、俺はあいつの抱えている大きな荷物に触れる機会もあった。だからきっと、あいつとは……とーるとは、親友と呼べる存在になったと思う。

 たださ、いるんなら神様、なんであいつの荷物を一つくらい減らしてやらなかったかな。あいつは、あいつが大好きな写真にまで苦しめられて、へんてこな能力で死ぬにも死ねなくて、もがき苦しんでんだぜ?






 そうして、俺を助けるために、夢の中に消えてしまったんだ、とーるは。

 おかしいな。死ぬのは俺だったはずなのに、と目覚めて思う。医者には全くもって奇跡だとか言われたが、とーるのいない世界の奇跡なんて、嬉しくなかった。

 車に轢かれそうになった親友を庇い、車に轢かれて何年も植物状態だった少年が、五年もの時を経て奇跡の回復。

 そんなことが書かれたローカル新聞の記事を俺は破って捨てた。馬鹿馬鹿しい。

 俺は眠っていた間に見た夢を思い出す。

 サイ、お前は、とーるだったんだな。

 リエラは、きっとリンだった。

 クラウンはきっと俺の壊れかけの旧時代の遺物(ガラケー)

 サイ(とーる)は最初から俺を死という名の王から遠ざけようとしてくれていたんだ。だから(せかい)を壊して、俺を目覚めさせた。

 でも、でもさ、俺、

 生きるんならお前と一緒がよかったよ、とーる。

 俺はお前が好きだから、写真を好きになって、お前が好きだから絵を好きになったんだ。

 お前が好きだった。

 恋、なんて陳腐な言葉じゃ表現できないよ。俺たちの友情は。

 リンが大事にとっていてくれた、俺の古びたガラケーを手にする。使えそうにもなさそうな見た目をしていたけれど、一応、起動した。五年もご主人様を待っていてくれたとは、立派な忠犬様だ。ありがとな。

 すると、俺の目に飛び込んできたのは、待受画面の──白い菊。

 俺が初めてこのガラケーで撮った写真だ。やはり、あの白い菊を忘れられなかったらしい。女々しいな、俺。

 今は、俺の腕前でも、泣けた。白い菊だから、泣けた。

 きっと、あいつがいなくなったからだと思う。

 とーる、とーる、とーる。

 白い菊(ほとけばな)の向こう側に行ってしまった俺の親友。

 お前といたいから、俺はもう一度あの世界へ──






 その念願は叶った。

「王様、次はどう致しますか?」

「そうだな……」

 俺を王様と呼ぶサイ(とーる)は、話している相手が俺だと気づいていない。

 あーあ、過ぎたことを祈った罰だな。俺はもうとーるに気づいてもらえないまま、果てには見捨てられるんだ。

 俺は残酷な世界に対して、言い放った。

「全く、世界とはままならぬものよ」

 サイが見る俺はまだ生きられる可能性があった俺で、サイが見捨てる俺は生を捨ててしまった俺。

 だから、サイが、とーるが正しい道を選べるように(おれ)はサイを突き放すんだ。

 写真も絵も嫌いになって、

 もう終わっている世界を、永遠に続ける──




 あるローカル新聞の一面。


「奇跡の生還を果たした少年、投身自殺!?」

「先日、交通事故から五年もの年月をかけて目を覚ました少年が、病院から投身自殺を謀った。

 致命傷は見当たらないが、当たりどころが悪かったらしく、少年はその後死亡が確認された。

 少年は愛用していたというガラパゴスケータイを握りしめていた。もしかしたら、そこに遺言に準ずる類のものがあるかもしれないが、ケータイは壊れてしまったという。

 原因は不明だが、非常に痛ましい事件であった」



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