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かみてん  作者: チムチム・マイン
調停者の園
33/37

"門"

「あなたはイエスと言いますか?」

 広場中が静まり返った。問いを求める天使の問い、その問いへの僕の解である問いに対し、相手が“イエス”と答えれば、相手はイエスと答えた事になり正答者となる。また、相手が“ノー”と答えれば、イエスと答えなかった事になり、これまた正答者となる。119人全員に質問して回らなくても、条件を満たしている事は自明であった。


 広場中の天使が拍手をして僕の識を称える。


「ぐうっ……その通りだ……」


 ファウストはうなりながらも僕の正しさを認め、目が4つある天使は清々とした表情でファウストを説教し始めた。


「さあ、その辺で身を引いておけ、十分じゃろう。無知なお前の気まぐれが、園に、ひいては世界に災厄をもたらす。回帰をする気にはなったか?」


「俺は独立したいだけだ! じじい、自由とは自分からツリーに回帰する事だ、と言ったな? では、“自分”とは、いったい何なんだ?」


「自ずと分かるはずだ……回帰さえしておればな。限りなく大きくなる自意識や、排他的自己定義が何を導くのかを推定すれば、その問い自体が間違っていると判別できる。我々はあの方の一部であり、手足なのだ」


 目が4つある天使は大げさな手振りによって、広場の柱・彫刻・石畳を順々に見るように促した。犬や魚や鳥の彫刻はひれ伏して、12本ある斜柱の一端が集中する中心を仰ぎ見ている。各々の細胞に宿る一つ一つのドラマと、その位置付けを描くパノラマが同時に捉えられた。床の石材にしても、ガラクタのように無造作に散らばっているわけではなく、あるべき場所に収まってお互いの領域を尊重している。どれ一つとして欠けてはならないし、どれ一つとして孤独な石は存在しない。


「石材を一つずつしか見なければ、そこには大した価値はないかもしれぬ。しかし、それが聖堂を構成する石材の一つとして、建物全体の中で存在する場を得た時、それは聖堂が持つ、神聖で高貴な意味を分かち持つ事ができるのだ。一つの石材の持つ意味は、他の全ての石材との関係において、初めて相互依存的に決まる。自由と称して役割を放棄するのは、聖堂の石材となる事を望まずにただの石ころになる事を選んでいるに等しいのだ。秩序の維持を担う気になるまで反省しておれ。”ファウスト”よ、石になるのだ」


 宣告を受けると、ファウストはたちまちのうちに見覚えのある青い水晶となった。


 驚いた僕が水晶を見ていると、腕が4本ある天使が近付いてきた。


「あなたが新しい神である事は、ケテルの園にいるほとんどの天使が認めているところです。ただ、ノー様に会うためには門をくぐらねばならない、これが限りなく難しい」


 試みに失敗すれば、自分もまた青い水晶にされるかもしれないという不安と、痛い思いをさせられやしないだろうかという心配で頭が一杯になった。そんな僕を、広場の反対側へ導こうと4本腕の天使が促した。他の天使達も付いて来た。ざっと見て100人くらいだった。ファウストの出題に間違いが無ければ、園に住む天使のほとんどが集まっているという事になる。新しい神の誕生は、天使にとって大きな事件なのだろう。僕は、自分が神だとみとめてしまった……天使達を騙したのだろうか? いや、あの場面では神を名乗るしかなかっただろう。処刑の意思が固い天使達の目をそらさせ、処刑を免れるアイデアを得るための時間稼ぎをするためには……


「門はここです」


 4本腕の天使によって、虹が輪になっている場所が示された。螺旋階段の登り口であった。そこには、フードで顔を隠した天使がいた。


「これが門なのですね。想像とは大分違っていました」


 僕が4本腕の天使に尋ねると、4本腕の天使はフードの天使を指差した。


「門番というのは常に門の横にいる。つまり、門番の横には門があるという事です」


 屁理屈のように聞こえたが、そういう設定なのかと納得する事にした。


「門をくぐるためには、門番に正しい問いかけをせねばならない。心の準備はいいですか? ある受難者の姿をした者の前に道が2つある。片方は天国に、もう片方は地獄に続いている。道の分かれ目には門番が1人いて、どちらが天国に続く道なのかを知っている。門番は一見天使だが、悪魔が成りすましている場合もあり、天使なら必ず正直に、悪魔なら必ず嘘をつく。天国に向かわねばならない受難者は、何と問いかけたでしょうか? ただし、問いかけは、イエスかノーで答えられるものを一度切りとする」


 4本腕の天使の出題を聞き、問いと自分の状況を無意識に重ね合わせていた僕は、 “ここが天国ではないのですか?”と言ってしまいそうになった。口にしてしまうと、それがたった一度切りの解答とみなされかねない。危なかった、罠にかかるところだった……解答以外の質問は自ずと封じられた。僕は考えた。出題では、道が2つとあるが、目の前に道と呼べるものは一つしかない。という事は、二つの道とは、進路と退路を意味しているのだろう……僕は上へと続く階段を指差して答えた。


「あなたは、こちらからやって来ましたか?」


 仮に、階段の先が天国だとすると、天使なら天国から来ているので正直に “イエス”と言い、悪魔なら地獄から来ているが、必ず嘘をつくので “イエス”と言う。仮に、階段の先が地獄だとすると、天使なら天国から来ているので正直に “ノー”と言い、悪魔なら地獄から来ているが、必ず嘘をつくので “ノー”と言う。つまり、相手が天使であろうと無かろうと、返事によってその先が分かるのだ。


「イエス」


 門番は、フードを脱ぎながら笑顔で答えた。顔が平べったい……わけではなく、二つの頭部が向かい合わせになっていた。


「イエース!」「イエース!」「イエース!!」


 広場中の天使達は有頂天になって踊りまわった。


「一つ聞いてもいいですか? ここが天国ではないのですか? 僕は、ここが天国だと思っていました」


「天国とは神様のおわす場所。ノー様はこの先にいるので、園は天国のほんの入り口です。でも、新しい神はあなた様なので、ここが天国とも言えるでしょう」


 曖昧で適当だと感じる一方、なぜかそれが核心を突いた解釈のようにも思えた。聖地へと向かう資格を得た僕は、天使達の信用を勝ち取ったようだ。天使達の様子を見ていると分かる。園にいる誰もが、いまや僕を信じて疑わない。


 双頭の天使が僕に触れると、ケテルの園に意識を残したまま、光を放つ枝が六方に広がる美しい光景の中にいた。その美しい枝が突然爆発し、枝は次々と焼き払われた。変わり果てた残骸の傍を、ドランカンまたがった真っ赤な少女が、奇怪で醜悪な化け物をたくさん引き連れて、天に向かっている。


「素になって下さい。共通の標本を移項しています」


 双頭の天使が、光る指先で僕に触れながら言った。


「ツリーの区間と復元は有限なので、発散を停止させて下さい。一定の速度で移動する者達の勾配と軌跡から、原点領域が導出されました。鋭角を得た媒介者・公約に背理した代入者・展開を延長する背反者達との、極限における、限りなく大きな互除が推定されます。もし、抽出が無理なあまりに、連立や相乗が期待できないならば、消去して下さい。互いに重心を分配する場合、挟まれる前の割り切りが必要です……」


 双頭の天使の話はよく分からない。


「アリストテレスは、異形を配下に加えて今なお増幅中、精霊に昇華しようとしています。静止していなければ、ノー様はすでに知っておられるはずですが、別の仕事にご執心されているかもしれない。会った際にはどうか、基準を参照するよう作用していただきたいのです。アリストテレスの観察を促すだけで構いません。我々はツリーを通して周期的に伝導していますが、識分裂と識崩壊の連鎖によりツリーの一部がメルトしているので、正味のところ、伝わっているのかどうか分からないのです」


「えーと、アリストテレスを観察するようにノー様に伝えればいいんだね?」


「その通りです」


 照射によって送り込まれたイメージ内の少女、その姿は自分の中にあるアリスの記憶と同じだった……また同時に考える。自分の中にあるアリスの記憶とは何なのか。元から自分が有していた記憶だと言い切るのは少しずれているのかもしれない。そもそも、あの体験自体がエチカの記憶に関連したものなのだから。ただ、今の僕には、記憶の起源が自分の体験なのか、あるいは他者の体験なのかを区別する事に意味があるとは感じなかった。


 カナリアが門に追いついた。僕はカナリアの肩に手を置いた。


「大丈夫、僕は階段を登るから心配しないで。君は安心して、すこやかな赤ちゃんを産むんだよ」


 しばらく見つめ合った後、僕はカナリアを優しく抱きしめた。柔らかくて温かいカナリアに、いつまでも触れ合っていたいと思った。長い抱擁の後、カナリアは言った。


「それが、あらゆる自由の中であなたが選び出した答えなのですね。嬉しい……私は幸せです……」


 カナリアは微笑みながらお腹に手を添えた。お腹をなでながら“あなたは父にとても愛されている”と話しかけた。


 その様子をじーっと眺めていた天使達に僕は言った。


「僕はノー様に会いに行きます。あなた達天使は、カナリアとお腹の子を大切に扱ってくれますね?」


「もちろんです」「神に愛された母子を、むげに扱うわけがありません」


「カナリアの困る事のないようにし、必要とあらば手を貸し、仮に襲い来る者がいれば、カナリア達を魔の手から守り抜きなさい」


「はい」「あなた様のお言葉通り、何があってもお守りします」


 園に辿り着いた直後はどうなってしまうのかと気が気でなかったが、今の天使達の様子を見て、処刑されずに済みそうだと確信した。


「お気をつけ下さい」


「普遍的で絶対的だと思っていたものが、かくももろく、奇妙で偶然的なバランスの上に危うく成り立っているという現実に驚かれるでしょう。我々はこの青い空を美しいと思っています。旧生物ならなおさらでしょう。どうかこの青い空を残して下さい」


「変形を最小に再帰して下さい……」


 様々な天使が僕の出発を激励し、僕は天使達の要望に応えると約束した。天使総出で見送られながら、僕は門をくぐった。


 カナリアが無事に子どもを出産した後、どうしていくか考えていかなきゃな。とても大きな課題を背負ってしまったのかもしれない。でも、自然な欲求に従ったまでだ。愛しい人と、小さな命を守る……そう覚悟を決めて心の中で言葉にすると、あらゆる事を為すエネルギーが体の奥底に沸いてくるのを感じた。どんな困難が立ちふさがろうと貫き通す……それは僕自身の生きる意味だ。


 僕の中で静かに力が満ちた。僕は再び階段を登り始めた。


今話だけで新しい造語が40個も出てきてしまいました……ごめんなさい。


本文には書けなかったのですが、エチカにマナを与えたのはファウストです。

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