"竜"
塔は瓦解しているが、外周の階段の続きには、その先を引き受けるといったように、見覚えのある青い水晶の階段が螺旋を描くように連なっている。一段一段は棺大の大きさであり、幅も奥行きも塔のものの半分以下。もちろん片側に壁なんて無い。塔に慣れすぎてしまったからか、踏み出そうにも足がすくむ。以前は何も考えずに登れていたのに。
倒壊するのも時間の問題だと思える、形骸を留めるだけの塔。その塔を後にして、僕は再び頂上を目指して階段を登り始めた。カナリアが後ろをついてくる。
「カナリア。機を伺ってか、僕に言っていない事があるよね? 秘密にされているとは思っていないけれど、いいかげん教えてくれないか?」
「……ええ。実はあなた、神様なの。だから、世界を救わないとなりません」
雨がやんだ。突然の告白。世界を救うなどと、えらく簡単に言ってくれるものだ……ただ、うすうす勘付いてはいた。
「……そうか。なんだかそんな気がしていたんだ。途方もなく大きな何かを背負わされている、そんな予感が。階段を登る事と、関係があるんだね?」
「ええ」
淡く光るお腹を大事に抱えながら、カナリアはゆっくりとついてくる。
カナリアを労わりながらも着実に階段を登っていると、様々な動植物の特徴的な一部分を併せ持った奇妙な生物が、群れながら空を飛び交っている事に気が付いた。大群だ。ぱっと見る限り、6つの集団が天を目指して飛んでいる。その内の一体が、羽ばたきながら僕達に近づいてきた。女性の顔面・草食動物の胴体・鳥の翼・蛇の尻尾を有した姿をしている。異形だ。
「醜さの中にこそ本当の美しさがある」
塔と関わりのある住民かと思ったが、どうやら違うようだ。
「馬鹿ね。醜いものは醜いの」
カナリアの言葉を無視し、異形は僕に向かって囁いた。
「そう思ってくださるなら、どうか私にマナを与えて下さいまし。私達をひとくくりに、異形や竜だなどと呼ばず、個別にマナを与えて下さいまし」
「名を与えてはなりません」
毅然と厳しい言葉を言い放つカナリアに、異形は醜悪な顔つきを隠しもせずに見せつけて、そのまま飛び去って行った。
また別の異形が近づいてきた。青年の顔面・ライオンの胴体・鷲の翼・蛇の尻尾を有している。
「過ちの中にも一筋の真理がある」
「間違う事が正しいだなんて、間違っても正しくないわ。それが分からない間は、上には行けません」
「我にどうかマナを!」
青年の異形は、悲哀を感じさせる声で嘆いた。さっきの女性の異形が翻ってきて加勢した。
「負けるが勝ちよ」
「分からないのね、負けは認めないといけないの」
カナリアは譲らない。
「分かっていないのは貴方方の方だ! 弱さの中にこそ、真実の強さがある!」
「弱いなら弱いと認めなさい」
「マナを。マナを!」「どうかマナを注いでくださいまし!」
応酬を繰り返しながら迫る二体の異形の激しい熱意に、僕は身の危険を感じた。カナリアを守るためには、雷の力を借りるのもやむをえないと考え、襲い掛かって来ないで欲しいと願った。二体の異形は、襲い掛かってこそ来なかったが、代わりに、聞いていられないような汚い言葉で散々罵倒して去って行った。
カナリアは苦しそうに顔を手で覆っている。
「……彼らに名を与えてはなりません。うぅ……」
「大丈夫だよ、彼らはもうどこかへ行ったから。異形の群れも、もう見えない」
「それは喜ばしい事です……」
疲弊したカナリアは、お腹の重さに危なっかしくよろめく。塔を後にした時と比べ、明らかにお腹が膨らんでいる! 僕はカナリアの腰に手を添えて体を支え、肩を貸した。お腹の中の赤ん坊が動いているのが分かる。
「少し休もう。君の体がもたない」
「ありがとうございます、けれど大丈夫です。もうすぐケテルの園だから」
カナリアが頭上を指差した。天からは光る樹の枝が無数に伸びて綿を芽吹いている。僕達を迎え入れてくれているかのような枝の造形を見て、僕ははっきりと認識した。あれは天国だ。




