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かみてん  作者: チムチム・マイン
調停者の園
30/37

"絆"

種明かしです。

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「はっくしょん!」 


 僕は目が覚めた。でもしばらく目をつむったままでいた。記憶を整理したかったんだ、ひどく混乱していたから。


……“エチカ”は彼女のマナだった。“エチカ”は、それと知らされず住民に共有された。そして、あるセリフを唱えさせた……“エチカは全てを知っている”。 エチカは、マナを含んだ顕現がその通り実現する性質を利用した。エチカが突出した識能を備えていたのにも納得だ……気付いてしまえば簡単なことだけれど、なんて大胆な発想だろう。


 エチカは自分のマナを広める事によって有利な状況を作り上げた。カワセミは、大量に粉を稼いだがゆえに言及されて不利だった。森では盲目の治し方を知っていたから疑いが集中して不利になった。カラス達のマナを知っていたから難癖をつけられて不利になった……まるで正反対。森と塔において、力なき者が力を持ち、本来なら強いはずの者が追い詰められて不利になる……偉大なる逆転作用だ。数を支配するエチカによる周到な計略によって、住民に浸透した文化は価値をあまねく逆転する。


 僕はゆっくりと瞼をあげた。粒とも呼べないくらい小さな水滴の、霧のような雨によって、崩落した塔が包まれている。


 僕は長椅子で手当てをされていた。四肢は痣だらけ、額には腫れあがったこぶ、全身が熱っぽくて、節々が痛い。何か大きな衝動によって吹き飛ばされたまま乱雑に散らかる長椅子に、破壊された壁と天井、形を大きく変えてはいるが礼拝堂のようだ。


 教壇の上には拍動する赤い物体が置かれている。その赤く輝く固形の物体を取り囲むようにおとなしく眠る異形達。そしてカナリア。


「……僕は?」


「やっと目を覚ましました。あなたは舟を後にしてから、ずっと朦朧もうろうとしていました。そして、重心に触れたと思うと、動かなくなりました。さっきまで、あなたは重心に触れていたのです」


「この赤い石が重心なんだね?」


「ええ」


「君がいなくなる、とても恐ろしい光景の中にいた。それが虚構だと分かっていても、恐くて仕方がなかった」


「無理もありません。識の高いエチカは、マンドレイクだけでなく、精霊からも協力を引き出していたのですから」


「森で迷ったことも、塔で生活している間に見た夢も、過去のエチカの記憶……それとも幻だった?」


 僕は赤い石をよくよく観察した。触れないように注意して……。


「重心は、それに触れる者の識と同化して連想を照応します。それを夢と言ったり、記憶と言ったり、幻と言ったりする人がいます。夢か記憶か幻か……それを決めるのはあなた。体験が偽りだったのか、あるいは真実だったのか……それはあなた次第なのです」


 エチカの見せてくれたイメージ、エチカの数々の記憶……。


「あなたの言葉から察するに、長く塔で過ごした感じだけれど、見る限り、あなたはエチカと多くを共有したようですね。したがって、私とあなたの体感時間は、必ずしも一致していません。私にとって、礼拝堂に到着したのはついさっきですから」


「君は幻に強そうだね。悪夢にうなされたりはしなさそうだものね」


「ええ」


カナリアは、羽の先のような形態を取るケテルの一端をエチカから離した。


「エチカは、自分の識の限界を見誤り、マナを乱用しました。言葉に行動が伴わず、できもしない約束をいくつも交わしたがゆえに破綻しました。さっきまでは1000体を超える異形が、エチカの重心と直接つながっていたけれど、マナの加護を失って、住民達に見せていた夢……あるいは幻……が途切れ、引きとどめておくことができなくなりました」


 僕は、礼拝堂に巣食う異形達を順々に見た。黒山羊の頭に黒い翼を有した者、ラバと孔雀を掛け合わせたような姿の者、鳥の双頭と黒い外観の者など様々だ。尾や触手を伸ばしてエチカの重心に触れ、今も夢を見続けている。


「エチカの識が小さくなり、住民は自分達の正体に気付くことになりました。多くがエチカの元を離れ、そのほとんどがアリストテレスと共に去りました。エチカの元に残ったのは、住民のごく一部。エチカに寄り添い、自らが異形であるという醜い現実から目をそらし、気付かないふりをして過去の記憶の中に住み続けている」


 住民の正体、それは、人間に扮した異形だった。人間に憧れて、人間の特徴を模倣し、人間の生活を営んでいた彼らは、いつしか、自分や周囲が本当の人間であると信じて疑わなくなり、仮装と称して異形の変装をするに至るほどであった……これまで僕が目にしてきた本物の人間達よりも、よっぽど人間らしいと思った。


 忌み嫌われて追い出され、居場所を求めてたどり着いた最後の場所……似た境遇の者同士が身を寄せ合い、他愛もない暮らしを望んで実現した理想の地。


「……僕が秘密を暴いたために、残った住民は数えられるほどに少なくなってしまった。彼らの生活と、彼らの平穏を奪ってしまった……僕が壊してしまったんだ……ただ人間に憧れていただけの、罪もない住民をバラバラにしてしまった。僕さえここに来なければ、彼らは夢を見続けることができたんだ……僕のせいだ……間違っていたのは僕なんだ」


「あなたは間違っていません。エチカ達は、装いが引き剥がされてあるべき姿に戻っただけです」


 カナリアは、僕の頬を伝う水滴を拭き取った。


「エチカや住民達があなたを許してくれると信じられれば、あなたは先に進む事ができます」


 僕は失意の中、今なおエチカとつながる異形達を眺めた。こちらが彼らの事について悩んでいるとはつゆほども知らず、何を思おうと構わないといったように悠々と、そして、満ち足りたように安らいでいる。僕は、だんだん穏やかな気持ちになった。そして、彼らがここちよさげに眠る様子に救われた気がした。


 僕はある事に気が付いた。廃墟のあちこちからは煙が立ち上り、瓦礫の断面は新しい。つまり風化していない。


「ここが壊されたのは最近のようだね」


「ええ。さきほどアリストテレスの襲撃がありました。彼女はここを破壊した後、覚醒した異形達を引き連れていったのです」


 カナリアの衣服はボロボロだ。


「君が僕を守ってくれたんだ」


「ええ。それが私の役割です」


「君は本物の天使だったんだね」


「本物……」


 カナリアは首をかしげた。


「僕は君を失うことをとても恐れていたんだ。僕は、君を思わなかったことが無い」


「いいえ、あなたは私の言葉を忘れ、私を手放しました。それに、あなたは階段を登る定めにある事をすっかり忘れていたようです」


「カナリア、僕はずっと君に会いたかったんだよ? 一緒に登ろう」


 僕は立ち上がり、カナリアに詰め寄った。


「その名前で呼ばないでください。すでに私達は……」


 カナリアを抱き寄せ、口を塞ぐようにキスをした。長いキスの後、カナリアは頬を赤くして、僕を物憂げに見つめた。


「なりません」


「愛している」


 光がお腹に集まり、膨らんだお腹の中がきらめいた。


「……あなたが、マナを注いで下さったから」


 カナリアはお腹に手を添え、優しく撫でた。


「それに、あなたはようやく自分の意思で階段を登る決意をしてくださった」


 僕はうなずき、二度と離さないという気持ちでカナリアの手を取った。


「僕は君を信じているよ」

私生活の都合で、次話の投稿は6月になると思います。早く完成したら、予定より早く投稿します。


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