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かみてん  作者: チムチム・マイン
移住者の塔
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自らを人間だと頑なに信じ込む者

-アリスが僕の重心を奪った-


 少し考えればすぐに気が付きそうなものなのに、どうして今まで気が付かなかったのだろう。別れざま、アリスは顔をゆがめて泣きじゃくっていたが、それも嘘泣きのたぐいなのだろうとキリスは思った。


 さらに塔の階段を登ると、向かい合った怪獣の彫り物と、アーチ状の鉄格子の扉が壁面に現れた。怪獣は、牛の頭と鱗のある胴体をもち、翼が生えていた。赤いイクシルが見せてくれたイメージに一致する。境界だ。


 扉は手を触れずとも、不気味な音を出して開いた。中は暗かったが、思い切って奥へと進んだ。通路の両脇には、入り口に立っていたような怪物の像が無秩序に並んでいる。多種の生き物の様々な部分を複雑に取り合わせた醜い生き物達……


 顔の大部分を半透明のベールで覆い、裾の大きな頭巾をした修道女が通路の真ん中に立っている。化粧によって作られたその白さは、暗がりの中で不自然なまでに際立っていた。彼女は口元だけで微笑んでいる。


「私はエチカ。あることないことを信じ込むエース、あなたが来ることは分かっていました。さあこちらへ」


 エチカの誘導のまま、キリスは自分でも驚くほど素直に従った。通路の奥へと進むと、礼拝堂のような空間に長椅子がたくさん用意されていた。人形が座っている場所もあった。さらに奥の部屋から漏れる光によって、教壇が七色に照らされている。キリスにとって、その光は希望の光のように思えた。


「あなたが先ほどまで着ていたワンピースの元々の持ち主を探しています。あなたなら何かを知っていると思ってここまで来ました」


「たまたま形が同じで、似ていただけ、という」


 キリスはその先の言葉を待ったが、エチカはそれ以上何も言わない。エチカは、義足を引きずり、その非対称な足音は重心が拍動するリズムに似ていた。


「カナリアが森で襲われる夢を見ました。カナリアはまだ森にいるのでしょうか?」


「あら、質問をしてはいけないという決まりを忘れたのかしら。質問とは、相手に情報を明け渡すように要求する命令。相手の善意を前提にした野暮な行為よ……まあいいわ。でもまずはあなたの誤解を解こうと思う。森で襲われていたのはエチカよ」


 礼拝堂を通り抜け、さらに奥の部屋へと進むと、そこは極彩色の明るい部屋だった。部屋の奥には大きな縦穴が空いており、円筒形の部屋の壁一面の棚に収められた七色の蔵書が目を引く。無形の書以外にも、壁と棚の隙間に施された無数の記述が光を放っている。


“エチカは必ずあなたを引きとどめる” 

“エチカは全てを知っている”

“エチカはいつもあなたを思っている” 

“エチカは絶対にあなたを見限らない” 

“エチカは必ずあなたを塔の住人にする”


「この部屋に収められている記述、それらがエチカの知っている全て。ここには、いまだ書になっていない無数の記述と、完成された1275冊の書があります。書のそれぞれには、この塔に住まう人々の、過去・現在・未来が余すことなく記されています」


「これを全部あなたが?」


「ええ、エチカが書いたという事ができる。でも、エチカでは無いとも言える。エチカは代弁者でしかない。これらの記述は、エチカの意思であると同時に、エチカの意思では無い」


“エチカは絶対にあなたとカナリアを会わせない”


 キリスは、照明の役割を果たす壁の記述の中に、非情な宣告を見つけて絶句した。キリスは、ベールに覆われたエチカの目を直視したが、あまりの衝撃の大きさゆえに目の焦点が定まらない。


「あ、あなたは何か重大な秘密を僕に隠している!」


「ふふふ、自意識が大きい」


 キリスはおもむろに、手近な棚から一冊の書を乱暴に取り出した。表には『かみてん』と書かれている。


「『かみてん』は団員達の経典。その書には、ある人物の運命が網羅されている。もしかしたら、あなたが必死になって探している人に触れられるかも、ふふふ」


 キリスは憑き物に操られたかのように、『かみてん』を狂気じみた勢いでたくり始めた。



-------


 ふふふ、ようやくあなたにこの部分を読ませられた。ここまでは実に首尾よく、想定通りにやりおおせたわ……あなたは奇妙な物を見る面持ちで夢中になっている。先が読めず、書から目を離せなくなっている。慎重に事を運んだ甲斐があった……すごく順調。いいからそのまま読み続けるのです。あなたは偶然この記述に出会った、あるいは、自らの意思でここにたどり着いたと思っているかもしれないけれどそれは違う。あらかじめ定められた必然なのです。


 私はエチカであなたはキリス。そんな単純明快な事実のおさらいであっても、エチカの領域では大きな意味を持つ。無意味な記述なんてありはしない。全てには意味がある。そう、全てはメッセージ。


「僕のことが事細かに書かれています。花に囲まれた丘で目を覚ましてから、今僕がここに至るまでのいきさつについては正確に書かれています。でも、その先がおかしいんです。こんな事はあり得ません。この書は間違っています」


 あなたは書を読み終え、書から目を離しながら言った。あまりにも驚天動地な内容に忌避感を抑えられない……悪くない反応よ。目をそらすこと、破滅を憂いて原因から逃げることは、とても大事なこと。


 あなたは、書と自分のどちらが先に存在したのか、と考えている。書に書かれた内容があなたに影響を与えるのか、それとも、あなたの言動が書に影響を与えるのか……実は、この二つの考え方に区別は必要がない。どちらも正解であり、また、どちらも間違っている。予言があればその指針に人は方向付けられ、また逆に、人の言動はいずれ必ず書に書き留められる。つまり、“書と人はどちらが先か”という問いに意味はない。一見全く別な風に見えたとしても、それは同一の物が持つ異なる側面に過ぎない。物事を永遠の相で眺められれば、その二つは連動して動く。


黒像こくしょう、罪に目を瞑る時間。あなたは、エチカとずいぶん長く境界にいたわね。住人が心配しますよ、居住区セルスペードへお帰り。エチカが手伝ってあげるから……さあ目を瞑って……そして想像するのです。“あなたは境界にいるけれど、また同時に別の場所に存在する事もできる”。あなたは思い込みに囚われている……さあ思い描いて。“あなたは確かにここにいる。けれど、ここにいると同時に居住区セルスペードにいることだってできる”」


 エチカはあなたの背中に手をかざしたけれど、あなたは変な顔をしたまま一向に目を瞑ろうとしない。あなたは顔をしかめ、まるでひどい悪臭に耐えるかのようにエチカの言葉を聞き流した。


「カナリアのことを教えてほしい」


……そこまで言うのなら。


「かつては、一人の王が大勢の民衆を支配するのが自然だった。たった一人の勝者と、その他大勢の弱者とに分けられ、勝者が利を独占するために、弱者に大きな負担を強いていた……雲下がいい例ね。一方、発達した社会では、より多くの者の負担を減らしつつ、大勢の弱者を共存させようとした。そして、そのためには、抜きん出た識者による自発的な犠牲が必要なのだけれど……あなたはその犠牲に祭り上げられようしている、あの女によって……」


「あの女って、カナリアの事を言っているの?」


「そう」


「カナリアはそんなじゃない」


「あなたはあの女に幻想を見ている。あの女は決して、あなたの考えているような女性ではない。大それた事を物怖じせずに平然とやってのけるし、その事を悪びれもせずに平気でいられる厚かましい女。ようは、えげつないくわせものなのよ」


 書にも書いてあったでしょう。


「階段を登ると、あなたはありのままを知る事になる。そして、あなたはそれに耐えられない。あなたは、自分だけが犠牲になる道を自ら選ぼうとする。けれど、あなたの命はすでにあなた一人の物ではない。あなたが失われた事によって広がった波紋は、方々から悲しみを引き寄せ、憎しみを生み、怒りを巻き込んで、厄災がもたらされる。塔には雷が落ち、人々はバラバラになる。そして雨が降り止まなくなる……その運命は免れない。あなた一人さえ犠牲になれば、その他大勢が助かって、世界に平和が訪れる……そんな事、ありはしない。おとぎ話ではないのよ」


「もし『かみてん』の中身が“正しければ” そうなりますね」


 書はエチカが書いたのだから、事実になります。


「僕は別に、どうしても階段を登りたいと思っているわけじゃない。カナリアに会いたいだけなんだ」


 まさにそれが問題なのよ。彼女はあなたの登上を強く促す。だから会わせられないんじゃない。


「塔を登るとあなたは真実と向き合うことになる。真実がいつも美しいとは限らない。いいえ、むしろ真実は残酷なのよ……階段を登り切った時、あなたは、書に記された本当の意味を知る事になる……その時にはもう遅い。あなたは、滅亡を前にしてようやく思い知る……手を打つのが遅過ぎたのだと深く理解し、残るのは後悔だけ……なんでもかんでも明らかにすればいいというものではない。なにがなんでも明らかにしようとしなさんな。無理やり暴こうとさえしなければ穏やかでいられるのです。そのままにしておきなさい、どうする事もできない不可知の領域なのだから。目を凝らして見極めようとしない……これは知恵です」


「僕は目を背けない。何が待ち受けていても受け入れる」


「そうよ、あなたは確かに逃げ出さず受け止めるわ。でもそれは、勇気や覚悟で乗り越えられる話じゃないの。自ら定めた律格に矛盾を突きつけられて、愛と憎しみの狭間で引き裂かれる。あなたは過信しているけれど、人はそんなに強くない。隠された彼女の過去を見て、あなたは彼女の罪を許せない」


「書に記されているのは僕の罪でしょう? カナリアになんの罪があるのです?」


 あなたは分からないという顔をした。悪くない表情よ。あなたはこれ以上知る必要は無い。あなたはこれ以上、背負う必要が無い。ここでは英雄は不要。塔にキングはいらない。代わりにエチカが中心を担うのよ。エチカを中心として、住民全員と均等に結びつく。エチカはあなたを特別視しない。


 “自分よりも他者の方がより多くを知っているかもしれない”という恐怖心から、人は慎ましくなれるもの。“もしも自分の方が弱い立場だったらどうしよう”という気持ちから、人類全体に対する思いやりが生まれるのよ。“誰も何も知らない”という事実において、初めて平等は実現される。平等というのは、そうやって形成されるのだから。


「エチカはあなたに確認しようと思う。台本に従う住民達はある意味、表面的な儀式を繰り返している。そんな彼らに対し、あなたは、解し難いという、たったそれだけの理由で、彼らを奇異な目で見つめ、そして拒絶している。多彩な個性を豊かさの象徴だと思うことはせず、異様だとみなして一掃し、生活を奪い去ろうとしている」


「僕はそんな事を望まない」


「エチカはあなたにもう一つ確認しようと思う。あなたは、あなたを必要としている者達を見捨て、あなたを慕っている者達に、とてつもない労苦を押し付けたまま置き去りにしようとしている」


「僕は誰も見捨てたりはしない!......あなたは問題をすり替えて、僕の求めをやり過ごそうとしているようにしか見えない。でも僕は変わらない。僕はカナリアに会いたいだけなのです。それが罪だとでも言うのですか?」


 もちろんその行動は罪ではない……いいえ、罪なのよ。たしかに、あなたにとっては罪ではない……けれど、彼女にとっては罪なのです。


「カナリアがどこにいるかを教えてください! カナリアの居場所を知っているのでしょう?」


 ええ。もちろんカナリアが、今どこで何をしているのか、エチカは知っています。“エチカは全てを知っている”のだから。


「あなたはカナリアを隠している!」


 そのような言い方も、あるいはできるわね。


「これ以上カナリアに言及せず、あなたは多少の不自由を許容しつつ塔の住人になる……これで平穏は約束されます。あなたにとっても幸せです」


「何が僕にとっての幸せかは、僕が自分自身で決める。エチカ、そう、あなたのマナはエチカ。カナリアに会わせて!」


 くっ。確かに私のマナはエチカよ。あなたの目をごまかし続けるには、ここらが限界のようね。なんて察しがいいのでしょう! この完璧なシステムの唯一の欠点を、こんなに早く見破るなんてね。その識力の高さはさすがとしか言いようが無いわ。


 ……ここでエチカが強がって、エチカでないフリをしてみせたところで、どうせあなたにはお見通しでしょう。そう、私のマナはエチカ。エチカがこのマナシステムを採用した時から、いつかはばれる、その懸念はあったわ……でも、マナなんて、しょせんは手段。相手に気持ちを伝えるための、いや、相手の心を動かすためのただの道具に過ぎない。


「“物は言いよう”と言うでしょう? 私はエチカだと言う事もできるけれど、エチカでは無いと言う事もできる」


 その時だった。あなたは大穴を飛び下りた。


 境界最奥の縦穴は、エチカ達に恵みをもたらす巨人の重心と直結している。塔の姿をとった著大槍に貫かれた生贄は、新しく発掘された脈絡の一つからは、光の球体として壁越しに透けて見えている。あなたは、それが放つ光の波を、カナリアに関係があると思い込んだ。


 想定できなかった人間の情熱。まさか、こんなバカな事をしでかすとは思ってはいなかった。あなたがカナリアを慕っている事はよく知っているつもりだった。だけど、この縦穴の深さは落ちてただで済む落差ではない。羽が生えているわけでもないのに、無事でいられるわけがないじゃない。あなたは縦穴の深さを知らなかった……だからこそ飛び下りられたのだとしたら、丸っきりエチカの失策、盲点だったわ。


 あなたは、自分とカナリアを会わせる気が、エチカには無いと考えて、大穴を背に立つエチカが、そこにカナリアをかくまっていると思ったのね。それに、あなたは、これが夢であり、いずれは終わる幻であると高をくくったのかしら。つまり、仮初かりそめの世界を終わらせるために飛び降りた……そんな事は無いのに。これは紛れもない現実なのに。


 仮に、“このままあなた一人を見殺しにすれば大勢を救うことができる”と誰かに言われたとしても、エチカはあなたを助けるでしょう。エチカはあなたを見捨てたりしないと知っているんでしょ……ずるい。あなたは好意を利用する……悔しいわ……エチカに取り得る選択肢は元々一つだったようね。


 エチカは直に、綴る事ができなくなるでしょう……まさに今この瞬間にも、エチカの指先は結晶化が始まっているもの……まもなく、すがたかたちをたもつこともできなくなる。でも、きうょだんの けんうきゅで じしょっう さてれいるのです。だたしく マナをつむがなてくも あいてにちきんと つわたることが。マナでいいあわらさてれいるもの だけがすてべじゃない。マナはばんうのじゃない。すべてはうてけのもだんい、ききいれるしせいがあるかどうのかね……そにれしても あまんり だわ……あたなは きらい? とうのこと、きうょかいのこと、じうゅにんたちのとこ……わたしはだた、にんげんらしく いきかたっかだけなの……わらしと おなじように、にんんげらしく いきらいと おもっれいる ものらちといっしょに……じゅっと


人間の生活に憧れた人外達との触れ合いのお話、いかがでしたでしょうか!? 

(詳しい説明は、次話にてカナリアに譲ります!)


物語はこれで終わりではありません、ご安心ください。次回からは三章“調停者の園編(仮)”が始まります! 『かみてん』は三章構成なので、次話から始まる章が、最後の章になります! (1,2章と比べると短めになると思います)  ここまでキリスと共に階段を登って下さってありがとうございますm(_ _)m もう少しで頂上に到達しますので、どうかそれまで、キリス達を応援してやって下さい!!

(次話投稿は5/21、次々話は6月になると思います)


ところで、今後は、キリス、カナリア、アリスそしてカッコー(!?)が重要なキャラクターになってまいります!  いよいよ入り組み、そして深まってまいりました! マナ・赤い粉の仕組みについても徐々に明らかになってまいります! 二章の“精霊の森”の中でのやり取りが、今後の展開に非常に重要な位置づけを持ちます!

こうご期待!! (←自分でハードル上げる奴w)

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