序章 導かれし者
白い……虎?
見間違いだろうか?
ここは日本だ。
山の中に虎が住んでいるはずがない。
動物園やサーカスから逃げ出したのかもしれない。
いやでも、こんなド田舎に動物園、ましてやサーカスなんて来るわけがない。
それにもし逃げ出したのならニュースになっているはずだ。
「だとすれば……」
俺は何かに取り憑かれたように白い虎を目撃した森へ踏み込んでいった…
「はぁ…はぁ…。」
森へ踏み込んでから三十分。
俺は猛烈に後悔した。
始め辿っていた獣道もいつの間にか消え、日も暮れてきた。
ポケットからスマホを取り出すと画面には圏外と表示されている。
さすがにヤベェよな……
日は暮れてきたが、まだ蒸し暑く顔から汗が吹き出る。
もう帰ろう。
そう思った時だった。
微かに水の音がする。
ゴクリ……
渇いた喉が音を立てる。
……水だけ飲んで帰ろう。
そう思い再び俺は山の奥へ進むことにした。
歩きだしてすぐに川へ出た。
夕陽のオレンジ色が水に反射してとても綺麗だ。
川の水を手ですくって口に運ぶ。
「……ぷはぁ。」
ついでに山の中を歩き回って汗だくになった顔も洗う。
気持ちいい。
生き返った気分だ。
ふと、上流の方から何かの音が聞こえるのに気づいた。
継続的に鳴り響く音。
もしかして滝?
近くにあるのだろうか?
俺は興味本位で音の方へと歩いてみることにした。
二、三分歩くと本当に滝が見えてきた。
それ程大きくはないものの、大きな音をたてて水が流れていく姿は壮大だ。
もう少し近付こうと一歩踏み出して足を止めた。
……誰かいる。
滝壺に……誰か……
向こうを向いていて顔はわからないが、どうやら男性のようだ。
滝壺に使ってぼーっとしている感じだ。
すると男性が不意に振り返った。
「っ!?」
……別にやましい事はしていないのだが、思わず横にあった木の裏に隠れてしまった。
水から上がった音がする。
そして足音が確実にこちらに近付いてくる。
うわぁ……どうしよ。
やましい事はないのだが何て答えれば良いのだろうか?
まずは挨拶か?
いや、自己紹介か?
「おいっ。」
「はいぃっ!!」
声をかけられて俺は思わず木から飛び出した。
「うおっ!?」
男性は飛び出した俺に驚いて一歩後ずさった。
身長は俺より高く、少し見上げるぐらい。
肩まである黒髪。
耳には大量のピアス。
立派に割れた腹筋。
そして何より気になるのは……
「フンドシ……。」
「わざわざ口に出して言うな。恥ずかしいわ。」
そう言って男性……改めチャラめの兄ちゃんはフンドシを手で隠す仕草をする。
……何なんだ、この人。
「んで、少年。お前こんなとこで何してんの?」
「いや……別に。」
「え、何?覗き?」
兄ちゃんは「キャー」と言いながら胸を隠す。
「……。」
「ちょっとぐらい反応しようか。さすがに辛いわ。」
本当にこの人何なんだ。
「ま、おふざけはこの辺にして、本気でここで何してんの?日暮れたら帰れなくなるぞ?」
「何の気無しにふらっと森に入って……道、わからなくなっちゃって……」
「要するに迷子ね。」
「……はい。」
「んじゃ出口まで連れてってやるからちょっと待ってろ。」
「あ、お願いしますっ!」
「おう、任せろ。」
そう言って兄ちゃんはニカッと笑った。
兄ちゃんは川辺に置いた袋からタオルを持ち出して身体を拭く。
それにしても、厚い胸板に見事に割れた腹筋。
そして法被のようなものを羽織り、腰紐を巻く。
かっこいい……じゃなくて本当に何者なのだろうか?
「………あ。」
「ん?どうした、少年。」
「俺……ここの下流の水、飲んじゃった。」
「大当たりだな。イケメンの出汁がでてるぞ。」
「あぁぁぁぁぁーー。せめて美女が良かった。」
「俺だって結構レアキャラだぞ?」
「んな事知るかっ!」
「ええー、つらたん。」
「こっちのセリフだっ!」
すると兄ちゃんは腹を抱えて笑い出した。
俺もそれにつられて笑った。
「お前、おもしれぇな。」
「そりゃどうも。」
「んじゃ行くか。」
そう言うと、兄ちゃんはタオルとかを某夢の国の袋に詰めて立ち上がった。
……似合わない。
周囲を見回すともう薄暗くなっていたが、兄ちゃんは道なき道をスイスイ歩いて行く。
「あっ!」
「おっと、大丈夫か?」
危うくコケそうになったところで、兄ちゃんが腕を掴んで支えてくれた。
すげぇ力。
「あ、ありがとうございます。」
「悪ぃ悪ぃ。もうちょいゆっくり歩くわ。」
そう言うとニカッと笑って再び歩き出した。
「んで、なんでまたこんな所来たの?」
「え、だからふらっと森に入っちゃって……。」
「……本当に?」
「う、うん。」
「そ、じゃあ別にいいけど。」
なんだろう……今一瞬だけ兄ちゃんの雰囲気が違った気がする。
なんか、全て見透かされてるような……そんな感じ。
それにしても、
「アンタ、よくこんな山道覚えてるな。」
「ん?まぁここに居るのも長いからな。」
「一体何者?」
「この山の麓に神社あんの知ってるか?」
「え、まぁ。そこから入ってきたし。」
「俺は一応そこで住み込みで働いてる人間なんだわ。」
「え!?アンタが??」
「何?見えない??」
「全く。どっちかというとホストとかしてそう。」
「マジか…ちょっと本気でショックなんだけど。そんなチャラいか?俺。」
「うん。髪染めたら完璧だと思う。」
「うわ、絶対黒髪で通すわ。」
「染めてもいいじゃん。」
「言っとくけど俺って結構マジメちゃんだからな?」
「……。」
「本当だからな?」
「はいはい。」
「あーもう知んねぇ。そんな態度とるなら置いてくぞ?」
「子どもかっ!」
「心は今もピチピチだ。」
「………。」
「んな顔すんなって。」
ダラダラと話ながら暫く歩くと、灯が見えて来た。
見覚えのある神社の境内だ。
「ここまで来たらもう大丈夫か?アレだったら家まで送るぞ?」
「あ、もう大丈夫。」
「……本当に大丈夫なんだな?」
「え、うん。」
……まただ。
さっきと同じ変な感じ。
「んじゃ、気を付けて帰れよ。」
「えっと、今日はありがとう。」
「おう。何かあったらまたいつでも来い。」
「うん。じゃあ、また。」
「じゃあな。」
俺は兄ちゃんに手を振って神社を後にした。
これが俺たちの出会い。
まさかコイツと
こんなにも長い付き合いになるなんて
この時は
想像すらしていなかった……
******
「茜、葵。」
「ん?何?」
「さっきの少年の後を追って欲しい。」
「なんで?」
「ちょっと気になるんだわ。何かあったら俺に報告してくれ。」
「ん、分かった。ウチらに任せぃ。葵、行くで。」
「……御意。」
「……何もねぇといいんだがな。」
序章 導かれし者
-END-
この度はこの作品を閲覧していただき誠にありがとうございます。
メインストーリーは少しシリアスなものの、明るく楽しい主人公たちの少し変わった日常を楽しんで頂ければ幸いです。
亀更新ですが少しづつ書き進めたいと思っておりますので、もし気に入って頂けたなら今後もよろしくお願い致します。