炭酸大好き人間
西暦千九百十六年、生物を零から人為的に作成する技術がある科学者三名により確立された。
鋼の翼を持つ鳥、無数の足で立つ一つ目の怪物、鉛筆の形をした哺乳類など様々な形、特性を有した生物が作られた。
しかし、今から百年前に発見されたその技術は世界に大きな混乱を与えることが容易に想像できたため、最高機密事項とされた。
人造生物は「Q」とよばれ、秘密組織「研究団」の元に現在も作成、研究されている。
炭酸飲料が今日もうまい。しゅわしゅわと音を立て、冷たさを伴いながら胃の中に落ちていく。
舌と喉に微かに残る微細な泡の弾けた感覚と爽やかな甘み。たまらない。実にたまらない。やっぱり炭酸は最高だ。これがなきゃ生きていけない自信がある。
本日九本目の炭酸飲料を味わっていると不意に、ここFLOGチームナインの研究室のドアが開く。俺はちょうどドアの真ん前にいて、しかもドアを見ていたので音と映像両方でドアの開放を知ることになった。
やや早めの速度で開かれていたドアは九十度ほど開いたところで、静止した。
俺としっかり目を合わせた来訪者は御美足 巫衣子。我が研究団Q作成研究部門FLOGチームナインの副班長。十六歳の現役高校二年生兼秘密組織の研究員。普段は誰彼構わず柔和な笑顔を振りまき、キレると誰彼構わず鬼の形相で殴り倒す今時の女子。
身長百七十一センチ、体重五十キロだったか。背が高いのを気にしてる。顔は童顔、美人っつーより可愛いよりか。目がでけぇ。髪はセミロングで前髪は分けたりしてない。両方のこめかみのところに目玉焼きの黄身赤バージョンの髪飾りをつけている。これがよく分からない。
服装は丈の短い白衣にこれまた丈の短い紺のスカート。膝上までしかない。靴下はくるぶしまでの白。最後に靴は白と黒のスニーカー。
若干私意的な紹介だが概ねこんなところ。
そんな彼女の今の表情といえば笑顔のなりそこないみたいな微妙なものだ。なにかあったのだろうか?
「なにしてんの?」
おや、どうやら俺に向けての言葉らしい。ということは、俺がなにかやっているから部屋の前でドアノブを握りながら静止しているようだ。
分からない…なにが変なんだ?
言い忘れていたが、俺は炭酸飲料の更なる味わい方の模索のためにブリッジの体勢で炭酸飲料を飲んでいだけだ。ドアの前にいたのもたまたまで、全くもっておかしなことはない。
とりあえず謎の質問への返答のために体を支えている右手をペットボトルへ伸ばす。うわ、結構キツイなコレ。
ボトルを床に置き、口を開く。
「実験だよ、炭酸の更なる味わい方を探してんだ」
「はあ…へえ、で、結果は?」
「この体勢だと普段とは違った香りと刺激を楽しめる、結果をまとめて近々論文にしようと思う」
趣味として始めたことだったのだが、あまりにも革新的すぎて全世界に伝えずにはいられなくなってしまった。炭酸のことを、一人でも多くより深く知って欲しいのである。
「そ、そう…頑張って」
と控えめな応援を残し、俺の脇を通り巫衣子は自分のデスクへ向かう。
結局どうして止まっていたのか分からなかったが、まあどうでもいい。
俺は研究の続行のため再び炭酸を手に取り、口に固定しブリッジの体勢をとる。
巫衣子のなんかの用紙にシャーペンを滑らせる音と、俺の炭酸を胃に流し込む音、遠くの蝉の鳴き声だけが部屋を埋める。七十パーセント静寂。あれ、静寂じゃねえか、それ。
しっかし、やっぱ炭酸がうめえ。いくらでも飲めるな…。
そういやそろそろ、大手飲料メーカーの最新作の炭酸が発売らしい。かりんとうサイダーというイかれた商品だが、なに、炭酸ならうまいに決まってる。今から楽しみだ…。
おっと、自己紹介がまだだった。
俺は九乃 六研究団Q開発研究部門FLOGチームナインの班長で、巫衣子と同じ十六歳の高校二年生兼研究員だ。
趣味は炭酸飲料を飲むこと。世界で一番好きなものは炭酸飲料。
夢は世界一うまい炭酸を飲むこと…。まあ、どこにでもいる普通の高校生兼研究員だ。
どうぞよろしく。
読んでいただきありがとうございございます。ぼちぼち続けていこうと思ってます。