G・Wの終わり
G・Wも遂に最終日を迎え、お昼のピークを終える。私と翼おねぇちゃんは、夕方のピークに備えて、喫茶店前で風船配りをする事になった。
「カレーの美味しい喫茶店、唐辛子亭です」
「紅茶も美味しいですよー」
目の前は、車が一方だけ走れるぐらいのアスファルトが広がっている。その隅を年齢層の幅広い人達が歩いていく。
「ママー! 風船だよー」
小学1年生ぐらいの男の子と、そのお母さんが私の目の前を通ったので、手に持っているダックスフンドの風船を渡す。
「よかったらどうぞー」
「おねぇちゃんありがとうー」
男の子は凄く喜んでくれて、何だか私も嬉しかった。
ふと、隣を見ると翼おねぇちゃんが、物凄くテキパキと風船を配っていた。
「唐辛子亭でーす。アーモンドバターのカレーは如何ですか? アールグレイの紅茶がおススメですよー」
私が一つ風船を配っている間に、10人ぐらい風船を配り終えている。翼さん、めちゃくちゃ早い。
「翼さん、どうやったらそんなに早く配れるんですか?」
「え? うーん……、コツは足かな?」
「足?」
「そう、例えば——」
翼さんは、一歩足を前に出すと、両足の踵を軸にくるりと瞬時に後ろへと振り返った。
「こうすれば、無駄な動き無く、後ろへ向く事ができます。方向転換は多分これが一番早いと思います」
「花見流剣術の足捌きみたい」
「そうだね。花見さんや、キリを見て真似したんだよ。腕はこうやって、残像が見えるぐらいに風船を差し出す。こうすると一回で三人ぐらい配れます」
「それは人間技じゃないですよ」
人間離れした技で、翼さんは一気に三人の人に風船を配って見せた。受け取らなかった人も居たけど、背中にテープで風船を張り付けている。手早い。
「あのほぅ、そこ可愛らしいお嬢さん。少しお尋ねしてもよろしいですかな? デュフフ」
メガネを掛けた、小太りなお兄さんが声を掛けて来た。
「はい、どうかしましたか?」
「この辺りで、『悪戯に小生意気』というお店をしらないですかな? その……使用人というか……女の子の喫茶店なのですが!」
「メイド喫茶の事ですか?」
「オゥフ! ストレートな発言キタコレですね! 拙者、別にそのメイドが良いフォカヌポウ! 拙者これではまるでメイドが好きみたい! 拙者メイド好きではござらんのでコポォ!」
ふぉかぬぽう? コポォ? どうしよう何を言っているのか全く分からない。
「メ……メイド喫茶なら、目の前にありますよ。あちらに……」
おそるおそる指を差す方向には、メイド喫茶がある。店の前には高校生ぐらいから20代前半ぐらいのお姉さん達がチラシ配りをしていた。
「ドプフォ! いやいや忝い! 私みたいに一歩引いた見方をするとですね! そこのメイド喫茶には純粋によく出来ているなぁとネット情報がですね! デュフフ! で……ではこれにて失敬!」
そう言ってメガネを掛けたお兄さんは、メイド喫茶へと足を運んで行った。
「翼さん、今の人は一体何だったんでしょう?」
「桜桃ちゃん。世の中には知らなくて良い事もあるんだよ」
そんな時、一台の赤い車が目の前で止まる。変わった車で、前輪は一輪で、前へ飛び出す様に突き出ている。後輪は二輪で、バランスを取っているみたい。中はオープンカーみたいで天井が無く、運転席と助手席しかないスペース。
運転席には、赤の長い髪にサングラスをした女性。サングラスを外すとアル子さんだった。
「やっほー! 繁盛しているかい?」
「アル子さん、すっごい車乗ってますね!」と翼さんが目を輝かせていた。
「カッケェだろう? 自信作なんだ」
「自信作って、もしかしてアル子さんが作ったんですか? この車」
アル子さんって、いつもお酒飲んでるイメージなんだけど、意外と凄い人なのかも。
「凄いだろう? しかもだな、このボタンを押すとだな!」
ハンドルの横辺りにあるボタンを押すと、アル子さんの車の前輪の辺りから、何かが飛び出した。
「ザリガニが飛び出すんだ」
車から飛び出て来たザリガニが、ゆっくり放物線を描いてはアスファルトを着地した後、のそのそと歩いていく。
「「……で?」」
「二人して『……で?』とか言われても」
「このザリガニ発射機能に一体何の意味があるんです?」
「意味なんて必要ないのさ! 大事なのは、ザリガニが飛び出る車というロマンにあるのさぁ!」
ザリガニに、何のロマンを感じたのだろうか?
「ゲームで、亀を飛ばすのを見てさぁ、私ならザリガニだなぁーと、常々思い続けた結果がこれだよ」
「ヤリオカートじゃないですか!」
「駄目ですよ、生き物を武器にしては!」と翼おねぇちゃん。
「ちなみに、ここのボタンを押すとミサイルが出て来るぞ」
「「絶対押しちゃ駄目ですからね!!」」
本当に、なんてものを作っているんだろう?
「まあまあ、とりあえず翼ちゃん、ビール頂戴! ビール!」
「アル子さん、飲酒運転は駄目ですよ! 当店では、お車でお越しの方には、お酒は出せませんからね!」
「う……わかったよ。車置いて来るからさー。だからビール、冷やしておいてよ?」
そういって、アル子さんはアクセルを踏む。すると急に後ろへ下がって30mぐらいバックした所で、建っていたポストに激突した。
アル子さんの車は煙を上げて、大きな音が聞こえると同時に爆発を起こした。
大きな人だかりが出来た後、やってきた救急車に運ばれるアル子さん。……大丈夫なのかなぁ?
「これは一体何の騒ぎですの?」
隣には、紫色のおかっぱの髪をしたメイドさんが居た。確かユマちゃんだっけ?
「あら? 貴方は確か……」
「桜桃です。唐辛子亭の店長の娘です」
「……ふぅん。所で白兎は? 今日は白兎は来てませんの?」
「僕ならここだよ?」
後ろを振り返ると、グニグニを頭に乗っけた白兎君が居た。
「まぁ、白兎!」と、ユマちゃんは、私を押し退け、白兎君に近付いては両手を掴んだ。
「どうです? 今日は私とティータイムを致しません事?」
「ええ? でも僕、お金持ってきてないよ?」
「いいんですのよ、お代なんて。白兎の顔を見ればお釣りがでてきますわよ。さ、早く早く!」
そして白兎君は、ユマちゃんに言われるがまま、メイド喫茶に入って行った。
「いいの? 白兎君取られちゃったよ?」
「え? ち、違いますよ。私と白兎君はそんな関係じゃないですってば!」翼さんの言葉に、つい驚いてしまった。
「え? そうなの? いつも仲良くしているから、てっきりボーイフレンドなのかなと」
「違いますよー!」
やだ、何か恥ずかしくなってきた。白兎君とは、ボーイフレンドとか、そういうのじゃない。
「ふぅん。じゃあどういう関係なのかな―?」と、翼さんが悪い顔している。
「え、えっと……」
私と白兎君は、どういう関係なのだろう? 一緒に悪魔をやっつける友達……なのだから。
「あ、悪友です!」
「悪友なの!?」
あ、これじゃ意味が全然違うような!
「桜桃ちゃん! 何? 白兎君に脅されているの? まさか! 桜桃ちゃんだけに、強請られたりしちゃっているわけ!? 可愛い顔してなんとまぁ!」
「わぁ! 今のは、言葉のあやです! 間違い間違い!」
「おい、いつまで風船配りやっているんだ!」
いつの間にか、お父さんがお店の前に居た。
「もう、お客さん入り始めたから、手伝ってくれ」
「「はーい!!」」
とりあえず、この場は収まったみたい。恥ずかしい顔を隠す様に店に戻る。
◇◇
その日の夜、最後のG・Wのピークは、かなり忙しかった。
ピークを過ぎて落ち着いた頃に、なんとアル子さんが来てびっくりした。
「あれ? アル子さん、病院に運ばれていませんでした?」と、翼さんもびっくりしている。
「うん、運ばれたよー。でもこの通り、ピンピンさ!」
あの爆発で、無事だったなんて……。
「そんなわけで、キンキンに冷えたビール一つ!」
翼さんがジョッキグラスを、アル子さんの前に置くと、それを一気に飲みほす。
「ぷっはー! ……麦茶だこれ」
「アル子さん! 無事だったのかもしれませんけど、救急車に運ばれているんですから、今日はお酒、飲まないで下さいね」
「がぁん……そんなぁ!」
その日のアル子さんは、麦茶をヤケ飲みしては悲しそうな顔をしていた。




