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「今何時だ」

「13時です」

「フウコから連絡はあったか?」

「ありません」

計画通りだ、とイブは微笑む。娘は、フウコという試練をクリアしたのだ。

「揚陸せよ」

「わかりました」艦長はそういうと機関室へと向かって去って行った。

 イブは居住室から出てメルローズの船首方向へと続く、大人がすれ違うのがやっとの狭い通路を進む。そのまま脱出ポッドへ接続する扉を潜り抜けた。

「準備完了しました」

 先に脱出ポッドに乗り込んでいた船員2人がイブの姿を見るなり後ろを向いて立ち、頭を下げた。イブが手をひらりと振って座れと促すと、船員は後ろに向き直って座る。ポッドは大型のワゴン車程度の広さで、6つのシートが並んでいる。

「イブ、それでは行きましょう」

 艦長がそう言いつつ乗組員を1人引き連れてポッドに入ってきた。

「お前はまだ残らねばならないのではないか?艦長」

「最後のお見送り位はさせてください。イブを見送った後、私は艦に戻ります」

「……まあいいだろう」

全員がシートに腰掛けると一番前に座る乗組員が「離艦します」と告げると、暫く機関の動く音が聞こえ、やがてそれが途切れるとポッド全体が上昇し始めた。

「本当に最後ですね」イブの隣に座った艦長が言う。

「そうだな。最後だ」

「貴女について行くのは大変でしたよ。イブ。今だから言わせてもらいますが。随分無理な要求をされてきましたし、死にかけたことも何度もあった」

「……」

「それでも私がこの組織を辞めなかったのは、貴女に恩があったからだ。貴女は、トーキョーの震災で孤児になった私を拾い、その後もずっと世話をしていただいた。私がスネークヘッドに拉致られ拷問を受け、指を一つずつ切断されていた時も、貴女はどうやったのかは知らないがその現場を探し出して直々に助けに来てくれた」

「あれは……まぐれだ。たまたまお前の居場所がわかっただけだ」

「いいえ、それは嘘です」そう言うと艦長は俯き、イブの両手を握った。「貴女はいつも、私以外の部下の危機も察知して手を尽くし、絶対に助けてくれた。そして今も、私の生活のことを考えて住処を用意してくださっている。感謝の言葉を尽くしても尽くしても決して足りることなどないでしょう」

 そう言うと艦長はくぅっ、と言うような声を上げ、鼻をすすり始めた。イブの手に温かい滴がぽたり、ぽたりと落ちる。イブは溜息を吐きつつ上を向いて目頭が熱くなったのを誤魔化す。

「それはこちらの台詞だ。艦長。私のフィーリアたちは皆、文字通り私の手足となって働いてくれた。お前たちが危険な時に私が行くのは必然だ。お前たちを危険な目に合わせている張本人はこの私なのだからな。それが筋と言うものだ。だからそこまで畏まられると困るのだ。私の方こそお前たちに感謝してもしきれない」

「イブ、どうか思い止まってください。感謝してもしきれないと思っているなら、生きて俺達のそばに……」

それは弱々しい一言だった。無理だと分かっていても発せずにはいられない、そんな一言だった。

「わかってくれ。潮時なんだ。いつまでも老人が上に居座っているような組織に良い未来は期待できない。池の底に溜まって澱んだ水が腐って悪臭を放つように、な。古い水を捨てて新たな水を入れなければならん。そして新たな水があの子なのだ。私ら老兵は捨てなければならない」

「だったらアルヴェアーレを抜けるだけでいいじゃないですか!それを何故、死ぬなどと……」

「私はもう疲れたのさ。私は好きで30年も生きてたわけじゃない。私が死ねば路頭に迷う人間が沢山いたから仕方なく生きてきた。そして30年の間にその人数は増える一方だった。そして今や、あの子がいる。私からあの子に引き継ぐ準備ができているんだよ。あの子が引き継いで私がいなくなれば私にはもう生きる理由が無い。それに私はあの子を育てるためにあの子の心に憎悪を植え付けた」

昔私がされたのと同じように、とイブは内心で呟く。

「あの子が私を目の前にしておいて生かしておくなんてあり得ると思うか?ここまで実力でのし上がってきたあの子には私を殺す権利があるし、私を殺さないという選択肢はあの子には無いはずだし、彼女が私を殺したいと願うのならば甘んじて受けるのが筋だ」

 艦長は言い返さず、ポッド内に沈黙が下りた。

 そのまま暫くすると少しずつポッド内が明るくなってきて、海面までもうすぐだとイブは知る。別れの時が近付いていた。

「わかった、やっぱりやめよう。計画を変更する。私はあの子に今から会う。だがその後私は絶対に生きて逃げのびてみせる」

その言葉に艦長が顔を上げた。

「だが、フウコや艦長と会えるのが何年先になるかはわからない。艦長は下手に動けばあの子に所在を知られて殺されることになりかねないし、あの子から逃げのびた私はそれ以上に危険だ。だが必ず、何年後か何十年後かは解らないがどこかで会えるはずだ」

「……わかりました」

 ポッドの上昇が止まり、ポッド前方の窓からポッド内へ陽光が燦々と降り注ぐ。

「確かにこの耳で聞きました。約束ですよ、イブ」

「ああ、私の方から会いに行こう。だからお前は私の用意した場所で待っておけ。私からの最後の命令だ」

艦長は頷くのと同時にぷしゅうと音がしてポッドの脱出口が開いた。

「ではお別れだ、艦長……くれぐれも元気にやれ」

「待ってくださいよ。最後くらい、ちゃんと名前で呼んでくださいよ」

 少し元気を取り戻したふうに艦長が言い、イブは思わず微笑んだ。

「何がおかしいんですか」

「いや、なんでもない。それじゃこれで本当に最後だ。さようなら」

そう言うとイブは艦長の名前を口にした。


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