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シャトルが小さく揺れ、イブはティーカップを持つ手を止めた。どうやらメルローズが到着したらしい、と判断し、イブはシャトル内の小さなテーブルの上を片付け始める。シャトル内はヴィクトリアン調にまとめられた小部屋のような内装になっていて、床には絨毯が敷かれ、装飾のついたテーブルと椅子が一つずつ置かれている。
3分ほど断続的にシャトルが揺れ続けたかと思うと、一旦揺れが止まり、再び揺れが再開した。メルローズのロボットアームがシャトルを捕捉し、海中に定位するメルローズ内部へと格納しようとしているのだ。
潜水深度が大きくなるにつれ、シャトルの小窓から覗く海水の色が暗くなっていく。水圧でシャトルの外殻が弾性変形し、ギシギシと軋む。暫くしてガクン、と大きな揺れが一つしたかと思うと、静かになった。やがて蒸気が吹き出すような音がして、シャトルの小部屋にたった一つだけある小さな扉が開いた。
「イブ、お迎えにあがりました」
扉が開くと共に、メルローズの艦長が顔を出した。
「メルローズの調子はどうだ?」
「問題ありません」
「マニュアルは作ったのか?」
「一週間前に完成しています。操縦、メンテナンス、リペア全てにおいて万全です」
「いいぞ。お前の任務も今日で終わりだ。長い間良く働いてくれた」
「ええ、おっしゃる通りです」
「メルローズの艦長になって最初は大変だったろう」
「そうですね。それまで門番をやっていたのがいきなり潜水艦に乗るわけですから。当時は工学の本やら何やら色々読み漁りましたし、メンテナンス要員を集めるのも大変でした」
目を細めながら艦長が言う。
「昔は潜水艦の能力も高くは無かったですしね。おかげでスネークヘッドの奴らに襲撃されたことがありましたな。それからでしたっけ、宇宙ステーションの建造を始めたのは」
「そうだな。あのチャイニーズ共のおかげで随分と出費をしたものだ。あれを機に我がアルヴェアーレとスネークヘッドは本格的な抗争に入った。一応、ニホンから奴らを追い出してからは沈静化したわけだが、奴らとは依然として絶交状態にある。死ぬ前に一度蛇王と話をして見ても良かったかもしれんな。30年ほど話もしていないことだし。奴は私が死ぬとわかれば上機嫌で相手をしてくれそうだしな」
「……イブ、私はやはり貴女を置いて行くことに抵抗があります。どうか、考え直すか私をお供にするかしてください」
「よせ。私は今までお前たちに仕事を押し付け、迷惑をかけ続けてきた。冥土の土産にお前たちには安らかな余生を贈りたい。いや、贈らなければ気が済まないし、受け取らないのは許さない」
「しかし」
「今まで長い間ご苦労だった」
艦長の声を遮り、イブは扉をくぐってメルローズの中へと入っていった。