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 イブは、窓から見える地球をじっと見ていた。その表面に広大な水を湛えた青い生命の星を見るのを、彼女は好んでいた。

 生き長らえるために地球を捨ててここに来てからもう20年か、とイブは考える。どうにか部下たちの世話をやり遂げ、その始末をつけるのに30年もかかってしまった。そのためだけに30年間生きてきたと言ってもいい。つい最近、ずっと後回しにしてきた、私の右腕となって働いていた男の家族も始末をつけた。彼らは犯罪とは縁の無い人生を送ることができるだろう。それが、私が自分に課した最後から2番目の仕事だった。そして、最後の仕事ももうすぐ終わる。そう考えつつ彼女はシガーを取り出してその先に火をつけた。

 イブは分厚い窓ガラスを通して青い母星を見ながら、彼女にしては珍しく感傷に浸っていた。それは、彼女が地上へ降りて長期休暇を、永遠の眠りを手にすることへの代償でもあった。

 今までの30年間、私は義務感だけで生きてきた。そうイブは心の中で呟く。私のために働いてくれた者たちのために生き、彼らの未来がなるべく幸せになるよう手を尽くしてきたつもりだ。そしてその為に他の無関係な人々の生を踏みにじり、そしていつの間にか組織も大きく成長してしまった。罪深い人生だ。もっとも、そんなこと大して気にしちゃいないが。

 そんなことを考えていると、デスクの上の電話が鳴った。

「もしもし?」

「イブ、私です。」

聞き慣れた男の声。私の右腕として長年働いてきた男の声だった。

「計画は順調です。明日、オマエザキ灯台に予定通り入ります」

「そうか」

「イブ、私はこの計画に納得したわけではありません。明日は全力で挑むつもりです。もし私が奴に勝てなら、どうか計画を中止してください。どのような処罰でも甘んじて受けますから」

「それは無理だ、フウコ。私はもう疲れた。30年前から義務感だけで生きてきたんだ。それにあの子が私を生かしておくはずが無いのはわかっているだろう?」

「しかし……あの小娘にイブが殺されるのを見過ごすことは……私には……とても辛い」

「その点については前に詫びたはずだ。そして、お前は最終的には私の言うことを受け入れてくれた。今さらそれを取り下げるなど認めないぞ」

 電話口に沈黙が降りた。

「……フウコ、私の右腕となって働いてくれたお前だからこそ頼める仕事なのだ。どうか、私の最後の我儘だと思って聞いてはくれないか」

「……」

「聞いてくれるな?」

「……はい」

「ありがとう。期待してるぞ」

「さようなら、イブ……そして、貴方を愛しています……さようなら」

その声に答えず、イブは受話器を置いた。溜息を吐く。幼い頃、孤児院で知り合い、ずっと私についてきてくれた男。私にとって唯一の家族だった。そんな男に全てを預けて私だけ一足先に三途の川を渡ることがどれだけ残酷なことか。

 ふと、イブは30年前の一件を思い出し、古傷が疼くような感覚と、胸にチクリとした痛みを感じた。30年前、イブは銃弾を2発打ち込まれた。その代わりにその銃弾を放った男にその倍以上の銃弾を叩き込み、殺した。イブはその傷を作った男を恨んだことはなかった。むしろあの日のことを思い出すたびに悲しみと後悔を繰り返した。そして今、彼女はそれと似たようなことを娘にさせようとしていた。良心が痛まないと言えば嘘になるが、計画を中止することはできない。20年前から準備してきた計画なのだ。今さら中止できるはずも無い。結局私は自分の都合を一番に優先させる女なのだ。そう彼女は自嘲気味に笑う。だがそれでいい。それでよかった。

 思索を終えるとイブは立ち上がり、地上へ行くための準備を始めた。白を基調とした船内を進み、シャトルの発射準備ができているか最終確認を行う。彼女はステーションの擬似重力発生装置の電源を切ってシャトルに乗り込むと、着地地点の座標を設定し、最後に射出ボタンを押した。


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