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「お疲れ様です、ヤマトさん」
ヤマトが面倒な手順を踏んで地下事務所へと帰ってくると、スドウのハキハキした声がヤマトを出迎えた。
「仕事はどうだ」
「はい、監視カメラの映像は回収しました。電話でおっしゃった5人については、名前だけでは限界がありまして……おそらく今回の日本への渡航一度限りの偽名かと」
「写真がある」
ヤマトは、デスクの上に5枚のパスポートを置いた。
「調べろ」
「はい」
「それからトラ屋の件はどうなった?」
「取り敢えず現物をフクオカの事務所に納めさせはしましたが、奴らタンザクを出し渋って、取引現場襲った奴を調べ上げてワタすからそれで許してくれとほざいてます」
「両方やらせろ。タンザクは通常の倍、50億。今月中に。取引を襲った奴を捕まえさせて、生かしてここへ持って来させろ。マトモに話せる状態でな。絶対にワタすな。そいつのマジカンを吐かせてから殺す」
「わかりました」
「プロドートは誰かわかったか?」
「現在情報収集中です。トラ屋が他所へタレ込んだ可能性もありますが、ヤマトさんの言う通り、イブの仕業というセンも十分考えられます」
「考えられます、だと?」
ヤマトはデスクの引き出しからベレッタ92を取り出して左手に持ち、右手の人さし指でデスクをコツコツと叩きながら苛立ちを露わに言う。
「まだプロドートが誰か突き止めてないのか?あのトラ屋との現物渡しの現場、邪魔されてからいくら経ったと思ってる?半月だぞ!遅すぎる」
「すみません」
スドウが言い終わるや否や、ヤマトは右腕を上げ、ベレッタの引き金を引いた。地下室中に鋭い銃声が響き渡り、ヤマトとスドウの耳を劈いた。
「私を失望させるな。お前を失うのは私の本意では無い。お前は私が大事に育てた部下なんだから当然だ。が、結果が伴わなければ始末しなければならん。それがアルヴェアーレという組織だ」
「はい」
強張った顔をして、スドウは頷く。ヤマトのベレッタから放たれた弾丸はスドウの頬にかすり傷を残し、背後の壁に突き刺さっていた。銃器の扱いに長けたヤマトだからこそ出来る芸当。
「我々は極限まで利益を追求する、究極の営利団体だ。利益を生むものには何でも貪欲に手を出すし、手段も選ばない。その一方で利益を生まないものは切り捨て、コストを削減する。例えそれが人間であってもだ」
「はい」
「それと、リボルタは予定通り3日後に行う。それまでに必ずプロドートを見つけてそいつのマジカンを吐かせろ」
スドウが頷くのを見てとると、ヤマトは上半身を乗り出し、スドウの唇に自らの唇を重ねた。驚愕の表情を浮かべたスドウに構わず、ヤマトはそのまま舌を差し入れる。数秒遅れて、スドウも舌を動かし、束の間二人はお互いの口内を貪った。
「期待してるぞ」
10秒間ほどの長いキスを終え、惚けたような表情をしたスドウを差し置いてヤマトは笑顔を作り、そう言うと、自らのデスクへ戻った。
「どうした、さっさと仕事を始めろ」
その声に我に返ったように、スドウは慌てて携帯電話を取り出し、耳に当てようとしてその手を止めた。
「ヤマトさん、その、今のは」
「仕事をしろ」
スドウは開きかけた口を閉じ、黙って頷くと、今度はしっかりと携帯電話を握りしめて電話をかけ始めた。
スドウが電話に向かって怒鳴る声を聞きながら、ヤマトはフウコから受け取った封筒をペーパーナイフで開封する。イブからの指令は、イブ直筆の紙媒体でフウコを通して渡されるのが通例だった。非常にアナログな方法だが、機密保持の点で優れているというのも事実だった。少なくとも電子データのように遠く離れたどこかからクラッキングされる心配は無い。
折りたたまれたA4版のコピー用紙を開き、ヤマトは暫く瞬きすら忘れてそこに書かれた文面を凝視していた。
「スドウ」
ヤマトが出した声はいつもよりもわずかに細く、掠れていた。
「はい」
漸くいつもの冷静さを取り戻した部下は、そんなヤマトの変化に気付くことなく、ヤマトの顔を真っ直ぐ見た。
「確認するが、イブがいつも金曜に現れるスルガの灯台の名前は?」
「オマエザキ灯台です」
ヤマトが目を落としている紙には、こう書かれていた。
ヤマト、私が最も愛する娘へ
一、これは極秘任務である。ヤマト一人で遂行すること。情報の漏洩は許可しない。
二、明日、オマエザキ灯台に16時半。
三、目標は灯台内の男一人。
四、ヤマト単独で任務を遂行すること。複数人での任務遂行は許可しない。
五、武器はベレッタ92を灯台内に準備しておく。指定時刻より前に灯台へ行き、準備しておいたベレッタで殺せ。
六、上記の条件を達成できなかった場合、ヤマト及びヤマトの部下全員、その家族を含めて制裁を与える。こちらにはその用意がある。
イブより