3
全くもって非道い話だ。イブはそう苦笑しながら久々にシガーを取り出した。ここ30年ほど吸っていなかった時代錯誤の嗜好品。需要が減った関係で、30年前の5倍以上の値段がしたそれを突然吸ってみたくなったのは、もう長生きする必要が無くなったからだろう、と自己分析する。
シガーに火をつけて煙を肺いっぱいに吸い込むと、懐かしい香りが広がり、煙が己の気管をチクチクと刺激する。
「非道い話だ」
今度は口に出して言う。それは、イブがこれから実行しようとしている娘への仕打ちに対する感想だった。30年前、イブ自身が同じ仕打ちをされたのを思い出す。思い出す度に古傷が疼く。当時は激しく憤ったものだった。しかし。当時、その憤りのやり場は無かった。そういう風に仕組まれていたのだ。彼女にできたことは、目の前に山積みとなって立ちはだかった課題を必死にこなすことだけだった。彼女がそうせざるを得なかったのは、人の繋がりの糸に絡め取られ、組織という化け物に取り込まれた結果だった。それも全て仕組まれたことだった。
そして、今。イブは、自身が仕掛けられた罠と同じ様な罠を娘に仕掛けようとしていた。そこに、彼女個人の意思は無いに等しかった。彼女の周囲の人間、あるいはアルヴェアーレという組織の思惑が、彼女を通して仕事をしているにすぎなかった。と、そこまで考えてイブは苦笑した。自己欺瞞だ。彼女は自分を嘲笑う。己が娘を罠にかけることに対する罪悪感から逃れたいが故の自己欺瞞。あるいは、昔の自分自身を裏切ることに対する罪の意識からの逃亡。後者の方がより真実に近いだろう。
結局、私は私が一番大事で、他人のことなど二の次、そういう人間なのだと、彼女は自嘲する。しかし同時に、彼女はそんな自分自身を嫌っているわけでもなかった。いや、むしろ好ましく思っていた。他人は二の次一番は自分という事実を受け止めること。それは強者の条件だと彼女は考えていた。そして同時に、彼女は自らが強くあることを望んでいた。