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イブは約束の場所でひとりぽつんと座って娘を、彼女の後を継ぐ器を持ったフィーリアを、待っていた。私はもうすぐ殺される。これまで多くの死を見てきた彼女にとって、自分の死と言うものはかなりリアルに想像できる代物だった。

およそ50年ぶりに訪れた故郷は、すっかり様変わりしていた。高級住宅街とまではいかないものの、小奇麗なアパートや一戸建ての家が立ち並んでいる。治安も良い。彼女はそのことを寂しく感じないではなかったが、それが当たり前であることも重々承知していた。思い出の場所が愛おしく感じられるのは、それが思い出の中だからに過ぎない。

「酷い話だ」

そう呟いて、イブは自らを嘲う。自らに負わされた酷い仕打ちを、彼女はほぼそっくりそのまま、自分の下の世代に負わせていた。違ったところと言えば、フウコの処遇と、最後のイブの継承を行う場所、つまり今イブがいるこの場所、それぐらいのものだろう。その他の仕打ち、多数の次代イブ候補の作成、選別、淘汰、そして最終候補の組織への組み込みと呪縛、全て行ってきた。

やがて、待ち人が現れた気配がして、イブは口を開いた。

「来たね。中に入ってくれ」

扉を開けて入ってきた娘は、強い光を目に宿し、真っ直ぐにイブを見つめていた。「久しぶりだな」

イブが、目の前の娘の本名を呼ぶと、娘は苦々しげに「知っていたのか」と言った。私の30年前とそっくりそのままだ。イブはそう思う。娘の外見も、話す内容も。違うのはフウコの処遇と、この場所だけ。ああ、それと。イブは新たな相違点を見出した。30年前に生きていた先代のイブはまだ、宇宙ステーションも原子力潜水艦も所有していなかった。

娘との対話は長く続いた。娘は自らの出生の秘密を知って激昂し、混乱し、さらに自らに仕掛けられた罠に再び激昂し、だが諦め、最後にはそれを受け入れた。

「何故フウコを私に狙わせた?」

イブは娘を無視し、質問で返した。

「フウコは元気か?」

「ああ。殺しかけたが危うく命は取り留めたよ」

その返答にほっと胸をなでおろしつつ、イブはふと、先程別れたばかりの艦長を思い出した。艦長の名前はハヤカワといった。30年前は事務所の守衛をしていたハヤカワ。お前と会う約束は守れそうもない、とイブは心の中で謝った。

思索を止め、投げかけたイブの視線の先に、彼女を見据える娘の姿があった。見れば見るほど、私と瓜二つだ。そうイブは思う。それも当然だった。なぜなら娘は、イブのクローンだったからだ。自身のDNAと全く等しい塩基配列を持つ娘。イブの脳裏に30年前の記憶が走馬灯のように巡った。

「何故こんなところに呼び出した?リオデジャネイロなんて、ニホンの裏側じゃないか」

「私の生まれ故郷がここだからだ。死ぬならここでとずっと前から決めていた。50年前、ここはファヴェーラと呼ばれるブラジルで一番危険な貧民街だったんだ」

あのころの私は若かった。今目の前に立つ娘と30年前の己の姿をイブは重ね合わせる。今の私は30年前のケイコと同じように、娘の目には映っているのだろうか。

「フウコの本名を教えろ。聞いても奴は全然言おうとしないんだ」

娘がそう言ったのを聞き、イブは口を開いた。

「スドウだ。日系ブラジル人で、私の幼馴染だ」

スドウ。リオにいた時からずっと私に付いてきてくれた部下。私の右腕。だからフウコの称号を与えた。

「最後の質問だ。イブ。貴様の本名を教えろ」

イブは30年以上誰にも名乗らなかった、古く懐かしい自らのその名を口にした。

「私の名はエレナ。エレナ・リタ・アマガサキ・シルバ」

(了)


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