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行商人の弥助さん

 庭にうずくまる男にジンちゃんが声を掛ける。


「さて、弥助とやら、畏まることはない、面を上げよ。直答を赦す」

「ひゃい!」


 ………………………………


 いやあ、失敗しちゃったよ。九兵衛さんが常識(この時代の)を働かせ、ジンちゃんが(この時代に合わせて)勿体ぶったため、酷い事になってます。


 弥助さん目線で時系列に書いてみよう。


 九兵衛さんに止ん事無やんごとなき人から話があると言われ足止め。

 ドキドキしながら待っていると貴人が着いたとの事で庭に連れて行かれる。

 見た事もない大男達が六尺棒を持って待ち構えていた。

 鋭利な目付きの男が縁側に現れ、声をかける。

 さらに家の奥にお偉いさんがいる模様。


 普通に泣きが入るよね。ほら、弥助さん涙目じゃん。


「弥助さん、驚かしたみたいだね。ごめんなさい」


 オレがなるべく優しく声をかけたのに、弥助さん、飛び上がっているじゃないか。


「ふひゃひゃひゃ、ふひゃひゃひゃうす」


 もう、何を言っているのか分からないよ。


「五十川くん。三吉くんに言って、こんぶ茶でも持ってきてあげて。そして、三人とも呼ばれるまで戻って来なくていいから」


 三人とも自分達の威圧感を理解しているので、済まなそうな顔をして庭から出て行った。

 三吉くんが薄味のこんぶ茶を持ってきて、ゆっくりと飲ませてあげるまで、弥助さんはガタガタ震えて九兵衛さんにしがみついていたよ。かわいそうにね。


「そろそろ、落ち着いたかな?」

「へ、へい。誠に持って、……」

「まあまあ、畏まらないで。少し聞きたい事があるだけだから」

「へえ、手前でお答え出来ます事なら、何なりとお尋ね下さい」


 まずは、弥助さんの行商ルートだけど、多摩川沿いに遡上した後は南に向かってから山越えするそうで、大月に出ているのは間違いなかった。

 そこで他の行商人と荷を交換して今度は川を下って行くそうなので、相模川沿いに八王子に出るのだろう。

 そこからまた青梅に戻って多摩川を遡上してくるんだって。


「なるほど、大変だねえ。この道は他の人はいないようだけど何か理由が?」

「いいえ、大した理由はありません。手間一人で回れば事足りるんで」


 単純に儲けが出ないんで他の人が入って来ないだけらしい。


「じゃあ、荷があったら他の人も来るのかな?」


 そう訊くと、弥助さんもさすがに商人の顔付きになってちょっと考え込んで返事をしてくれた。


「実はここら一帯を取り仕切っている親方がいるんです。その親方の許可が出ないと勝手には商売を広げられないんで」


 よく話を聞くと、甲府に秩父から伊豆箱根辺りの行商人の調整をしている親方がいるんだって。

 オレ達の感覚だと東京の方が都会なんだけど、コッチでは甲府盆地の方が栄えているらしい。弥助さん的には辺境を担当している感覚みたい。


「そうなのか。その親方には連絡つくのかな?」

「まあ、文を渡せば連絡はつきますが」

「こっちに来てもらう事は出来るかな?」

「本人じゃなく、使いの者で良ければ、後は商い次第かと」

「じゃあ、とりあえず、これを渡してくれないかな?」


 そう言って、ジンちゃんに渡して貰ったのは、ツボに入った蜂蜜1キロ。


「これと同じ物だから舐めてごらん」


 オレが小皿に指をつけて舐めて見せてから、ジンちゃんに手渡して貰う。


「こ!こいつは!」

「蜂蜜は知ってる?」

「へえ。でも、こんな量!見たことねえです」

「うん、このツボはお近づきの印に一つ上げるね。親方にはもう一つ差し上げるんで、ぜひとも使いの人を出して貰ってね」

「へ!へへぇ!」


 そう言って、もう一つツボを出してあげたら、弥助さん、また平服しちゃったよ。


「弥助さん、商いの品はこれだけじゃ無いんだ」

「ってぇと、どんな品がありますんで」

「逆に聞きたい。どんな品が欲しいのか。そして、我らに売ってくれる品はあるのかをね」

「!そいつは難しいお問合せですね。こんな上等な蜜をポンと出して頂けるお大尽様にどんな品をお出し出来るのか。こいつはとんだ難問だ」


 おお!弥助さんがギラギラした顔になっているよ。こんな商機、そうそう無いだろうからね。


「弥助さん。オレは騒乱を起こしたい訳じゃ無い。この地はいずれオレが治める事になる」

「へい。それは重々承知いたしております」

「親方と充分相談して返事をして欲しい。わかるね?」

「へ、へい」


 オレが親方を立てろと言うと、弥助さんは悔しそうな顔をした。商売人の野心なんだろう。


「もちろん、弥助さんを通しての商いとなるからね」


 そう付け足してあげると、弥助さんの顔は笑みでいっぱいになった。




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