勇者と竜(神の眼でお送りします)
視点は神の眼です。
若干の設定変更があります。
《ラファエル》の能力を大幅(完全に)変更。
スクロールは作成者がその能力を使えれば、使用者の能力によらず使用できる。
スクロールに関しては上記と別にも変更があります。
千一卜が、「テラー=ケエル=ドラゴン」を討伐するよりかなり前のこと。
リンテル国のある部屋が、会議室として使われていた。その部屋は、ただの部屋と言うには広過ぎる空間と、どこか神々しい雰囲気を放っていた。加えて、会議に出ている者達もまた、並々ならぬ雰囲気をそれぞれが持っていた。
一人の男が、全員が揃っている事を執事から聞き、始まりの音頭を取った。
「先ずは、この臨時会議に全員が出席した事に、感謝する。すまないが、時間が無い。先ずは、兵士の報告を纏めたものからだ。ゼッタ」
そこで、ゼッタと呼ばれた者は、「はい」と頷く。その男、パピエスク=ドールグラスト王の言葉から感じられる性急さに、周りの者がより緊張感を高める。
「1週間前、多数の冒険者、兵士から、黒い影を見たという報告があり、騎士総出で捜査をしたところ、5日前にテラードラゴンを発見。
この次点で、リンテルから既に300キロ圏内でしたが、3日前に急接近され、止む無く討伐隊を派遣。
今手元に資料があると思うので、目を通していただければ分かりますが、この時の討伐隊の編成は、A級冒険者100人、B級冒険者300人、その他500人。騎士は10小隊を派遣しました。
しかし、被害多数で撤退。一方、テラードラゴンは今だ生存中。報告は以上です。」
ゼッタの長い報告が終わると、やってしまったなという顔がいくつか見受けられた。事情を知っている者も多く、何の反応も示さないものもいるが。
テラードラゴンなどの、知能レベルの高い魔物との戦闘において、してはいけないこの一つに、討伐せんとして、討伐し損ねることだ。知能が低いならいざ知らず、高いと人間に恨みを持つ可能性がある。
だからこそ、パピエスク王も焦燥に駆られているのだ。静寂の間に、手を上げて発言する者があった。
「敵の戦闘力について分かっている事は、無いのか?この編成で倒せないとなると、相当だと思うが。」
手元の紙をバシバシと叩きながら、そう言うのはリンテル国ギルド総括長ドルクド=ファータンだ。この中で、権力的には3番目には入るだろう。場合によっては国王のパピエスクより権限を持つ場合すらある。
「それについてもご説明します。先ず、基本的なところで、個体の大きさは翼を全開に広げて約3キロ、頭から尾は約2キロ。」
そこで一つ息を吐く。
テラードラゴンとは、今まで見つかった最大の個体でも翼300m、頭から尾まで100mも無い。このテラードラゴンが本当にテラードラゴンなのか、席に座るもの達から疑念が沸く。
ゼッタは続ける。
「高空を飛行中は、魔術ですら届かず、低空で魔術が届く距離まで行くと、殆ど風で吹き飛ばされそうになり、戦闘そのものが結界やバリアを前提とした者となっています。攻撃についても、一瞬で森が荒野に成る程だとか。実際に攻撃を受けて生きている者は居なかったので、正確な強さについては測りかねます。以上です。」
「じゃあ、HPも減らせてないってことか?」
「殆ど攻撃が当らなかったと。」
ドルクド=ファータンに関して言うならば、国の全てのギルドから情報が入ってくるので、今聞いた情報も全て知っていただろう。だから、これはゼッタの報告に嘘が無いかの確認だった。周りも、ゼッタもそんなことは百も承知であった。
「では、次に移って良いか?」
パピエスク王が静かに尋ねる。それに全員が頷くと、王が再び発言する。
「このテラードラゴンの討伐を予定している。国を挙げてだ。そこで、この中で討伐に参加したくない者が居るならば、今すぐに、此処から出て行くことを許そう。」
その時、徐に席を立った者を、隣に居たものが強引に座らせると言う場面があったが、ここで触れることでも無いだろう。
「――という作戦でどうだ?」
ドルクド=ファータンが最後に提案した案が折衷案として採用される事により、会議は解散となった。
しかし、王が出て行った後も、幾人かはそこに屯していた。
「しかし、テラードラゴンってあれだよな、俺らが前行った荒野で倒した奴。あれより100倍ぐらいデカいってことか?」
七刀六刀という男が言った。
「嘘くさいなあ。林先輩はどう思います?」
天崎新の質問に、林先輩と呼ばれた者が淡々と答える。
「あの報告に嘘があったとは思えないし、本当なのだろう。」
「面倒臭いな。」
地之全という者が、嘆息するように言う。何を隠そう、さっき会議から退こうとしたのも、地之全であり、それを止めたのは、天崎新である。
「私も~」
これは地之空の発言である。地之全の妹でもある。
この如何にも日本人臭い名前の5人は、地球から召喚された勇者と呼ばれた者たちであった。勇者召喚は、今のところリンテルを含め、3カ国が行っているが、帝国『華』の勇者はほぼ奴隷であり、一方極和の勇者は奔放過ぎて全員が行方知れずである。そういう事情を鑑みれば、この5人が一番勇者をしているのかも知れない。
「にゃははー。勇者様達は相変わらずだにゃー。」
「《金闇》・・・」
通り名なので、正式も何も無いが、略さずに言えば、《金闇》のテルである。彼女の、テルプロセという名前と、夜に派手な金髪を靡かせる事からこの名が付いたものだ。通り名があることからも、かなりの有名人ということが伺えるであろう、S級冒険者である。
《金闇》と勇者は何度か共闘したことがあり、《金闇》の戦闘知識と勇者のチート能力は、中々のシンクロを発揮していた。
《金闇》はチラリと勇者の側に控える騎士を見てから、言葉を紡ぐ。
「でも、今回はやばいかにゃーってちょっと思ってるにゃー。」
《金闇》は一流の冒険者である。件のテラードラゴンがどれだけ非現実的な存在かは理解していた。
「上空に居られちゃあ、攻撃手段がほとんどねぇもんなぁ。」
地之全が答える。面倒臭いなどと言いながら、ちゃんと話は聞いているのだ。それの対策の話もだ。
「だから、確実に一発一発を当てていく必要がある、と・・・」
確認の様に呟く天崎新。
「まあ、ちっと希望的観測みたいなところもあったけど、俺にできることなんてほとんどねぇし、頑張ってくれよ。」
七刀六刀の武器は刀。思いっきり近接であり、スキルにも遠距離まで届くような攻撃スキルは無かった。
「地之、全ては君に掛かってるんだ。」
「それって全てと全って掛けてる?序でに、掛かるってところも掛けてる?」
この下らない会話は、この部屋を清掃するメイドが来るまで終わることは無かったとか。
そんな経緯を経て、テラードラゴン討伐は行われていた。
そして、今、その場に居るものは皆、むせ返るような異様な空気を味わっていた。
――普通じゃない。
誰もが予想していた事で、誰も予想していなかった事だ。テラードラゴンのHPが4割を切った辺りだったろうか、テラードラゴンがスキル、《極限咆哮》を使用したのだ。
「流石は魔名持ちだぜ・・・。」
地之全が疲れたように言う。
この空気の中でも平然と居られる数少ない一人だった。内心はうんざり気味であろうが。
ところで「魔名持ち」というのは、「テラー=ケエル=ドラゴン」の《ケエル》の部分、つまりミドルネームを持ち、それが特に悪魔的な名前であれば「魔名持ち」、天使的な名前であれば「天名持ち」である。総称して、「ミドル持ち」などという事もある。
地之全がこれを知る事ができたのは、友人の六刀が持つ、《超鑑定》というスキルのお陰であった。
「テラー=ケエル=ドラゴン」に隠蔽系のスキルは無いが、遥かに強い敵に対しては、鑑定系のスキルが弱まり、遥かに弱い敵については逆の事が起こる。
無論、どんなにレベルが低かろうが、名前ぐらいは見ることが出来るが、その場合ミドルネームは表示されない。「テラードラゴン」という報告も強ち嘘ではなかった。
「ゼン、スクロールは・・・。」
「見る限り、あと一つだ。ロクト」
スクロール。魔法や魔術の起動、発動手段の一つとして用いられ、魔力を込めて描かれる。また、描く者はその魔法、魔術が使えなければならず、描くのに手間や時間が掛かり、描く人間も限られる。一箇所でも破れたり途切れたりと不備があると発動しない扱いづらいものだ。代わりにメリットとしては、どんなに複雑な魔法、魔術であっても、ノータイムで発動できるという点が挙げられる。
因みに、魔法、魔術だけでなく、スキルに対してもスクロールを作ることが出来るが、基本的にスクロールは一度きりしか使えないにも拘らず、スキル保持者本人が描かなければならないというデメリット故に高価であり、一部の有用なスキルとなると所持者が少なく、更に値は張る。
そもそも、魔法に関してすら、失敗する可能性の高いスクロールを使用するリスクをとるより、詠唱した方が安心できるという者が大半である。
デメリットばかりではないかと思われるかもしれないが、詠唱についても、焦っているときは失敗するものが多いが、スクロールならばスクロールに魔力を流し込むだけですぐ発動することができる。
しかも、詠唱では到底実現不可能な大魔術に関して言えば、スクロールやその他の起動方法が使われなければならず、必ずしも詠唱が一番とは言えない。
「テラー=ケエル=ドラゴン」等と言う悪夢の様な敵と戦うならば尚更、大魔術は必須である。
ここで、地之全のスキルが活躍する訳だ。
地之全、正式に、というか、この異世界における正式名称は、「地之=ラファエル=全」である。珍妙な名前だ。
《ラファエル》が持つ力はある意味で絶大で、端的に言えば《ラファエル》とはスクロールの作成において大きな助けとなるスキルだ。
スクロールの作成は職人技であり、初心者はまず、真円と正方形、正三角形を描ける様になるところから始め、最も簡単なスクロールを描くまでに、たとえ才能があったとしても少なくとも1ヶ月はかかると言われている。
しかし、《ラファエル》を持つ地之全は、この異世界に降臨して15日目にはスクロールを一枚完成させた。
《ラファエル》の持つ力は、単に真円が簡単に描けるだとか、スクロールに載せる魔術の知識が頭に入ってくるだとかいうレベルのものではない。
《ラファエル》は更に、《ラファエル》所持者だけが描くことができる(正確に言うならば、《ラファエル》所持者だけが描く意味のある)スキル式がある。これは多大な時間をかけて行わねばならない大魔術のスクロールや、複雑なスキルなどの一部を省く、若しくは簡単に描くことができるもので、発動に際する効果は同じである。
尤も、所謂『ラファエル・ロウ』を描いて、他の工程を他人に任せると言う事はできない。そもそも如何なるスクロールにおいても、スクロールを途中から別の人間が書き加えたり、修正したりすることはできないのだ。
そういうわけで、微妙ではあるが、《ラファエル》を持つ地之全だけの話をすれば、これは大きな力であるといえる訳だ。その分、他の力は農民と同じレベルで、騎士には少し劣るという欠点もあるが。
「今からでも、もう一枚・・・」
「どっちにしろ無駄だ、遅すぎる。」
地之全の妹、地之空の発言に、七刀六刀が苦言を呈する。地之全は、この戦闘中も必死で大魔術のスクロールを描いており、1枚を書き上げていた。おそらく、もう1枚を書き上げる頃には、「テラー=ケエル=ドラゴン」か、勇者達のどちらかがこの世には居ないだろう。
勇者側付きの騎士も苦々しい表情を隠さない。
ドルクド=ファータンが、魔道具の一つである、通信機を使い、同じく通信機を持っているリーダー格の者達に、最後の一枚のスクロールの発動を宣言する。
敵のHPは3割。今まで良くても1割削れていただけで、3割は無理であろう。それが七刀六刀の感想であった。しかし、《超鑑定》を持っているのは、七刀六刀と、天崎新だけ。そして、今七刀六刀と天崎新は別行動である。
つまり、この場において、無理だと直感的ではなく、数値的に理解しているのは七刀六刀ただ一人であり、その当の七刀六刀は、地之全の努力をやっぱり無駄だったとは思いたくなかった。いや、地之全がそういう結論に至ることを、嫌っていたのだろう。
だから、七刀六刀は人一倍願っていたのである。勇者の中で、今回に限れば一番役に立たなかったであろう彼にできることは、願う事ぐらいしか無かったのであるから。
「終わってくれっ。」
地之全も、その言葉には同感であったが、七刀六刀のその必死さから、分かってしまったのかもしれない。無理だということを。
なので、地之全は、もう何だか面倒で寝ていた。倒せれば、運んでくれるだろうし、倒せなければ、起きていようが寝ていようが同じなのだから。
――ヴォオオオオオオオッ
これまでに無いほどの魔術が放たれ、「テラー=ケエル=ドラゴン」を燃やさんとする。
しかし、足りなかった。やはり、HPは1割しか削れず、「テラー=ケエル=ドラゴン」は今だ上空で君臨していた。誰もが絶望しかけた。
――グルォオオオオオオオオオ
だが、2割である。どんな魔物であれ、どんな人間であれ、たとえ神であれ、HP2割の状況で尚、平常を保っていられるものは居ない。比較的に低空にいた「テラー=ケエル=ドラゴン」は、翼で空を叩く。ただ、相当な負担なのだろう、「テラー=ケエル=ドラゴン」は、そう上空には行けず、冒険者と騎士に途轍もない風を浴びせながら、その場から離脱した。
しかし、そこは仮にも冒険者と騎士である。《嵐撃魔術》やら何やらならともかく、《飛行》の副産物としての風程度では、全く傷を負わなかった。
尤も、満身創痍であった一部の冒険者や、騎士、眠りこけていた地之全などは別である。
「終わった・・・のか?」
七刀六刀が呟く。周りでも、漸く終わった事を認識し始めた冒険者や騎士達による勝利の叫びが聞こえるようになった。
「しかし、結局倒せなかったな。ま、逃げてくれてこっちとしては助かったが。」
RPGの様に、1割だろうが何だろうが攻撃してくることを予想していたのだろう。実際、低脳なゴブリンや、下位の竜は馬鹿なので、HPがどんなに減ろうとも攻撃し続けてくるが。
「でも、又来たら・・・。その時までにお兄ちゃんにはスクロールを・・・ってお兄ちゃん?・・・寝てるし。」
地之空は漸く自身の兄が寝ている事に気付いたらしく、そっと寄って「何日も徹夜して、スクロール描いたもんね」と頭を撫でた。どちらが年上か問いたくなる光景であった。
一方、ドルクド=ファータンは「テラー=ケエル=ドラゴン」の行方を注視していた。こちらに戻ってくる事は無いだろうが、それでもギルドの総括長である彼からすれば、大体の方向を把握するのは当然の責務であった。部下に任せないところも、部下思いの彼らしいとも言えるのだろう。
だからこそ、それを見ることができたのは偶然ではなく、必然であった。
最早、撤収間際のことである。ドルクド=ファータンには、一瞬、右翼が光り輝いたように見えた。そして、その光が「テラー=ケエル=ドラゴン」をいとも容易く包んだかと思うと、その僅か数秒後、その竜が崩れ落ちていった。
「何・・・だ?」
《ラファエル》で作られたスクロールによる大魔術を遥かに凌ぐ威力を持つと、流石のギルドの総括長の眼は見抜いた。
しかし、他にこの光景を見たものが居なかったし、その声を聞いた者も居なかったため、彼の質問に答える声は上がらず、未だに勝利に沸き立つ声しか聞こえない。
ドルクド=ファータンは一人、嘆息する。誰がやったかは知らないが、一先ず感謝だけはしておこう。こうも騒いでいる冒険者達を、「まだ奴が回復して報復してくるかもしれない」などと怒鳴るのも、確かに気が引けることだったろう。
こうして、「テラー=ケエル=ドラゴン」の討伐は終わりを迎えた。討伐ではなく、彼らにとっては追放と言った方が正しいが。
その後ドルクド=ファータンが派遣した冒険者達により、左翼以外が消失している「テラー=ケエル=ドラゴン」が死体で発見され、何者が倒したのかと国中が憂うことになるが、ここでは省かせて頂く。