表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙の波紋  作者: 当麻
1/2

前編


話が勝手に一人歩きすることってあるじゃないですか。


まさにそれなんです。

事実とは全く違って、成り行きと偶然で、わたくしの名前が一人歩きしちゃったんです。


その話をする前に、わたくしの抹消すべき黒歴史について話さなければなりません。嫌ですけど。


お恥ずかしい話、わたくしは高校生になっても中二病を拗らせておりました。

高校生ともなればみんな大人で、幸いにしていじめなど受けることはなく、ただ距離を置く付き合いにされていたのですが、遠巻きにされる自分、やっぱり人と違うっ! と思いこんだのです。

あの時の自分の振る舞いを思い出すだけで、頭痛と吐き気が……。


しかし更に頭が痛くなる出来事が起こります。

雷に打たれ、気が付いたら見知らぬ世界にいたという…。


え? ここどこ? 状況が分からずに呆然としていれば、見るからに地位ある人たちが傅いて、迎えに来てくれました。

彼らの言語は理解できなかったのですが、恭しい態度から敬われていることが分かりました。


これはダメですね、ダメな展開ですね。


これは世界を救う勇者か、それとも癒しの力を持つ神子かって影羅、思ってしまうではないですか。

これまでの人生も黒かったのですが、これより先、更なる暗黒時代に突入いたします。


出迎えに来てくれた人たちは、わたくしに数冊の書を渡しました。

それは見慣れた文字で、苦も無く読めば、おぉっ! と感激の声が。

そして彼らはわたくしの黒い髪と目の色を確認し、再び跪きました。


想像つくとは思いますが、はっちゃけてしまいました。

しかしこれは客観的に見ても、中二病を悪化させても仕方がないと思います。

自分は選ばれしものと驕っても仕方がなかったのではと思うのです。


彼らとの意思疎通に苦労は致しましたが、わたくしをシュネリアという国に連れて行きたいと色んな手段で訴えてきたので、目的は分かりました。

その国が必要としているなら仕方ないって振りでひょいっと肩を上げて、渋々行くことを了承しました。


いざ行かん! と内心では大張り切りでしたけど。

あの時の自分のどや顔を思い出すだけで、顔から火を噴きそうです。


その国に行くまで、半年ほど。

電車や車に慣れた現代っ子のわたくしに徒歩や馬車の長旅は過酷で、体は疲労困憊していましたが、この疲れを超えた先に新しい力が得られると無駄に頑張りました。


この程度の怪我、一日で治るとシニカルに笑って、膿んだこともありました。

森を抜ける時にケモノと戦って負傷した人に、手を翳して治そうとしたこともありました。


当然、治りません。

わたくしはくっと悔しそうに自分の手を見て、力が足りねぇ……と呟いたわけです。


あの日に戻って、頭が足りないんだろうが! と自分を張り飛ばしたいです。


わたくしの現実を分かっていない奇行に、迎えに来た彼らは徐々に冷めた目になって行きました。

わたくしは大事な医療道具から包帯らしきものをかっぱらって、邪気眼を押さえるために腕に巻いたりしました。


盗賊と戦っている護衛を見ながら


「ちょっくらひと暴れするか……」


と呟きながら、最後まで木の陰に隠れたりしていたんです。

当然、周りからは白けた視線が集まりますね。わたくし、気づきませんでしたけど。


そんな旅の途中に、貧しい村を通りかかりました。

栄養状態も良くない村人は、骨が浮き出て骸骨のようでした。老人と女子供しかいないその村は働き手である若者を戦にとられ、困窮し底辺の生活をしていました。


更に悪いことに、伝染病が広がってしまったんです。

協力し合っていた村にも見捨てられ、死を待つのみになっていたその場。わたくしを迎えに来た彼らはやるせない顔をしながら、何もせずに通り過ぎました。


そこに登場するのがメシアというキャラが降臨したわたくしです。

痛い正義を振りかざし、見て見ぬふりをする彼らを罵倒しました。


無視をした彼らに憤り、何でも癒せる力を持っている(という設定の)メシアはこっそり村に舞い戻ってしまいます。


幼い子供がこっちを見て、涙を流していました。


「大丈夫だ、今治してやる! ±×÷≠♂♀∞∴(その時考えた自分的に最高に格好良い呪文でしたが、言いたくありません)」


当然ですが、治せるわけがありません。

わたくしは希望を持たせて、結局死ぬのを看取っただけでした。

けれど子供たちは最後までわたくしを嬉しそうに見ておりました。


伝染病で隔離されていたその子たちは、密かに死を待つのみでした。

ですから癒しの力を発動させるために彼らに触れるわたくしの手が、この上なく嬉しかったみたいなんです。

その伝染病は子供が多く発症し死に至るようですが、わたくしには何の影響もありませんでした。


今でこそ何らかのワクチンが効いたのか、栄養状態が良かったから逃れられたのかと推察出来るのですが、その時のわたくしはメシアだから助かったと思ってしまうんです。

けれど、笑って死んでいった無垢な子供たちに揺らぐ面もありました。


何も出来なかった。

それはまだ真の力が発揮できてないせいだと自らを慰めましたが、初めて見た消えゆく命はすぐに忘れるものではありません。


しばらくして迎えが来るのですが、彼らの視線は冷え込んでいました。

ただでさえ厳しい条件下を通過中なのに、わたくしのせいで危険が高まったわけですから。

メシア、彼らの冷たい視線に全然気づきませんでしたけど。 


それから数カ月後、内戦中の破壊されつくした街を通りかかりました。

煙の臭いが充満し、誰しも疲れ切った表情で項垂れておりました。 


それを見てやってきてしまいました、癒しの神子セーラディーンが。

セーラディーンとは何かと聞かれると困るんですが、あれです。中二病の産物です。


治安が悪き所だから早く抜けるべきと言う彼らを怒鳴りつけ、町の医療施設に行ってしまいます。

医療施設と言っても、機能しなくなった町にそんなご大層なものがあるわけがなく、ただ怪我人や病人を主要しているだけの場所でした。


やってきましたセーラディーンはそこで高々に宣言しました。間に合いましたね、って。


セーラディーンは、苦しむ人や大切な人の死を看取って泣き叫ぶ人の回りをうろうろしていました。

意味不明な癒しの呪文を唱えながら。


もうあの時のわたくしに攻撃魔法を繰り出したいです。


そんなことを数度繰り返すうちに、ようやくわたくしは気づき出します。

あれ? なんの力もない、誰も救えてないじゃんって。


わたくしの手は、死にゆく人の手を握りしめる以外何も出来なくて、わたくしの戯言は誰の救いにもならない。

元の世界では画面の向こうでしか見ることがなかった残酷で理不尽な死。

平和に生きてきたわたくしが直面するには厳しい現実でございました。


必死に生きようとしても、報われなかった命をたくさん見ました。

小さな幸せを壊されて、それにより心を壊す人をたくさん見ました。


そんな時を過ごし、ようやくわたくしは自分が何も力などない、ただの役立たずの人間であるということに気付き始めるのです。


その頃には迎えに来てくれた人たちはわたくしから完全に距離を置いていて、任務だから仕方がなく守るという態度を隠しませんでした。


彼らにお願いし、最初にチート発動による文字解析だと思い込んだ書を持ってきてもらいました。


その中に書かれたのは、中央南部に位置するシュネリアの建国史。

その数冊あった書を読み終えた頃には、全ての事実を知ってしまいました。


ある男が禁術を用いて、国を救うべく異界の者を召還したこと。


求められたのはわたくしの従姉である黒田六華であったこと。


六華シュネリアの建国に尽力し、後に王妃となり初代国王となった呼んだ男を支えたこと。


六華が呼ばれる時、傍にいたわたくしたちも巻き添えを食らってこの世界にやってきてしまったこと。


詳しい原因は分かりませんが、六華がこの地にやってきた時より60年ほど遅れ、わたくしは飛んでしまったこと。


六華は巻き込まれたかもしれないわたくしたちを案じ、守るようにシュネリア王家に意思を残したこと。


つまりわたくし自身に何の価値もなく、従姉の意思により守られていただけだと知りました。

六華による恩恵などと気づきもせずに、勇者気取って、無謀なことばかり繰り返すわたくしはさぞかし彼らの目に余ったことでしょう。


それを知った時、わたくしは衝動的に彼らから逃げ出してしまいました。

嫌々ながら護衛している彼らはわたくしに注意を払っておらず、抜け出すのは容易でした。


その時のわたくしの心を分析すると、自分への失望1割、羞恥9割でした。

恥ずかしくて仕方がなかった。


黒歴史消したかったんです。メシアもセーラディーンも死んで欲しかったんです。その一心でした。

消えろ黒歴史! 誰もわたくしを見るな!

叫びながら、わたくしは彼らの元を去りました。


しかし庇護者の元を抜け出した後の現実は厳しかったです。

比喩抜きで死ぬと思うことは何度もありました。


末期中二病を患っていること以外に何の特筆もない高校生だったわたくしが、知らない世界で生活をすることは容易ではありません。


もうダメだ……お腹減った…と餓死寸前のわたくしは、死を覚悟し、人が行きかう道端の隅でバッハのマタイ受難曲を歌っていました。

するとどうしたことでしょうか。


今まで足元に縋っても小銭一つも恵んでくれなかった通りすがりの人が足を止め、歌を聞いたのちにお金を投げてくれました。

あれ? と思ったわたくしは残る力を絞って、アヴェマリアを歌ってみました。


人が集まり、たくさんのお金を投げて貰えました。

元の世界の歌がうけると気づいたわたくしは、生活の糧を手に入れることが出来ました。


やはり美しい旋律は人の心を動かします。

わたくしはバイオリンに似た楽器を手に入れ、幼き頃から習っていたその技術を披露することで小銭を稼いで生きていきました。

声楽もピアノもバイオリンも習っていて良かったです。


そのようにして色んな国を巡るうちに、知らぬ間に通り名が付いておりました。

なんでやねん、と突っ込みたかったです。


しかもその通り名が沈黙の歌姫。

これは痛々しい。沈黙してどう歌えと言うのか。

黒歴史思い出すので、本当にこういう矛盾やめてほしいです。


歌う以外言葉を発しないことによりそう付けられてしまったらしいのですが。

違うんです、言葉分からなかっただけなんです。


その内言葉覚えたんですけど、話し出すきっかけが掴めなかったというか、今更どうしようもない雰囲気だったと言いますか。


黒の被り物をして決して顔を見せないことでも、名を広めてしまいました。

違うんです、この大陸に黒目黒髪の人間はいないらしくて、人攫いが続々とおいでなさったんです。


絶世の美女だとか、深い傷があるとか、さる王族の血を引くとか言われていますけど、そんなの全部デマです。

あと、万が一にでもメシア時代のわたくしを知っている人にばれたくなかったと言うのもあります。


あの日々を思い出すだけで、動悸息切れ、眩暈が…。メシア死ね。


名が売れて、夜会や茶会などで歌ってくれまいか? と声がかかるようになり、お金に余裕が出来ました。

わたくしは生きるのに必要な分だけを残し、あとは貧しきものたちに分けておりました。


慈悲ぶかき歌姫などと言われておりますが、これは過去への償い5割と大金を持っていたくなかっただけの自己都合5割でした。

いや、嘘でございます。見栄を張りました。自己都合7割です。


この世界は治安もあまり宜しくはなく、銀行などお金を預ける信用できる機関もない。

大金を持っていたら危険な輩に狙われるではないですか。保身第一。


そんなわけで恥ずかしながら通り名が付いてしまい、もとの世界の名曲の恩恵で有名になってしまいました。


中二病を発症していた時は目立つのが大好きで、みんな注目! と思っていたのですが、完治してからは逆の性格になりました。

誰もわたくしを見ないで頂きたい。いない者として扱って欲しい。


しかしなぜか名が一人歩きし、悪目立ちしてしまいました。

都だと人が多くてゴシップ好きのせいかな……そうか、田舎に行こう!


しかし田舎で歌での生計が成り立つかと悩みつつ、計画を推し進める折り、大きな仕事が舞い込んで参りました。


見るからに仕立ての良い服に、使い込まれた剣を差した洗練された方々が、酒場で歌い終えたわたくしに声をかけてきたのです。

我が王の御前にて歌を披露してはくれまいか、と。


大陸の中央西側に位置する大国、苑。

肥沃な土地で農作物を多く作りだし、それによって栄えている国。

その国の王がわたくしをご所望とは。


地味に生きたいわたくしは悩みに悩みました。

報酬はとてつもなく大金でしたし、断ってご不興を買うのも宜しくない。


結局わたくしはその申し出を受け苑に赴き、王の御許でバッハのG線上のアリアとモーツアルトのトルコ行進曲を披露いたしました。


元の世界ではわたくしのバイオリンも歌唱の技量も素人の域を抜けません。

幼き頃から習いそれなりの年数を重ねているので、趣味として続けるには良いと言ったところでしょう。


しかしわたくしには、多くの名曲が味方に付いております。

バッハ、モーツアルト、ベートーベン、ショパンなどの偉人たちが作りたもうたその調べ。


初めて耳にした人々は、それはもう感動を押さえきれずに涙するものも多くいました。

わたくしの披露したそれらがまるパクリとは知らず、大層お気に召した王は、姉君の婚姻の場でその歌で祝ってはくれまいかとおっしゃいました。


葛藤の末、わたくしはそれを了承いたしました。

結婚のキーワードで浮かぶ曲は沢山ございますので、選曲には困りませんし、大国に恩を売って損はありません。


ワーグナー婚礼の合唱やパッフェルベルのカノンなど、各国よりお集まりいただきました方々にも評判は上々でございました。

苑王は最上級の謝意を表してくれました。


一礼でそれを受け取り、長居は無用と去ろうとするわたくしを王は引き止めました。

我が国には賓客を持て成す技が少ない。もう少し力を貸してくれぬか、と。


悩みました。

しかし苑王に恩を売れば、片田舎に住まうことを手助けしてくれるのではないかと打算が働き、それを了承いたしました。


そうと決まれば、早い方が良い。

わたくしの名が広まったのも偏に、元の世界の音楽家の恩恵。

その調べを苑の才ある方々にお教えし広めれば良いのだと、思いつきました。


そうしてわたくしは苑王に願い出て、音楽を習う学舎を擁立して頂きました。

それを軌道に乗せてからのフェードアウトを目論んでいたのですが。


思うとおりにいかないのが、人の世です。

まさか自分が作った学舎で、メシア時代のお知り合いに再会してしまうとは。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ