01:プチ同窓会
厳かな、という日々の日常でいつ使うのかわからないような言葉が似合う空間だと少女は思った。
テレビのヨーロッパのお城特集を思い出すような部屋に、仮想パーティかコスプレか判断の付きにくい、しかしなぜか異様なまでにその恰好が様になっている人間たちがこちらを見ていた。というより、囲まれている。
なにこれ。
え、なにこれ。
口をぽかんとあけていると、制服の袖をぎゅっと握られた。体がこわばって振り向くことができなかったが、しっかりして、と小さくつぶやかれた声が聞こえる。
ほどなくもう一人後ろ側にいた少年が、ゆっくりと前に出た。少女たちを守るように。
話は数十分前に戻る。
ぶっちゃけ、環境が変われば人間関係が変わるのは仕方ないことだと思ってる。
それは金の切れ目とかそういう話ではなく、学生にありがちの、クラス替えだの、進学だのでの友人との別れの話だ。どれだけ仲が好かろうと常に一緒にいる日常が終われば、「会おう」という意思を持たなければ会えない環境で実際付き合いが続くのかといわれると、口ごもる人間がほとんどだ。と、少なくとも望は思っていた。
環境が変わりは慣れたとしても関係が続くのは本当にその人との相性がいいか腐れ縁かのどちらかだ、とも。
だからこそ、たまに会える機会というものはなんだかいい。
にやにやしながら携帯をスカートのポケットの中に滑らしていると、案の定掃除をしていた友人から「機嫌いいね?彼氏?デート?」と茶化されたので、違うと断言しつつをひっつかみ、クラスメイトに手を振りつつ、人が少なくなった教室を後にした。
華桜花、っていうとどこの漫画のキャラクターだって言いたくなるような名前だが、ていかそもそも名前とも認識にくい字面だけども、れっきとした本名の中学の時の同級生と今日久々に会う約束をしているのだ。
高校に入ってもうだいぶたったが会う機会もなく、お互いそれぞれの高校でも友人ができていたので、今日が久々の再開だ。毎日授業だ宿題だと勉学やらに追われる日常にたまに混じるこういう非日常は、万国共通の楽しみだと思っている。自然とペダルをこぐリズムが速くなる。
待ち合わせ場所は地元のファーストフード店。公立中学出身となると、家も近くになるので集まるのは実は日程以外なら合わせやすい。愛用の自転車を走らせて、目的地まで風を切って走っていく。ちょうど背にした夕日が作り出す世界観がどことなく心地よかった。
そんな彼女の快走を引き留めたのは、イヤホンの向こう側からの呼びかけだった。
「あれ、おい、新堂?」
不意に自分の名前に思わずブレーキを握り、イヤホンを片方だけ外してあたりを見まわすと、明らかにこちらを見ている高校生を見つけてあれ、と目を丸くした。望はその見覚えのある顔をわざわざ記憶中を探ることなく思い出す、中学の時の同級生だ。
「――――笹倉!?何々久しぶり!」
「おー久しぶり、かわってねぇな、わかりやすかったぞお前」
今日はプチ同窓会かなにかなんだろうか、見慣れない高校の制服を着た彼は、記憶が正しければ笹倉了大、であってるはずだ。これから会う花とも同じクラスだった。なんというか、ちょっと、背が伸びてませんか笹倉さん。さすが男の子。望は高校一年の時から女子の平均を下回る身長の変化が止まっていた。
「笹倉、確かちょっと頭いいとこいったんだよね、高校」
「まーな。入学したとたんに大学受験の話されるんだぞ、うち」
ひぇえ、と身をのけぞると、後ろからまた名前を呼ばれる。今度は名前のほうだ。
「やっぱり望!声聞こえたからそうだと思った!」
「花~!久しぶり、早かったね!てかまだ待ち合わせ場所じゃないのに会うとかなにこれすげぇ!あ、ほら、花覚えてる?笹倉だよ」
「うわ、華桜じゃん、うっす」
後ろから自転車にまたがってきたのは今日の約束の相手、華桜花である。
中学の時まで二つくくりにしていた長い髪は肩までの長さに切られていて、雰囲気が大人っぽくなってなんだか美人になった気がする。相変わらずメガネをかけていたが、その多くからまみえる瞳はどこか神聖な空気すらまとっていた。お嬢様学校の制服の肩にかかっている細長いものはたぶん弓だろう。今日は何かと偶然が重なる日らしい。
なんだんだ今日は、と笹倉がにやりと笑った。
「よくわかんねぇけど、中学の奴らと会うの、俺これで4人目だぜ」
「それどんな割合だよ…?まあみんなこの辺住んでるわけだし、おかしくはないのか?」
ふと、花が空を見上げたのに気付いた。続いて笹倉も空を見上げて、つられて望も首を曲げる。
声が聞こえた。
どこからでもない、空から降ってきたわけでもない、間違いなく自分の中にそれは響いた。激動ににも似た、静かな声が耳ではなく「望」という存在自体に響き渡った。
「なに・・・・ッ?」
反射的に花の腕を強くつかんだと同時に、自分の手が大きな手につかまれたのを感じた。
声はのまれた。自分たちを襲った、太陽とは違う強烈な光に。
そして話は冒頭に戻る。
ささくら、と自分たちをかばうように背を向けた少年の名を呼ぼうとして、望は自分が息を止めていたのに気付いた。息を吐き出そうにも息を吸っていなかったのだ、声なんか出るはずがなかった。あわてて息を吸い、唾をのみこむことで声を取り戻す。
「笹倉」
心臓が大きく鼓動を打っているのに気付いたが、笹倉の名を呼べたことに望にほんのわずかな安堵が芽生える。その声にこたえるようにしっかりしろ、と花に言われた内容と同じことを笹倉に言われた。
ああ、大丈夫、しっかりしているよ。
望と花は座り込んでしまっているが、笹倉は立ってよくわからない装束を着た人たちと対峙していた。望は自分の手を強くにぎり、砕けていた腰を起こす。花もそれに続いたのが気配でわかった。
「これ、どういうこと?私たちなんでこんなとこいんの?」
答えたのは友人ではなく、対峙している人間たちの一人の男だった。周りよりも飾りの多い服が、彼の威圧感を高めていた。男の目が細められ、まるで値踏みされるように望たちの頭の先から足まで視線を動かした後、ふむ、と顎を撫でた。
「まさかこんな子供とは思わなかったが、まあいいだろう。見たところ召喚に間違いはないようだしな」
男が微笑み、まるで舞台上の役者のようにもったいぶって手をこちらに伸ばした。
「おかえり、選ばれし勇者たちの魂よ。この世界を救うため、働いてくれるな?」
そのとき望は不思議な感覚に襲われる。しょうかん。えらばれしゆうしゃ。たましい。このせかい。意味の分からないはずのこの言葉が、望の中にすとんと落ちてきたのだ。
勇者。選ばれた。かつて昔に選ばれた魂。そして還ってきた。世界のために。
あの人のために。
わかったうえで頭が真っ白になった。
ここは異世界だ。