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あの日の女の子2(桐子side)

 1日の勤務を終え、帰宅するために着替えようと更衣室に向かう途中急患が運び込まれてきた。


 「なんてタイミング。今残っているのは・・・私が看に行った方がよさそうね」


 今日は稟ちゃんへの入学祝いのプレゼントを買おうと思ってたのに・・・。


 あまり医者が特定の患者に入れ込みすぎるのは良くないことかもしれないけれど、稟ちゃんだけは私にとっての特別だ。これだけは譲れない。


 まぁ・・・患者にとっては私が帰る前で良かったのかな。


 そんな不謹慎ことを考えながらも急患の下へ駆けつける。


 「どう?」


 急患に対応していた若手の医師に声をかける。


 「っ、薬師寺先生。良かった、まだ帰られてなかったんですね」

 「引き継ぐから、サポートお願い」

 「はいっ」


 患者の容態を確認しようと視線を向ける。


 っ!


 心臓が狂ったように高鳴る。5年前にも経験したあの感覚。呼吸器を付けられ点滴を打たれているその姿は二度と見たくない、見ないよう努力しようと心に決めたものだった。


 胃の中身が逆流しようと喉元までせり上がってくる。


 っ、あの頃の私とは違うのよ!立場も、何もかも。頼る先輩医師もいない。


 催す吐き気を気合いでねじ伏せる。


 「・・・状況」

 「はい、心肺停止で倒れて直ぐ救急車により搬送、その途中に心肺停止からは回復したものの意識は戻っていません。原因は分かっていません」


 予想したとおり原因は不明。心肺が機能を復活してくれたのは救いか。しかし、脳へのダメージが心配だ。


 「レントゲン、MRI、急いで」

 「はいっ」






 できることを終え稟ちゃんを個室に運び込み終わったのは22時、3時間後のことだった。


 おそらく命に別状はない・・・。しかし、いつ目覚めるかも分からない。




 「なんでっ!」


 自分のデスクに拳を思い切り叩きつける。


 手は医師にとっての命だというのに抑えきれなかった。


 「なんで、・・・どうして分からないのよ・・・私」


 外科室で一人力なく呟く。


 原因がどうしても分からない。できることはしてきたつもりだ。努力の4年半は確かに私に知識と能力、技術を与えてくれた。しかし、最も欲していたものは手に入らなかった。


 なんて・・・・・・なんて私は無力なんだ。


 あまりにも、足らない。何もかもが足りない。もっと他にもできることはあったんじゃないか?この二ヶ月私は何をしていた?予想できたはずだ。稟ちゃんが倒れてしまうかもしれないことは。


 検査を何度もうけて貰い何を解決できたっていうんだ。


 私は無力だ。


 でも・・・諦めない。諦めるもんか。稟ちゃんの生活がかかっているんだ。命がかかっているんだ。諦めるわけにはいかない。


 


 稟ちゃんの病室に出向くとそこには先客がいた。稟ちゃんのお母さんに声をかけようと空いていたドアから部屋に入ろうとしたが雰囲気に止められた。


 お母さんが制服?を稟ちゃんにかけるようにおいた。後ろ姿しか見えないため表情は分からない。


 「稟、制服・・・よう似合ってるよ。・・・・・・っ・・・。なんで・・・なんでなんやろな?なんで私やないんやろな?」


 声色から表情は分からなくても泣いていることは伝わってくる。


 「なんで変わってあげられへんのやろ?・・・・・・ごめんな・・・・・・あんたにばっか苦しい思いさせて。・・・丈夫な体に生んであげることもできんで。・・・・・・こんな時どうしてあげることもできへん。・・・・・・ほんま、ダメなお母ちゃんやわ・・・」


 もうこれ以上稟ちゃんのお母さんの言葉を聞いていることはできなかった。踵を返し歩く。


 昼過ぎの稟ちゃんの嬉しそうな表情が頭を過ぎる。


 涙を耐えることができなかった。頬を伝う滴が顎まで伝い落ちる。


 なにがっ・・・なにがゴッドハンドだ。神様の手?手がどうとかの前に神様なんていないじゃないか、いるはずがない。あんな良い娘にこんな酷い仕打ちがあって良いはずがない。もし、神様がホントにいるっていうのなら、その神様はあまりに平等にも誰へも手をさしのべることのないクソ野郎だ。


 どうにかできるのは、私しかいないんだ。まずは、意識が戻る方法を探さないと!




・・・

・・・・・・




 「先生!夏目さんの意識が戻りました!」


 っ!

 

 急いで病室へたどり着くと部屋に入った。


 「稟ちゃん!」


 声をかけると稟ちゃんがこちらを向いた。そして力ない笑みをくれる。


 「桐子先生、今何時ですか?・・・こんだけ明るいってことは、もう入学式終わっちゃってますよね・・・」


 稟ちゃんは苦しそうにどうにかそれだけを口にした。


 その言葉がナイフのように心にささる。


 「・・・・・・稟ちゃん、・・・今日は何日か分かる?」

 「?そんなこと聞くってことはうち丸一日以上気失ってました?」


 溢れ出そうになる涙をどうにかこらえる。


 「・・・今日は7月10日。あなたが意識を失ってから三ヶ月ちょっとたっちゃってるの」


 私の言葉に稟ちゃんが目を見開く。


 ・・・・・・・・・。


 しばらく沈黙が続いてから稟ちゃんが再び口を開いた。


 「そう・・・ですか。・・・母さんに謝らな、ですね」


 その悲しそうに伏せる目にもう我慢は出来なかった。


 ベッドに駆け寄り痩せた透き通るように白い手を取る。


 「ごめんっ・・・ごめんなさい、稟ちゃん」

 「なんで先生が謝るんですか」

 「ごめんなさい」



 私には謝ることしかできなかった。


 心の中は申し訳なさと何も出来ない自分への憤りが渦巻いていた。




・・・

・・・・・・





 それから数ヶ月、辛いリハビリの末、稟ちゃんは退院していった。


 しかし、取り返せないものもあった。


 時間、それに・・・あの明るかった表情、言葉。


 体の調子も前回倒れてからの退院の時に比べると確実に悪い。そのことが、次に倒れたら取り返しが付かないかもしれないということを嫌でも連想させる。


 今度こそ、“次”は無いかもしれない。だから・・・どんな手を使っても、原因を突き止めてみせる。


 そう誓った。


 失ってしまったあの微笑みをもう一度見るために。







・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・

 

・・・・・・


 





最近の稟ちゃんは昔の、中学に入る前に近い表情を見せてくれるようになった。


高校で、誰か、素敵な人に出会ったのだろう。


 「はぁ、・・・うん。稟ちゃんは断ると思ってた。最近の顔を見ちゃうとね。・・・でも、高校卒業するころにまだ調子が回復してなかったら・・・わかってるね?」

 「はい、ご迷惑お掛けしてもうてすみません」

 「いいのよ。子供は大人に迷惑かけるのが仕事なんだから。変わったことは無かったみたいだし今日の診断は終わり!また再来週に来てね」

 「はい」



 部屋から出て行く背中を見ながら思う。


 あの笑顔を取り戻してくれている人がいるのなら、私は医者としてその笑顔を守れるよう力を尽くそう。




 もう、あんな気持ちを味わうのも、稟ちゃんに辛いことが訪れるのもごめんだ。



今回で桐子の回想は終了です。また稟視点に戻ります。


今後の進め方ですが、ストーリーを進めるため、抜けても話の大筋に関係のないエピソードは省いていきます。例えば海水浴エピソードとか。

まず、完結を目指していこうと考えています。完結してから、構想で省いたエピソードは余裕があれば投稿しようと思います。なので、様々な日常を想像することで脳内補完をお願いします。

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