はずかしい
「ただいま〜」
どうやら母さんが帰って来たらしい。
「おかえっ」
って、ちょっと待って・・・なんで母さんが帰ってくることを忘れてたんや。いや、帰ってくることは忘れてないけど何で化粧さっさと落とさんかったんや。
「お帰りなさい」
紅羽が気楽に返事を返す。
「紅羽、ウチちょっと洗面所に行ってくるから母さんの相手しとって」
さて、ここからは時間の勝負や。
母さんに顔を見られる前に洗面所に行こうとしたところを紅羽にガッチリと腕を掴まれてしまった。
「ちょと紅羽。放して。はよせな母さん来てまうやん」
「ええやん別に見られても。それにお化粧落とすんもうちがやるよ。稟に任せたら適当に流して終わらせそうやし。ちゃんとクレンジングせな」
「うっ」
たしかに適当に水で洗う気やったけど。でも・・・でもや・・・それよりも母さんに見られたらまたネタにされてまうやん。
「何2人してじゃれついてんの?」
終わりを告げる声が後ろ、つまりリビングの入り口からかけられた。でもせめてもの抵抗に母さんのいる方向から出来るだけ顔を背ける。
「あ、お母さん。ちょっと見てあげて下さい。稟超可愛くなってるんで」
「ん?なんかあったん?」
「はい、オーケー貰ったんでメイクさせてもらったんです」
「へ〜、稟がね〜。まぁ紅羽ちゃんの頼みやし断る分けないわな。なんちゃらはほれた方が負けやしなぁ」
くそ〜、見てへんけどニヤニヤした顔がありありと目に浮かぶわ。
「稟、見せてみぃや」
紅羽に腕を持たれたままなこともあり諦めて母さんの方を振り向いた。
「ほうほうほう。馬子にも衣装やのうて稟にもメイクやな。可愛なってるやん」
予想に反して感心した感じ。でもこれはこれでムカつくな。確かに普段より大分可愛くなってるのは分かってるけど母さんに言われるとなんか腹立つわ。
「何言うてるんですか。稟は何時も可愛いですよ」
もう!そんなフォローいらんて。恥ずかしいやん。嬉しいけど。
「まぁ私に似て見て呉れはええからな」
「別にそんなよくないやん」
「稟〜、なんか言うたか?」
ボソッと呟いた言葉に反応してこっちに笑みを浮かべる。
「い、いやっ、何も言うてへんよっ」
「そうか?」
恐っ、怖っ。
「紅羽、もうええやろ?早よ落としたい」
このままおってもろくなこと無さそうやし。
「紅羽ちゃんがせっかくしてくれたんやしそのままでいたらええやん」
もっともなこと言って止めてきとるけど口元笑てるで母さん。
「うちはもう満足したんで大丈夫ですよ。あ、でもその前に」
紅羽は徐に立ち上がると母さんにケータイを渡した。
「せっかくなんでメイクした稟とツーショット撮ってもらっていいですか?」
「ええよ。まかしとき」
いやいやいやよくないから。
「いや、別にうちと写真撮っても何もないかなぁ・・・なんてことないよね」
母さんの残念な子を見る目と紅羽の懇願するような目に私の貧弱な意思は軽く流されてしまった。
「じゃあ2人入るようにくっ付いて」
母さんに言われたように紅羽がギュッと引っ付いてくる。と言うか紅羽さん、ほっぺたくっ付いてしまってますけど。
「じゃあ撮るよ〜」
カシャというカメラ音が鳴る。
「はい、紅羽ちゃん」
「ありがとうございます」
「紅羽、写真撮んのはええけどそれどうすんの?」
「うん?待ち受けにするつもりやけど」
「いやいやちょっと待って。おかしない?」
「え?別にええんやない?プリクラ貼んのと同じやん?」
そ、そうなん?プリクラと同じ感覚なん?てかそもそも私プリクラ友達と撮ったことないからわからんけど。と言うか皆が普通どんな待ち受けにしてるか知らんけど、けど・・・普通なん?
「稟は嫌なん?」
「嫌なわけないやん、なぁ稟?」
いや、まぁ嫌ではないけど。なんか母さんに言われると癪に触るな。
「嫌やないけど、恥ずかしいやん」
「ほら、いいみたいやで」
いやいやなんで勝手に許可出してんの!?
「ありがとう稟!」
うぅ、そんな笑顔見せられたらもう断れへんやん。
「じゃ、お風呂入ろっか?」
・・・え?
「なんで!?」
「いや、どうせ落とすんやったらお風呂入りながらが便利かなぁと思って。もう出かける用事無いし」
「そやね。今からお湯入れるから2人先入ってもて。その間にご飯作れるし」
どうやらまた私は紅羽に弄ばれるらしい・・・。
シャワーの前に座らされている私。その正面にいる紅羽。もちろん服なんか着てません。
なんなんこの羞恥プレイ。
いや、まぁ紅羽も裸やからそう言えやんかもしれんけど。
そもそも毎日一緒に湯船に浸かってるんやし今更気にならんやろって思われるかもしれんけど。
でも何かしてもらう時って違うやん?髪洗ってもらったり背中洗ってもらうんもそうやけど。しかも今回は正面からやし、顔を洗うんやから目瞑るわけやし。前見えへん全裸の状態で何かされるて・・・なぁ?
「稟〜目瞑って〜」
言われた通り、目を閉じる。
シャワーをかけられてから何だかヌルヌルしたものを付けられて念入りに丁寧に擦られる。
暫くしてからまたシャワーをかけられた。
「もう目開けて大丈夫やで」
目を開ける。と眼前に紅羽の顔・・・があるのは予想していたので何ともないですよ。ええ、慣れましたとも。
「ど?」
「スッキリしたかも。いっつもお化粧してる人って大変やねんなぁ」
そう言うと何故か紅羽に笑われてしまった。
「クスっ、稟らしいね。でも稟ほど可愛くない私達は日々がんばらなくてはいけないのですよ」
「紅羽にそんなふうに可愛いとか言われも嫌みにしか聞こえへんわ」
「もう、そろそろ自分の可愛さに気付かな。安い男に引っかかってまうで」
「気付くも何もそもそも可愛ないし。それに今は別に男の子に興味ないから大丈夫や」
「それやったらいいけど。でもいざイケメンなだけの男の子に褒められたらコロっていってまうかもしれへんよ?」
「ないない。うちは紅羽がいてくれたら満足やし」
「っ・・・・・・もぅ・・・それ反則」
紅羽が顔を真っ赤にして俯いてしまった。
ん?・・・・・・っ!
何口走ってんのや私。
「ぁ・・・ぇと・・・違くて・・いや違わんけど・・・その・・・」
あ〜〜!
「うん、わかってるよ。ありがとう」
「ぅ、ぅん」
う〜・・・。帰りたい。いや、ここが家なんやけど。
「稟、冷えてまうしお湯に浸かろ?」
「・・・うん」
そのままお風呂場では何とも言えない空気が続いたのだった。