にゅうがくしきのひ
朝、案の定熱が出た。
ベットの側で母さんが床に膝をついて心配そうに私の顔を見下ろしている。
「大丈夫か?」
「うん、微熱やし。学校行くんは無理やけど」
体調は若干しんどい程度。無理すれば行けなくはないけど倒れたらたいへんやし。
「そか。でも今日はゆっくり寝るんやで?」
額に母さんの手が優しく置かれる。冷たくて気持ちいい。
「ごめんなぁ」
謝ると母さんは怪訝な表情をうかべた。
「何を謝っとるんや?」
「せっかく休みまでとってたのに台無しにしてしもたし」
絶対私の入学式は楽しみやったはずやし。
「そんなん気にせんでええねん。それにあんたの体調が悪い時に休みやったんは逆にラッキーやわ」
「ありがとうな」
お礼を言ってから恥ずかしくなって顔がほんのり熱くなった。でももともと熱あるし見た目ではわからんはず。
「どないしてん。なんや近頃よう謝ったりお礼言ったり」
母さんがほんの少し驚いた顔をした。
「なんもないけど。ウチも大人になってきたからちゃう?」
生まれ変わる前の方の私が純粋に心配してるのにあてられてるんやと思う。記憶が戻る前はここまで感傷的やなかったと思うし。
「何言うてん。あんたはいつまでたっても私の子供や」
そう言うと母さんは笑って私の頭をくしゃくしゃ撫でた。
「もう、やめてや」
ぼさぼさになった髪を手グシで整える。それと同時に拗ねた顔で母さんを睨んでやる。
「ごめんごめん。ついな。ま、ゆっくり寝るんやで」
母さんはそう言うと立ち上がって部屋を出て行った。
もう、なんやねん。
少しふてくされて目を閉じるとすぐに眠気がやってきた。それに抗うことなくそのまま眠りに落ちた。
目が覚める。
部屋は夕日の赤で染まっていた。
体調はもう大丈夫なようだ。だるさも無い。
少しお腹が空いている。食欲があるってことは大丈夫やな。
ベットから起き上がるとスカートとパーカーに着替えた。パジャマは汗かいてもてるし洗わなあかんな。
パジャマを持って1階に降りた。
パジャマを洗面所の洗濯機横のカゴに放り込んで台所に行く。
「おはよう、もうええんか?」
料理をしていた母さんが私に気づくと振り返って聞いてきた。
「うん。もう平気みたい」
「そか」
母さんが優しい笑みを浮かべる。なんや心があったかくなる。
〈ピンポーン〉
インターホンが鳴った。
「うち出るから。母さんは料理続けとって」
玄関に向かうとドアを開けた。
ぇ?
「あ、稟。体調はもうええの?」
紅羽が立っていた。・・・なんで?
「うん、もう治ったけど・・・どないしたん?」
答えると紅羽は安心したような顔を浮かべた。
「クラス同じやったから配布物届けに来てん。ちょうどうち稟の家知っとったし。心配やったし。それに早よ稟に会いたかったしな」
ちょ、なんでそんな恥ずかしいことサラッと言えんの?
顔が熱を持って行くのが分かる。
「稟、ほんまに大丈夫なんか?顔赤いで?」
紅羽が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫。もう体調はなんともないから」
「そうか?ならええんやけど」
「稟、どないしたん。なかなか戻って来えへんし・・・あれ?お友達?」
「あ、はじめまして。神宮紅羽言います。稟とは制服の採寸の時に知り合うて友達にさせてもらいまして」
「ああ、あなたが紅羽ちゃんか。稟もなかなか面食いやね」
「ちょ、母さん!?」
「わこてる、わこてる。紅羽ちゃん、今日はなんで来てくれたの?」
「あ、これです。今日の配布物を届けに来ました。」
紅羽が紙袋を母さんに差し出した。
「あら、わざわざありがとうね」
受け取ると母さんが言葉を続ける。
「せっかくやし上がってって。ちょうどもうすぐご飯もできるし食べていって」
「え!?」
紅羽が驚く。驚いた顔初めて見た。驚いた顔もかわいいとか、反則やろ。
「そんないいですよ。迷惑やし」
「全然迷惑やないよ?それか今日はもうご飯用意してもてる?」
「そういうわけやないですけど」
「なら丁度ええやん。一緒に食べていってくれたら稟も喜ぶし。な?稟」
「ちょっと、母さん」
「なんや?嬉しないんか?」
「そういうわけやないけど」
「ならええやん。そういうわけやから、紅羽ちゃんどうぞ上がって」
紅羽が私の方を見たので諦め顔で頷いた。すると紅羽は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ほなご相伴に預からせてもらいます」
「はい、どうぞ」
母さんは台所へ、私と紅羽はリビングへやって来た。
「適当に座って」
ソファーをすすめる。
「ありがとう、座らせてもらうわ」
紅羽が座ったのでその隣に私も腰を下ろす。
「テレビでも見る?」
「ううん。せっかくやし稟とお話したいな」
「うちはそれでもいいけど・・・うちなんかと話してもなんも面白ないで?」
「そんなことあらへんよ。うち今も楽しいもん」
きた!きたきた。この直球の感じ。なんなんもう。
「それやったらええけど」
「そういや夕飯ってことは稟のお父さんもそろそろ帰って来るん?」
「ううん。うち父さんおらんから」
「・・・ごめん」
紅羽が済まなそうに眉をよせる。
「別に気にせんでええよ。ウチ母さんがおるだけで十分やし」
「優しそうなお母さんやもんね」
「ほんま、優しいすぎるくらいや」
どちらともなしに笑い合う。
「そういや紅羽はもう1人なん?」
「うん、先週から」
「大変ちゃう?」
「まあちょっとはな」
「ご飯できたし来ぃ〜!」
母さんの呼び声が聞こえた。
「行こか」
立ち上がって紅羽を誘う。
「うん」
台所に入るともうご飯が盛りつけられていた。メニューはサラダ、ビーフシチュー、パンだ。
「2人とも座って」
言われた通り紅羽と隣り合って座った。すると母さんもすぐに私の向かいに座る。
「わぁ。おいしそうですね」
「あら、ありがとう。紅羽ちゃんは稟と違って上手ね」
「もう、母さん!冷めてまうしはよ食べよ」
「そうやね、ほな」
『いただきます』
「いただきます」
私たち2人に若干おくれて紅羽も続けた。
紅羽が一口シチューを口に含んで驚きに目を見開いた。
「お母さん、めっちゃ美味しいです!」
「ありがとう」
母さんが嬉しそうに微笑んだ。
「あ、お母さんやなんて、ごめんなさい。ぁぁ、恥ずかしわ〜」
紅羽が恥ずかしそうに俯いてしまった。
「お母さんでかまへんよ。それも含めて話したいことあったし」
「話したいことですか?」
顔を傾げる紅羽。
「うん。紅羽ちゃんは今1人暮らしなんよね?」
「はい、そうです」
「ご両親は結構頻繁に帰って来はるの?」
「いえ、カナダに行ってるんで帰ってくるのもたまにになるみたいです。」
「いつまでカナダにおられんの?」
「結構長いって聞いてます。多分うちの高校卒業までには帰って来られへんらしいです」
「そう。ならやっぱりそうしましょう」
私と紅羽の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「紅羽ちゃん、私たちと一緒に暮らさへん?ちょうど部屋1つ開いてあるし」
『え!?』
私と紅羽の声がかぶる。
「母さん!?そんなこと聞いとらへんよ?」
「そらぁ、今初めて言ったもん。あんたも嫌ちゃうやろ?」
「そら嫌やないけど。・・・てか嬉しいけど」
私の嬉しいって言葉に紅羽がブンと顔をこっちに向けて驚く。
あ。なに言うてん私。もう、恥ずかしすぎる。
赤い顔を見られないように紅羽と逆のほうに顔をそらす。
「ほら、稟もこう言うてるし。どう?紅羽ちゃん」
「うちはうれしいですけど。でも親にも聞かんと」
「それはそうやな。思い立ったらあれや。紅羽ちゃん、ご両親の連絡先教えてくれへん?」
「あ、はい。」
紅羽が展開についていけてない感じではあるが言われるままケータイを取り出して少し操作すると母さんに画面を見せた。母さんもケータイを取り出して番号を打つ。
「ほなちょっと電話してくるわ」
そう言うや母さんが部屋から出て行った。
沈黙が落ちる。
「迷惑やない?」
しばらくして紅羽が沈黙を破って口を開いた。
「全然。むしろ嬉しいかも」
さっきも聞かれてもたし抵抗なく今度は口にできた。
「そか」
紅羽がほんとうに嬉しそうな表情になる。
「でも紅羽は迷惑やない?」
「こっちこそ全然や。1人やと寂しいし。まだ1週間やのにちょっとまいりそうやったしな」
「そっか」
「それに稟と暮らせると思うと楽しみや」
ニコッと笑いかけて来る。も〜、だからなんで恥ずかしいことそんなサラッと言えんの!?
「ご両親の了承貰えたわ」
母さんは戻ってくるなりそう言った。
「ほな食べ終わったら荷物運ぼか」
『え?』
また私と紅羽の声がはもった。
「早いほうがええやろ?」
私たちはしばらくあっけに取られるしかなかった。
言った通り食べ終わってすぐ引っ越しを開始した。母さんがどこかから軽トラを借りて来たので2往復で済んだ。運んで来たものを速攻空き部屋に移す。ベットと机は3人で死にものぐるいで2階に上げた。服とか小物はすぐいるものだけ持って来た。いつでも残りは持って来れるし。
ちなみに紅羽の家は豪邸でした。