第二章4部〜森のナカの猫
「ちっ、あいつ、完全なS野郎だぜ。」
「ほんと、悪趣味だよね。」
リンとジルは、珍しく意見が合っていた。
もちろん、ジャックスはそんなことには構っていられなかった。
DNAが捻じ曲げられ、体のつくりまで変わってしまい、ガセルはまさに獣そのものだった。
ガセルは伸びきった爪で、ジャックスにばかり飛びついた。
もともとの薬の作用が、まだ残っているのだろう。
「ガセル・・・・っ!」
「うぅぅ・・・・ガァッ!」
「もう・・・言葉さえ・・・・・・」
ジャックスは唇を噛み締めた。
ガセルの攻撃を剣で受けるだけで、決して攻撃をこちらからすることはなかった。
「じ・・・ジャックス・・・・・」
「喋れるのか!?」
「コロセ・・・・・オレヲ・・・コロシ・・・テ・・・クレ・・・!」
途切れ途切れに言ったその言葉を、ジャックスは全て拾い上げた。
「無理だ・・・俺には・・・できない・・・。」
俺は、こんなにも意気地がなかったのか・・・・
ジャックスは思った。今まで、何人・・・何十人をこの手にかけてきたのに、
たった一人の友人さえ、楽にしてやれないのか。
「ジャックス!」
「ジャックス!」
リンとジルが、痛烈な顔をしてジャックスの戦いを見つめていた。
やらなければ、やられる。そんなこと、知っているというのに。
「・・・っ・・・・・・。」
ばさっとガセルを地面に這いつくばらさせ、上から押さえつけた。
そのとき、ガセルの爪がジャックスの頬を掠り、じわりと血が滲んだ。
「うぅ・・・・ううぅ・・・・・」
「ごめん・・・・・ガセル・・・・・・」
そして・・・ジャックスは対薬弾を、ガセルに打ち込んだ。
・・・バァン・・・
静寂な森の中に、その銃声だけが響き渡る。
「使えないね。」
そんな言葉を残して、ブラックは消えた。
だが、ジャックスにとって、今はそんなことどうでもよかった。
「が・・・ガセル・・・・!?」
「ぐっ・・・・」
体内にたまっていた薬が、血反吐となって口から零れる。
薬が抜けたせいか、ガセルはとても安らいだ表情をしていた。
もちろん、伸びた爪も元に戻っている。
「ジャックス・・・ありがと・・・・・・う・・・」
「なぁ、死なないでくれよ!ガセル!」
「ははっ・・・そりゃ・・・・・無理な話・・・だぜ。体いてぇ・・・・」
「ガセル・・・・」
「ガセル・・・お前っ・・・」
リンとジルもかけよって、ガセルを見ていた。
すると、何かをつかもうとするように、手を挙げた。
「もう・・・何も見えないんだ・・・・どんな・・・顔を・・・してるの・・・かもな・・・。」
うっすらと開いた瞳には、何も映ってはいなかった。
「なんで・・・何で死ぬんだよ!お前は気楽な野良猫なんだろ!?」
「うる・・・せぇよ・・・ジル・・・」
「うう・・・・・」
リンは何も言わず、涙を流していた。
ぽたぽたと雫がガセルの頬を伝う。
「お前か・・・・?リン、兄貴の仇・・・・応援してるぜ・・・けど・・・・・それで・・・俺みたいになるなよ・・・っ。」
ゴホゴホとむせるガセル。全員が悟った。最後が近いことに。
「なぁ・・・2人を頼むぜ・・・ジャックス・・・・・・・」
「ガセル・・・・・!!」
ジャックスは、ガセルをきつく抱擁した。
どこにも手放したくない、そんな思いを込めて。
「・・・・・・・。」
「え・・・・」
ガセルは、ジャックスの耳元で何かを囁いた。そして、ぶらりと手の力が抜ける。
声にならない叫びを上げて、ガセルの死を嘆いた。
「ジャックス。」
ジルがぱしっと何かを投げる。
あれは・・・通話受信機。ジャックスは、目で追うこともせず、受け止める。
『なんだぁ?おーい、通じてる?故障かなぁ。』
「・・・・ゲーテ・・・・・」
『ん?ジャックスか?どうした?』
「別に・・・・・何も・・・ない・・・・・何も・・・・・ないんだ・・・・・・」
『お前、兄貴が死んだときと同じ声をしてるぜ。何か・・・あったのか?』
「ゲーテ・・・・俺は・・・・・・何も守れないのか?」
『誰も、何も守れやしねぇよ。ただ、そいつを信じるか、だと俺は思う。お前は、そいつを信じていたんだろう?なら、別にいいんじゃないか?軽率かも知れないが。』
「いや・・・ごめん・・・・ありがとう・・・・・」
リンとジルは、自然と距離をとっていた。
そして、ジャックスの瞳から、輝く何かが零れ落ちた。
『自分を信じろ。ジャックス。』
*****
「おかえりなさいませ。」
「ただいま。」
ここは、某所の奥地にある取り壊し処分になったビル。
最も、取り壊しになる前に、このビルはアジトと化していた。
そう、『Gray』のアジトである。
「あぁ・・・・やっぱり欲しいなぁ。あの綺麗な黒髪・・・・もっと染めてあげたい。」
「あの・・・ブラック様?」
「私に話しかけないでくれないか?今私は、とても気持ちがいいんだ。」
「も、もうしわけございません。」
うっとりの上方向を見つめながら、イチゴを一口。
「ブラックがそんなになるなんて、誰だってんだ?」
「やぁ、Silver。黒猫のジャックス君だ。とても美しかったよ。」
「へぇ、そりゃおもしれぇ。」
ブラックにタメ口のこの男は、シルバー。銀色の長髪が流れるようだ。
背中には身の丈ほどある日本刀。ぞっとするくらい、似合っている。
「そうだ。彼を、連れて来てくれ。」
「どこにいるのか、知ってんならな。」
「今、ガリラスに向かっているそうだよ。」
「ガリラスかぁ・・・わかった。ブラックに手土産持ってきてやるよ。」
「よろしく頼むよ。」
そして、こんな会話が成されていた事を、ジャックスは知る由もない。