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良哉が死んだ。その意味を理解するのに、どれくらいの時間がかかっただろうか。死んだということは、分かる。ただ、その意味が分からなかった。分からないまま、俺は良哉の通夜に参列した。その時、カナダに留学していた良哉の姉に、声をかけられた。
「あなたが高宮くん?」
「…そうです、けど」
良哉の姉は、細い目を真っ赤にはらしていた。けれどもレキに向かって、なんとかほほ笑みながら言った。
「良哉とね、国際電話で何度か話してたんだけど、いつもあなたの名前が出てきたわ。良哉はずっとあなたに憧れてた。良哉とお友達でいてくれて…ありがとう」
ありがとう、の声は大きく震えて、やがて嗚咽へと変わった。俺はそんな良哉の姉を見ながら、深い罪悪感に襲われていた。俺は最後に、あいつになんと言ったか。あれがあいつを追い詰めた、最後の引き金だったんじゃないのか。その考えはいつまでも、頭の隅にどす黒いシミを作った。
美術室でそれを発見したのは、良哉が死んでから2週間後のことだった。美術部だった良哉の作品が残っていないかと、探しに行ったのだ。イーゼルに立てかけられていたはずの、描きかけの油絵はなくなっていた。俺は棚をあさって、良哉の過去の作品が一つでも残っていないかと探し続けた。すると、一つだけ出てきた。良哉のサイン入りの作品。それは、
それはとにかく、モノクロだった。
いつもはパステルカラーをふんだんに使って、淡いタッチの絵を描く良哉だが、この絵だけは違った。使われているのは黒と白と灰色。それだけだった。
中央に大きな黒い穴が開いており、周りの景色はひび割れていた。それを見下すような格好で、人の足だけが書かれていた。それはまるで、首を吊った人が見ている景色のようだった。
その絵を抱え込んだまま、俺は地面へとへたり込んだ。あいつは、あいつはいつから死ぬ気だったんだろうか。この絵を見る限り、少なくとも登校拒否になる前、美術部にはまだ通えていた頃から、そういうことを考え始めていたはずだ。俺は、あいつが学校に来れている間は大丈夫なんだと思っていた。いじめられていても、学校来てるあいつは大丈夫だと。いつものように絵を描いているあいつは大丈夫だと。俺に向かっていつものように微笑むあいつは大丈夫だと。
大丈夫なんかじゃ、なかったんじゃないか。
「逃げたってよかったんだ…」
もう一度、モノクロの絵を見ながら呟いた。届かないはずの相手に向かって。
「なあ、俺が間違えてた。逃げたってよかったよ。お前はよく頑張った。だから逃げたってよかったんだよ。だから、」
モノクロの絵に、透明の雫が落ちる。自分の目から溢れ出ているそれを、レキは止められなかった。
「生きてて、ほしかった」
なんであの時そう言えなかったのか。なんであの時ああ言ってしまったのか。伝えたい相手は、良哉は、帰ってこない。永遠に。
美術室で、油絵を描いていた良哉の後ろ姿を思い出す。声をかける。振り返る。その顔は、笑っていて。
いじめられているのを発見して、上級生を追っ払って、大丈夫かって声をかけた時。俺の方を見上げた顔は、やはり笑っていて。
あいつはいつでも笑顔だったんだ。そう、
俺が最後に会った、あの日以外は。