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ふわふわする足元。ふわふわする世界。何も考えられなくなる頭。
それが、一瞬のまやかしだということは、自分自身理解していた。それでも、
それでも。…一瞬でもいいから、ここから逃げ出したいんだ。
昔の俺には、その意味がよくわからなかった。一瞬だけ逃げてどうするのか。どうせまたすぐに、現実は悲しい音を立ててやってくるっていうのに。こんなことしたって、どうせ現実からは逃げられやしない。だったら、立ち向かう方がよっぽど堅実で、かっこいい生き方じゃないか。
「逃げるんじゃねえよ」
あの時彼がどういう気持ちでこれを聞いたのか、今となってはもう分からない。きっと一生分からない。だって俺は、あいつじゃないから。今俺が「これ」をしている理由と、あの時あいつが「あれ」をしていた理由は、似ているようできっと違うんだ。
白い錠剤、青いカプセル、ピンク色の錠剤。目の前にある薬を眺めて、それから一気に飲み下す。水なんていらない。大量の薬を飲むことにはもう慣れてしまったから。
次第に、ふわふわと浮いてくる床。自分の足。眠くなる頭。何も感じなくなる心。
今の自分はまさに「逃げている」。それは知っている。だけど今、現実と真正面から戦う力なんて持っていなかった。向かい合ったら、ばらばらに壊れるかもしれない。
そう、これは。逃避でもあり、防御でもあるんだ。