5
春彦は汲んできた水を使って墓を綺麗に掃除すると、買ってきた花を供えた。それから、
「これも」
ビー玉をいくつか、置いた。
「…誕生日おめでとう、姉さん」
春彦はほほ笑んだ。
「そっちの世界は、綺麗?」
風が吹いて、花が揺れた。それと同時に、携帯が震えた。今度はユウだった。
『お前が死んだら、誰が私にモヤシを分けてくれるんだ』
このメールには思わず笑ってしまった。ただ、ユウが言わんとしていることは春彦にもちゃんと伝わっていた。
「なあ、姉さん。なんでかな」
春彦は墓の横に立つと、まだ濡れている地面にそのまま座り込んだ。メールには返信せずにそのまま携帯を閉じて鞄にしまうと、代わりにナイフを取り出した。
「こんなに死にたいのにさ。なんで、他の奴が死ぬのはこんなに嫌なんだろうな」
死にたいと思っている人間が死ぬのは、ある意味本望だろう。それが本人にとっては一番幸せな終わらせ方かもしれない。それなのに
「どうしても、死んでほしくないんだ。生きていくのがどれだけ辛いか分かってても。生き地獄見てくださいって言ってるようなもんなのかもしれないけど。それでも」
身体を横に傾けて、こめかみを墓にこつんと当てた。ひんやりとした墓石は、死をそのまま表しているようだった。
「俺はさ、」
消え入りそうな声で囁いた。
「姉さんにも、死んでほしくなかったよ」
そのまま声を押し殺して、泣いた。
日が沈み始めていた。寒さに身体を震わせてから、春彦はゆっくりと立ち上がった。ナイフを拾い上げて、それから墓の方を見る。
「姉さん俺、もうちょっと生きるよ」
その顔はかすかに笑っていて
「もうちょっと生きてみる。俺は…まだ死ねない」
決意した顔だった。
「まだそっちに行けない。俺は生きるよ」
その瞬間、強い向かい風が吹いた。供えていた花が揺れる。まるで、頷くように。
春彦は笑った。細めた眼から、透明な涙が一粒、零れおちた。
「ありがとう。美冬姉ちゃん」