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死にたい僕ら  作者: うわの空
第5章 遠野春彦
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早朝の電車に揺られていると、携帯が震えた。レキからだった。

『今日はちゃんと早起きしたぜ!!』

 珍しく、絵文字付きだった。よかったなとだけ返信する。それから頬杖をついて、窓の外の景色を眺めた。どんどん都会からは離れて、海の方へと向かっている。海の近くにある、姉の墓へ。

 この日のことは、去年のあの日から決めていたことだ。


 姉が部屋に引きこもるようになってから、2年が経っていた。窓どころかカーテンも開けないこの部屋は、季節すらろくに分からない。ただ、寒いので暖房器具をつけてあった。そう、季節は冬だった。

「姉さん」

 声をかけると、痩せこけた姉が振り返った。そして少しだけ、笑った。

「ハル」

「姉さん、誕生日おめでとう」

 その日は姉の誕生日だった。姉は一瞬複雑そうな顔をしてから、「ありがとう」と言った。

「何か食べたい物とかない?プレゼントとか、さ」

 姉はしばらく考えてから、首を横に振った。

「ないよ」

「…そっか。なんでもいいんだ。思いついたら言って」

 春彦はベッドのそばにある机に置いてあったリンゴを手にとって、椅子に腰かけた。パーカーのポケットから果物ナイフを取り出して、リンゴの皮をむく。姉はしばらくその様子を眺めてから、小さな声で呟いた。

「…てほしい」

「え?」

 皮をむく手を止めて、姉の方を見上げた。

 姉は無表情だった。そして、カラカラに乾いた声で、言った。

「殺して、ほしい」

 春彦の頭が真っ白になった。今、姉さんは何と言った?春彦はその言葉を、頭の中でもう一度繰り返そうとした。

「殺してほしい。死にたい」

 春彦が頭の中で繰り返すのよりも早く、姉が呟く。先ほどよりも感情のこもった声だった。

「…やだよ」

 やっと出てきた言葉は、たったこれだけ。でもこれを言うのが、その時の春彦にとっては精一杯だった。姉は春彦の言葉が聞こえているのかいないのか、独り言のようにつぶやき続ける。

「花は綺麗。ガラスも。そのナイフも。ハルも。みんなみんな好き。だいすき。…だけど私は汚いから。もういらないの」

「そんなことない。そんな…」

 春彦はリンゴとナイフを机に置くと、姉のもとに近寄り抱きしめた。それしか、自分にできることはなかった。

「だめだよ」

 姉は力なく言った。

「汚いから。ハルが汚れちゃう」

「姉さん…」

 春彦は泣いていた。その涙を見て、姉はほほ笑んだ。

「涙、綺麗。ハルも綺麗だよ。私は、私はね。いらないの」

「そんなことない。俺には姉さんが必要だよ」

「…ありがとう。でもね」

 姉はほほ笑んだままだった。

「私は、私のことを必要としてない。いらないの」


 その日から姉は、たびたび「死にたい」と言うようになった。春彦は刃物や薬など、危険なものはできるだけ隠すようにした。姉が自殺してしまうのではないかという不安が、常に心のどこかにあった。

 その日は終業式で、学校は午前中で終わりだった。家に帰ったらクリスマスの準備をしよう、そして姉と二人で笑おう。冬休みは出来るだけ、姉のそばにいよう。そう思っていた。

買い物をしていたら、思った以上に時間がかかってしまった。帰宅した春彦は、真っ先に姉の部屋へと向かった。ノックしてドアを開けると、何かが足に当たった。それは、姉が瓶の中に入れて飾っていたはずのビー玉だった。足に当たったビー玉はころころと、ベッドの方へと転がっていく。


 瓶が割れて床一面にビー玉の散らばっている部屋は、なぜかとても非現実に見えた。




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