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死にたい僕ら  作者: うわの空
第5章 遠野春彦
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 姉がおかしくなり始めたのは、俺が中学1年で姉が23歳の頃だった。少しずつ、笑顔に影が見えるようになっていった。だけど姉は何も言わなかった。疲れた笑顔で会社に出かけて、疲れた笑顔で帰って来た。

 そのうち、姉は眠れないと訴えだして心療内科に通い始めた。軽度の鬱と不眠症だと診断され、いろんな薬を飲まされていた。あまりの薬の多さに不安になって、姉の飲んでいる薬のことをこっそりと調べたこともある。

 ある夜、姉が独りで泣いているのを見かけたこともあった。「どうしたの」と声をかけても「何でもないよ」としか返ってこなかった。泣きはらした目でこちらを見て、それでも笑った。日に日に弱っていく姉に、俺は何もできなかった。


 姉はだんだんと、眠れない夜に独りごとを言うことが多くなっていった。

「ぐず」「役立たず」「のろま」「どじ」「辞めちまえ」

 そこでようやく俺は、姉の勤めている会社に何か問題があるんじゃないかということに気付いた。会社から帰ってくるたびに目を腫らしている姉を、見ていられなかった。俺は父に電話して相談した。しかし返ってきた答えは

「忙しいんだ。自分たちでどうにかしろ」

 これだけだった。

 姉は会社を休みがちになった。家事は何とかこなすものの、普段はベッドの上にいることが多くなった。見かねた俺は、姉に言った。

「会社、辞めなよ。生活費なら父さんがくれている分だけでも、どうにかやっていけるじゃないか」

 姉は渋っていたが、ついに会社を辞める決意をした。会社を辞めるために、退職願を出しに会社に出かけた。俺はついていくと言ったが、姉に「ハルだって今日は学校でしょ?一人で大丈夫だから」と言われて諦めた。今思えば、何と言われようがついていけばよかったと思う。だって、その帰り道で、姉は。



 帰ってきた姉は泥だらけだった。

「どうしたの?」

 と訊くと、泣き崩れた。そして呟き続けた。

「汚い。汚い。汚い」

 帰り道、姉は犯された。会社のやつらとは無関係だった。



 それから姉は、一歩も外に出なくなった。部屋の窓はすべて閉め切り、電気をつけようともしなかった。食事もまともに摂らず、みるみる痩せていく姉をなんとか救いだす方法を、必死になって考えた。レイプのことはどうしても通報したくないと姉は言い張った。

 俺は何とか姉を励まそうと必死だった。学校帰りに綺麗なビー玉を買ってみたり、部屋に花を飾ったりした。姉は、綺麗なものが好きだった。そしていつも言った。

「だけど私は汚い」

 それでも俺は、姉は綺麗だと思っていた。心から。



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