7
ユウが見つかったという連絡が入ったのは、日が暮れてから大分たった後だった。春彦とレキは息を切らしながらその報告を聞いて、地面に座り込んだ。
「よかった…」
どちらともなく呟く。そのあと二人同時に腹が鳴って、顔を見合せて笑った。
「腹減ったな、シオンもか」
「ああ。…ラーメンが食べたい」
「この前の店?」
「ああ」
春彦はモヤシラーメンのことを思い出しながら笑った。
「リナ達も来るかな。訊いてみるか」
レキがもう一度、携帯を取り出した。
「…レキが、ラーメン屋に行かないかって言ってるけど…どうする?」
リナが鼻の詰まった声で訊いてきた。
「…行く」
「無理しなくてもいいわよ?食べられないなら…」
「いや、行く。行くだけでもいいから」
わたしは鞄を持って、立ち上がった。リナも立ち上がると、強い風が吹き抜けた。
「…なんでここだって分かった?」
ようやく、私は訊きたかったことを訊いた。
「風の音が強かったから、屋上かなって。今日は下の方はそんなに吹いてないから。後、飛び降りやすそうで誰でも出入りできる屋上って、この辺ではここくらいしかないから」
リナがそう言うのを聞いて、思わず振り返った。リナは笑っていた。
「私もね、飛び降りる場所を探したことあるの」
その笑顔は、とても綺麗だった。
ラーメン屋に現れた二人は、目が真っ赤だった。
「…おいおい、大丈夫かよ」
レキがわざと茶化しながら言うと、リナが笑いながら
「むしろ泣きすぎておなか減ってんのよ。私、モヤシラーメンね」
「え、リナ、モヤシラーメン完食できるのか?」
春彦は焦った。
「もちろん。あんなのあっという間でしょ?」
春彦がおかしいのか、2人がおかしいのか。春彦にはもはや分からなかった。
「ユウ、どうする?」
「…わたしはいい」
「んじゃ、モヤシラーメン3つ」
と、レキが注文したあとで、
「あと、取り分ける皿とかあったら貸してください」
と、春彦が付け加えた。
「お子様茶碗でよろしいですか」
「あ、それでいいです」
「なんなのシオン。猫舌なの?」
「いや」
春彦は苦笑した。
運ばれてきたモヤシラーメンは、相変わらずのボリュームだった。リナとレキが器用にそれを食べ始めたのを見ながら、春彦はモヤシの3分の1ほどをお子様茶碗に移した。そして、
「ユウ、よかったら食べないか」
と声をかけた。ユウは眼丸くしている。
「モヤシくらいなら、食べても大丈夫かなって」
春彦は少し声を小さくして言った。リナが心配そうにユウの方を見ている。ユウは少しだけ迷った後、
「…食べる」
と言って、お子様茶碗を自分の元へ引き寄せた。それを見たリナがうれしそうに、ユウに割り箸を渡す。
「モヤシはねー、こう見えても栄養たっぷりなんだからね!!」
ユウは頬を緩めて、おそるおそるモヤシを食べ始めた。
「…おいしい」
それを聞いて、春彦も笑った。
「もしも足りなかったらいつでも言ってくれ。一緒に食べよう」
その日、春彦は初めてモヤシラーメンを完食した。ただし、ユウと二人がかりだったが。
皆と別れた後、ユウは駅のホームのベンチに座って、母の形見の手帳を開いていた。最後のページには、たった一言、「ごめんね」とだけ書かれていた。
鞄の中からボールペンを取り出す。そして、母の文字の下に書き加えた。
「大丈夫。わたしは生きていく」