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「ごめんね」
これで何回目だろうか。あなたの所為じゃない。泣かないで。泣かないで。
「あんなに綺麗な顔だったのに」
わたしは別に大丈夫だよ。ねえ、大丈夫だよお母さん。
薄暗く湿った部屋で、母はわたしの左目を見ては、何度も泣いた。わたしはそれよりも、母の身体のあちこちにある青痣の方が気になっていた。自分の目のことなんて、どうでもいいのに。
あの男の動く気配がして、わたしも母も黙りこんだ。ただの寝返りだったけれど、それだけでもわたしたちは緊張した。
母は何度もごめんねと言って、わたしを抱きしめて泣いた。ごめんね、ごめんね。
わたしは泣かなかった。泣けなかった。しっかりしなくちゃ。わたしが泣いたら、母が不安がる。
「おかあさん、わたし、大丈夫だから」
笑ったわたしを見て、母がまた泣いた。あの男には聞こえないように、声を押し殺して。
「ねえ、大丈夫だよ」
すこしだけ。少しだけ人よりも我慢すればいいんだ。食べるのを少しだけ我慢して、声を出すのも我慢して、泣くのも我慢して、殴られたり蹴られたりするのも、我慢すればいい。わたしが頑張ればきっとすべてがうまくいく。
「ごめんね、ごめんね」
母は壊れた機械のように、それを繰り返した。その声は、今でも耳の中に残っている。
「大丈夫だよ」
わたしもこれを何回繰り返しただろうか。だけど、大丈夫。きっと、きっと。
「うるせえぞ!!」
隣の部屋から怒鳴る声が聞こえて、母とわたしは身を硬くした。少しずつ開く襖と、差し込む光。男の表情はちょうど影になっていて、見えない。
髪の毛を引っ張りあげられて、わたしは少しだけうめいた。母が横で必死に「やめてください」と言っているのが聞こえる。
大丈夫、大丈夫、すこしだけ、がまんすればいいの。すこしだけ、感情をなくせばいい。
そのうちきっとこの男の人は、魔法が解けてお父さんに戻るから。
わたしはゆっくりと目を閉じて、痛みに集中する。腹部を蹴られた痛みが響き、そのあと顔に殴られたような衝撃。母の叫ぶ声が聞こえる。
大丈夫、だいじょうぶだよ。おかあさん、わたし、だいじょうぶだよ。
だから…ねえ、泣かないで。