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死にたい僕ら  作者: うわの空
第3章 相葉理奈
20/34

 ホテルから少し走ったところに、人気のない公園があった。リナも息が上がっているし、自分も脇腹が痛かった。そういえばさっきまで、モヤシを食べていたんだった。給食の次の時間の体育を思い出した。

 春彦は後ろを振り返って誰も追ってきていないことを確認してから、周りを見渡して誰もいないことを確認した。

「…ちょっと休憩する?」

 リナに話しかけると、虚ろな目で、それでも頷いた。園内の木製ベンチにリナを座らせ、

少し考えてから訊く。

「傷、見せてもらっても大丈夫か」

 リナはこちらを見てから、自分でカーディガンの袖をめくった。血のにじんだ深めの傷が5本。春彦はしばらく見つめてから、声のトーンを落として言った。

「縫う必要はないと思う。だけど家に帰ったらちゃんと消毒してくれ」

 リナは無言で、カーディガンの袖をもとに戻した。よく見たらカーディガンにも血がにじんでいる。 春彦はため息をついて、リナの隣に座った。

「…気持ち悪いと思わないの」

 リナが、足元を見ながら小さなかすれた声で呟いた。

「なにが?」

「私が何してたのか、分かってるんでしょ…?」

 レキに後で詳しく説明すると言われていたものの、結局あまり説明されていない。春彦は先ほどのホテルでの様子を思い出しながら、一番当てはまりそうな単語を出来るだけ小さな声で言った。

「援助交際?」

「もっと酷い。…お金目的じゃないもの」

 リナが薄く嗤った。

「さみしいのを埋めたいだけなの。自分勝手な理由で、男の人を利用してるだけ」

 リナはカーディガンの上から、自分の傷口に触れた。カーディガンの血のにじみが、少しだけ広がる。

「ママが死んでから、パパは変わった。いろんな女の人と付き合うようになった。お金はくれるけど、家には帰ってこない。広い家はさみしい。だから娘は、いろんな男と付き合うようになりました。おしまい」

 リナは足元から少しだけ目線を上げると、ふっと嗤った。

「パパの所為じゃないの。私がさみしがり屋だった。それだけ」

「…レキはそのこと知ってるのか?」

「レキもユウも知ってるわ。知ってるだけじゃなくて、止めようとしてくれてる。だけど私、辞められないの。切るのと一緒」

 カーディガンに添えた右手に、ぐっと力を込める。

「…なんで来たの?」

 リナの声には、何かの感情がこもっていた。怒りでも悲しみでもない、何か。

「放っておけばいいじゃない。馬鹿な女のことなんて、さ」

 夏の夜の生ぬるい風が吹いて、頭上にある木の枝を揺らした。ひとりでに少しだけ揺れるブランコ。春彦はブランコを見ながら、レキの顔を思い出していた。

「レキは、お前には怒ってなかったよ」

 リナがこちらを見る。春彦もリナの方を振り返り、続ける。

「レキはあの男たちには怒ってたけど、お前には怒ってなかった」

「なんで…」

「お前のさみしさを利用したあいつらが許せないんだろ」

「…。」

「さっきリナはさみしさを埋めるためにあいつらを利用してるって言ってたけど、逆にも考えられる。あいつらが自分の欲望を埋めるために、リナのさみしさを利用してるんだ。その傷を見せ物みたいにして。レキはそれが許せなかった」

 揺れていたブランコが少しだけきしんで、キイ…という高い音を出した。

「お前のことを物みたいに扱うあいつらは、俺も嫌い。リナをあそこから連れ出したのは別にお前を助けたんじゃなくて、単なる俺たちのエゴかな」

 春彦は少しだけ頬を緩めた。リナは今にも泣き出しそうな顔で、

「レキは…」

 その声は震えていた。春彦は携帯電話を確認する。着信は入っていない。

「…大丈夫だよ」

 春彦はほほ笑んだ。リナを安心させるためでもあったが、自分が安心したいためでもあった。

「約束したから」



 目の前にいる男たちに夢中で、後ろにいた男に気付かなかった。一番最初に蹴りをいれた金髪の男が、こちらに近づいていることに。


 どん…。


 後ろから、体当たりされたような衝撃。そのあと、腰の方に激痛が走った。

「…あ?」

 レキは後ろを振り返る。金髪の男がヒューヒューと荒い息をしながら、こちらを上目づかいで睨んでいる。そのあと、レキの腰を見て、後ずさりした。

 レキは自分の腰を見た。厳密には、腰から少し左側を。


 自分に刃物が突き刺さっていると分かるまでに、酷く時間がかかった。


 どろりとした生ぬるい液体が、身体を伝う感触。状況は理解できたはずなのに、思わずもう一度声を出した。

「…あ?」

 そしてそのまま、床に倒れこんだ。



「帰ってくるって、約束したから」

 春彦の声が、遠くの方で響いた。


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