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死にたい僕ら  作者: うわの空
第1章 会議室C
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 遠野春彦は、春が嫌いだった。春そのものではなくて、春の空気が嫌いだった。新しいことが始まるような、わくわくした春の空気はいつまでたっても好きなれそうにない。この教室は『高校一年生』という響きの所為か、そのわくわくした空気を必要以上に感じる気がする。春彦はそっとため息をついた。

 引っ越したかったかもしれない、と思う。自分はそういうことを気にするタイプではないと思っていたが、少し離れたところでこちらを見ながら、ひそひそ声で話している同じ中学校出身の女子は、さすがに鬱陶しいと思った。気になることがあるなら直接話かけてくればいいじゃないかと内心で憤りつつも、相手がそれをできない理由を、春彦自身理解していた。同級生の口から時折漏れ聞こえる単語。「お姉さん」「刺した」「殺した」。春彦はうんざりした。誰も自分のことを知らない、どこか遠くへ引っ越したいと思った。


 春彦が進学した公立高校は、良くも悪くも普通だった。学力は平均並、かといってスポーツや芸術に力を入れているわけでもない。どこにでもある中程度の公立高校。特別受験勉強しなくても入れるからと、春彦はそこを希望した。少し頑張ればもう2、3ランク上の学校にも行けるだろうと教師からは言われた。だが、どうでもよかった。

 同じ中学から何人か、この高校に進学したのは知っていたが、同じクラスになるとまでは思っていなかった。春彦はもう一度ため息をついた。ため息と同時に、チャイムが鳴り響く。

 チャイムが鳴ってしばらくすると、担任と名乗る男性教師がやってきた。やせ気味の身体、癖っ毛、眼鏡。小さな声でぼそぼそと話す担任を見ながら、こいつは生徒になめられるだろうなあと思う。自分は、教師に対して反抗するつもりはない。出来る限り波風立てずに、無難な高校生活を送りたかった。まあ、同じ中学出身の生徒と同級生になってしまった段階で、それはもう無理な話かもしれないが。

 担任が、自己紹介しながら自分の名前を黒板に書く。田口良介、と何とか読めたが、ノートならともかく黒板に対してその文字の大きさは小さすぎる。案の定、後ろの席の男子から読めないとブーイングされて、書きなおした。少しサイズアップしたものの、文字が震えている。この担任は大丈夫か、と春彦は内心呆れた。

「君たちは今、名前の順に座っているよね。まずは一人ずつ自己紹介をしよう。今日から皆、1年1組の仲間なんだしね」

 お決まりの提案に、うんざりした。春彦は自己紹介も嫌いだった。他人に知ってほしいことなんて、特にない。


 生徒たちが順番に立ちあがり、名前や出身校を名乗り、そのあとはそれぞれ部活の事や趣味のことを話した。みんな似たり寄ったりで、特に印象深い話はない。春彦は頬杖をついて、生徒の自己紹介を必死になって聞いている担任を観察した。担任はいちいち大きな動作でうんうん頷いているがそれだけで、生徒の自己紹介に特別突っ込もうとはしない。そんな様子を見ていると、こいつは教師には向いてないんじゃないか、とまで思ってしまう。

 そんなことを考えていると、隣に座っていた男子がいきなりすごい勢いで立ち上がった。何事かと思ったが、単に彼の自己紹介の番が回ってきただけだった。大きな声で自分について語る隣の男子を、春彦はちらりと見た。ブラウスのボタンは2つ外し、制服を全体的に着崩している。ツンツンで、茶色に染まった頭。サーフィンでもやっているのかと思わせる、日に焼けた肌の色。チャラそうな男子、というのが彼に対する第一印象だった。だが、彼の自己紹介は面白く、所々で笑いを取っている。こういう自己紹介ができれば、この時間も苦ではないんだろうなあと思った。

 自分の番は、5秒で終わった。

「遠野晴彦です。…よろしくお願いします」

 これだけ言うと、さっさと着席した。出身校も言いたくなかった。担任は何か言おうと身体をゆらゆらさせたが、すぐに諦めて「じゃ、次ー」と言った。ある意味楽な担任にあたったと思う。

 後ろで自己紹介の声が響き始めると、春彦は机に突っ伏した。くだらない時間だ、早く終わればいいのに。そんなことを思っていると肩をたたかれた。さすがに担任に注意されたのかと思って顔をあげる。しかしそこには担任の姿はなく、こちらを見ている隣の席の男子の姿があった。先ほどうまい自己紹介をした、チャラい男子だ。

「お前さ、なんか色々噂あるけどあれって本当?」

 ひそひそ声で訊かれ、春彦は辟易した。あの噂について、本人に訊いてくる奴がいるなんて思ってもみなかった。何だこいつ。

「…さあな」

「なんか、お前が人殺しだって噂が流れてるぞ」

「知らないよ。…好きに言ってくれ」

 周囲の生徒にもこの会話が聞こえているらしく、ちらちらとこちらを見てくる視線が鬱陶しい。さっさと受け流そうと、春彦は適当に返事をした。つもりだったが、隣の男子は構わずに続けてくる。

「お前が自殺未遂したってのも本当か?」

 どこまでデリカシーのない奴なんだろう。春彦は呆れた。

「知らないって」

「なあお前。この後さ、1階の会議室Cに来いよ」

 スケジュールすら聞かず、来いと命令口調。先ほどの自己紹介は確かに面白かったが、こいつは軽すぎる。春彦はいらいらした。軽い奴は基本的に嫌いだ。

「今日は用事があるから行けない」

「ちょっとでいいからさ、来いよ」

「なんだよ、部活の勧誘か?」

 そう言うと、隣の男子はにんやりした。

「まあ、そんなとこ」

 そこまで言うと2人は、担任がこちらを見ているのに気付き、黙った。隣の男子は何事もなかったかのように担任に向かって笑った。なんだこいつ。


 高宮(レキ)の第一印象は、まさに最悪だった。


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