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呼び出しに応えてドアを開けたのは、金髪の男だった。そしてその男は間違いなく、ラーメン屋の中から見た男たちの一人だった。ドアが開いた瞬間、レキは開いた隙間に自分の右足をねじ込み、ドアを閉められないようにする。男は足元を見てから、怪訝そうにレキの方を見た。
「赤茶髪のさ、女を探してるんだ。この部屋にいない?」
「あ?お前何言って…」
その言葉の続きを言う前に、レキが力いっぱいドアを開ける。ドアを開けられ、金髪の男がひるんだすきに股間に一発かなり強い蹴り。金髪の男はうめいて、その場にしゃがみこんだ。あれは相当痛いだろうなと、後ろから見ていて春彦はぞっとした。
しかし、部屋の中ではさらにぞっとする光景が広がっていた。
ベッドサイドにいる、ワンピース姿の女は間違いなくリナだった。その腕から滴り落ちる血。腕には、生々しい傷が何本もあった。
「…レキ…?」
弱々しい声で、リナが言う。その眼は、まるで夢でも見ているようだった。
周りを取り囲んでいるのは、上半身裸の男たち。中には下着姿の者までいた。
「何だお前ら!?」
怒鳴る男たちを見て、レキがため息をつくのが聞こえた。
「…シオン。俺があいつらの相手をするから、その隙にリナと一緒に逃げろ」
レキが低い声で呟いた。
「だけどお前、3人相手だぞ」
一人は股間に手を当ててうずくまっているので、2人と言ってもいいんだが。
「お前、喧嘩弱いだろ?」
レキはこちらを見て笑った。その顔にはやはり、怒り。そして悲しみ。
「俺一人の方がやりやすい」
「でも、」
「頼む。言うとおりにしてくれ…!!」
レキの低く唸るような声。春彦はレキの顔を覗き見た。彼は、いつもの彼ではなかった。
怒ってるとかキレてるとか、そんな言葉でも釣り合わないくらい、深い感情のこもった顔をしていた。
春彦はその顔を見て、覚悟を決めた。
「…分かった」
「…サンキュ」
レキが男たちに近づこうとするのを見て
「でも」
と付け加えた。レキがこちらを振り返る。
「誰も、殺すなよ」
誰も、を強調して言った。意味がわかったのか、レキはにやりと笑ってから言った。
「当たり前だ。ちゃんと帰ってくる。…また後で会おうぜ」
レキは笑って手を振りながら、部屋の中央へと歩いていく。春彦はその後ろを、足音をたてないように歩いた。
「何だお前ら…」
そう言ってきた男にレキが殴りかかるのと、春彦がリナの腕をつかむのは同時だった。
「リナ、逃げるぞ!!」
春彦はできるだけ大きな声で言ったつもりだったが、リナはぼんやりとした様子で春彦のことを見ている。春彦は腕に力を込めて、リナを引っ張り上げた。よろよろと立ち上がるリナは、事情が分かっていないようにも見える。
「ぐあっ!!」
走り出した春彦たちの背後から、男がうめく声が聞こえた。レキのものなのかは分からない。だが、振り返ろうとは思わなかった。とにかく全力でここから逃げなければ。
春彦は床に落ちていたカーディガンを拾うと、リナの腕を引っ張ったまま走りだした。
「待てよテメエら!ふざけんじゃ…」
叫びだした男の前に立ちはだかったのは、額から血を流しながらもほほ笑んでいるレキだった。
「何だお前、邪魔っ…」
「お前らの相手は俺だっつうの!!」
男の顔面を片手でつかむと、そのまま壁に叩きつけた。ゴッという鈍い音と、「うあ!」と叫ぶ男の声が同時に響く。
「さっきのお返しだ」
レキの顔は、笑っていなかった。